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其の五

 フランソワーズは反対側の席に視線を転じた。

「宰相殿と大将軍殿には私の不在の間、文武の長としてそれぞれ国都を守っていただきます。よろしいですわね?」

「かしこまりました」とカルマン大公。

「御意……」とダイトン将軍。
 
 二人が言葉少なに応じると、フランソワーズが片手を軽くあげた。
 
 会議の終了と退室をうながす合図である。
 
 誰が音頭をとったわけではないが、カルマン大公を筆頭に列席者たちはいっせいに立ち上がり、一礼をほどこして次々と部屋を去っていった。
 
 静けさが訪れた部屋にはフランソワーズとランマルだけが残った。

 会議の始まる前に終了後も部屋に残るように言われていたのだ。
 
 カルマン大公らと入れ替わるように部屋に入ってきた女官たちが、テーブルに二人分の紅茶をおいて部屋から出ていくと、フランソワーズがおもむろに声を発した。

「ランマル。聞いてのとおり、今回の賊討伐には私も出陣するわ。ヒルダからいつ出征の要請がきてもいいように準備をしておきなさい」

「かしこまりました。陛下ならびに四騎士団長のご武運、心よりお祈りしております」

「なに他人事みたいに言っているの。お前も一緒に来るのよ」

「……はひ?」
 
 一瞬、ランマルはなんとも間の抜けた、歯間から空気が漏れたような声を出してしまった。
 
 しかし人間、あまりに突飛なことを突然言われたら、間の抜けた反応しかできないとランマルは思う。

 いや、そんなことよりも……。

「ぼ、僕も、いや、私も今回の戦いに随行するのですか!?」

「そうよ。臨時の主席侍従武官に任命してあげるから、私についてきなさい」

「じ、侍従武官……!?」
 
 侍従武官とは、君主が王城の外で活動する際、護衛をかねて随行する侍従官のことである。
 
 武官系の侍従官にとっては名誉職であるものの、「純粋」な文系侍従官のランマルにしてみれば、名誉どころかありがた迷惑以外の何者でもない。

 それゆえ突然の仰天人事に魂の底から動揺し、遠回しに「断固拒否」の意志を示したのも当然のことであろう。

「お、お言葉ながら陛下。このランマルめは文官であり城勤めの人間であり、つまりは普通の侍従官でありますからして……」
 
 ようするに「盗賊団討伐なんてデンジャラスなことには関わりたくない!」と、もつれる舌を必死に制御してランマルは訴えたのだが、それに対するフランソワーズの返答は悪い意味でランマルの意表をついた。

「だからこそよ。お前も城の中ばかりで仕事をしていないで、ときには外に出て見聞を広めるようなこともしないとだめよ。頭でっかちのもやし侍従官で終わりたくないでしょう?」

「も、もやし……?」

 フランソワーズの一語にランマルはおもわずむかっ腹を立て、声を高くさせた。

「もやしで悪うございましたね! 僕は腕力だけが自慢の、それこそ脳ミソまで筋肉でできている粗野な武官連中とは人種がちがうんですよ、人種が!」

「僕は汗臭い肉体労働とは無縁の知的エリートなんですよ。そんな選ばれし人間である僕が、なにが悲しくて盗賊団討伐などという、野蛮で危険な行為に参加しなければならないんですか!」

「まったくあなたという人は、家臣の価値というものをどう考えているんですか!」
 
 むろん、以上の発言はすべて胸の中で発せられたものであり、実際のランマルはというと、絶望と失望に彩られた顔で軽く低頭しただけである。

「承知いたしました。それでは私も従軍の準備をいたします。それにしましても相手は神出鬼没を得意とする盗賊集団。これを完全に殲滅するとすれば、かなりの時間を要しますね」
 
 というランマルの懸念にフランソワーズは薄く笑い、

「あいかわらず心配性ね、お前は。心配しなくてもそれほど日数をかけずに賊どもを討伐する策があるわ。会議の席ではあえて言わなかったけどね」

「えっ、それは?」

「つまり、こういうことよ」
 
 透きとおるような碧眼を妙に熱っぽく輝かせながら、いぶかるランマルにフランソワーズは語りだした……。




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