其の六
会議室で女王が自身の秘めたる腹案を側近に告げていた同時分。
その部屋から二階下にある別の会議室では、ダイトン将軍がクレメンス将軍とブレームス将軍という二人の側近を部屋に呼び寄せ、なにやら密談を交わしていた。
先王時代の騎士団長であったクレメンス将軍は、この年四十五歳になる。
とがった鼻の下にナマズのような細長い髭を伸ばした中年の騎士で、知識と教養に富んだ参謀型の将軍として、ダイトン将軍から厚い信頼を得ていた。
そのクレメンス将軍の横に座るもう一人の側近ブレームス将軍は、この年三十五歳である。
二メイル(二メートル)近い巨体と、先端が見事に割れているケツアゴが印象的な壮年の騎士で、先王の時代には近衛隊長を務めていた。
身の丈を超える長大な槍を小枝のように振るう槍の名手として知られ、「王国騎士の中で一番の勇者は誰か?」と問われれば、誰もが真っ先にその名を挙げるほど武勇の高さは知れ渡っており、ダイトン閥きっての猛将として名声を馳せていた。
「なんと、島中の国々を征服すると!?」
驚きのあまり目を丸くさせたクレメンス将軍に、ダイトン将軍が薄ら笑いをたたえてうなずいた。
「そうだ。あの小娘め、増長のあまり常識と分別を同時になくしたと見えるわ」
ダイトン将軍は髭を上下に揺らして嘲った。それが妙に下品に見える。
鼻の下に伸びるナマズのような細長い髭を指で撫でながら、クレメンス将軍が言う。
「それにしても、なんとも馬鹿げた話にございますな。そのような絵空事が本気で可能と思っているんでしょうか、あの女王は?」
その細心な性格から【慎重居士】と称され、良くも悪くも「常識の範囲内」の想像力しか働かないクレメンス将軍は、上官から話を聞いて呆れたようにそう吐き捨てた。
他方、傍らのブレームス将軍はというと、ダイトン将軍の話にケツアゴを指先で撫でながらこちらは興味深そうに両目をぎらつかせたが、声にだしては何も言わなかった。
そんな二人を交互に見やった後、ダイトン将軍は意味ありげな笑いをたたえながら語を継いだ。
「この際、小娘が本気かどうかは問題ではない。重要なのは、そのような馬鹿げた計画を小娘が考えているという事実のほうだ。ならば、これを利用しない手はあるまいて」
ダイトン将軍の一語に、二人の側近は沈黙を守った。上官の真意をとっさに理解しそこねたのである。
視線を交わしあった後、クレメンス将軍が問うた。
「と、おっしゃいますと?」
「テンカフブとかいう小娘の馬鹿げた計画、使えると思わぬか? 口では不満を言うものの、そのじつ腰の重い反女王派の貴族たちを行動に移させるための材料としてな」
またしても真意をはかりそこねて沈黙を守る腹心たちに、ダイトン将軍は語を継いだ。
「要はこういうことだ。小娘の愚かな考えを国中の貴族たちに秘かに告げるのだ。『女王が島中の国々を征服するという恐ろしいことを考えている。そんな女王の治世が続けば、オ・ワーリ王国はまちがいなく亡国への坂道を転げ落ちるだろう。貴卿らはこのまま指をくわえて女王の暴挙を見過ごすつもりなのか?』とな。おそらく彼らに、決断させる起爆剤となるだろうて」
ダイトン将軍が言い終えると同時に、クレメンス将軍の面上に完全な理解の閃きが走った。
「な、なるほど。王国そのものの存亡に関わることとなれば、貴族たちも重い腰を上げざるを得ないでしょう。たしかに理にかなっておりますな」
クレメンス将軍の一語でようやく理解に至ったブレームス将軍も、肉食獣めいた笑いをたたえながらうなずいた。
「閣下のおっしゃるとおり、女王の荒唐無稽な計画を聞けば、とかくおよび腰な貴族たちも躍起になって女王の打倒に突き進むことでしょう。いや、さすがは閣下。ご深慮、感服いたしました」
ダイトン将軍ら反女王派の武官たちは、同じ反女王派に与する貴族らに内心で不満を抱いていた。
陰では女王に対する不満や嫌悪を漏らすものの、ダイトン将軍の見るところ、それだけで満足しているようなところが彼らにあったからだ。
貴族たちにしてみれば、女王に無視されて宮廷の中枢からはずされたものの、別に爵位や領地や財産まで奪われたわけではない。
国政に関われないことを除けば、今までとたいして変わりのない生活を送っているわけで、不満はあってもダイトン将軍らのように「女王を打倒すべきだ!」という極論にまで決意が至らないのも当然と言えた。
せいぜい「女王が失脚してくれたらいいなあ」と内心で期待するていどである。
だがそんな貴族たちも、王国の存亡に関わることとなったらどうなるか?
彼らのもつ爵位も領地も財産も、すべてはオ・ワーリ王国という国が存在してこそ価値があるものであり、その王国が衰退ないし滅亡してしまえばすべてが「無」となる。
肩書きや金銭というものに執着する彼らがそれをよしとすることはなく、女王の考える【天下布武構想】を利用して危機感を煽れば、貴族たちは否応なく女王打倒のための行動を起こさざるをえなくなる。それがダイトン将軍の狙いであった。
細長い髭を撫でながらクレメンス将軍はほくそ笑んだ。
「それにしても女王打倒の機運と動機を、わざわざ向こうから提供してくれたのですから、われわれとしては願ったり叶ったりでございますな、閣下」
「――だが、まだ足りぬ!」
ダイトン将軍の端的で強い声に、クレメンス将軍とブレームス将軍は軽く目をみはった。
ブレームス将軍が問う。
「閣下、足りぬとはどういうことで?」
「たんに危機感を煽るだけでは、貴族たちを確実に動かせるかどうかわからぬ。冗談の類と思い、一笑に付されるかもしれぬからな。そこでだ。彼らに本気で女王打倒の決意を抱かせるために、わしはもう一手打つことにする。彼らを確実に決起させるための一手をな」
「もう一手とは?」
「つまりこうだ……」
肉食獣めいた笑いをたたえて、ダイトン将軍は自らの考えを語りだした……。