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真実

暗闇の中、どこからか声が聞こえた。

それは女性の声だった。

おれが目を開けると、目の前には芹沢がいた。

「颯太さん、大丈夫ですか」

どういった状況なのか、おれはすぐには思い付かなかった。

何度か瞬きを繰り返し、ああ、そう言えばさっき、銃で頭を殴られたんだったけと思い出した。

「芹沢? え、でもどうしてお前がここに?」

「颯太さんが父親と再会するかと思って後をつけてきたんですけど、それ以前にここがどこかはわかりますか」

おれは地面に寝かされた状態だった。体を起こし、なんの異常もないことを確認してから周囲を見回す。

そこは平原だった。凹凸のない地面が遠くまで続いている。かなり向こうに見えるのは山の稜線だった。

「ここは?」

「後ろを見たらどうかな?」

そうおれに声をかけたのは古木だった。

おれは怒りを感じつつも、言われた通りに首を振り向けた。

そこにあったのは壁だった。内側ではなく、外壁だった。

「じゃあ、ここは外なのか?」

気絶させられた間に秘密通路を通って外に運ばれたということか。

しかし、そうなると疑問が生まれる。おれたちの住んでいる街が壁に囲まれているのはモンスターの襲撃を避ける意味合いがある。

なのに、周りにはモンスターらしいモンスターがいない。のどかとも言える光景が広がっている。

「なんか思ってたのと違うな。もっとダンジョンが近くにあるのかと思ってたんだけど」

「颯太くん、君は勘違いをしている」

「え?」

「ここは北海道なんだよ」

北海道?

「何言ってるんだよ。北海道は日本の地名だろ。おれたちは異世界で暮らしてるんだぞ」

「だから君たちは騙されていたんだよ。壁の中の街を異世界と信じこまされていたんだ」

何を言ってるんだ、こいつは。

「颯太さん、それは事実です」

「芹沢、おまえまで」

「わたしもかつてはそのような教育を受けてきました。しかし、こちらへとやって来る直前に真実を聞かされたんです」

「……ここが日本?」

「ええ。そしてわたしたちが住んでいたところこそが異世界だったんです」

混乱している。頭の中でいろんな要素が絡み合ってまとまらない。

「つまるところ、彼らは逃げたんだよ。この崩壊した地球を捨ててね」

「崩壊って、どういうことだよ」

「そのままの意味だよ。この地球は崩壊している。君も実際にその目で見ただろう。ゲートを通り抜けた先にある各地の惨状を」

「ゲートってまさか、ダンジョンのことなのか」

「そういうことです」と芹沢が言う。

「でも、どうして地球はそんなことに」

「召喚大戦の影響です」

「召喚大戦?」

「数十年前、地球規模で大きな争いがありました。近代兵器と魔法の争いが発端だったそうです」

そう言って、芹沢は次のようなことを語った。

かつて魔法使いは社会の頂点に君臨し、国の舵取りも任されていた。

しかし、近代兵器が次々に開発されると、その地位は国際的に危うくなってきた。

魔法使いの力や数が必ずしも国力を決定づけるものではなくなり、科学技術に優れた国が次第に台頭してきたのだ。

その対立がいずれ世界中に波及し、大きな混乱をもたらした。

魔法使いは長らく支配者の立場に安穏としていたため、そこから転がり落ちることをよしとはしなかった。

また、魔法を使えない一般人は魔法使いをそもそも快くは思っていなかったため、対立の激化は避けられなかった。

やがて戦争に発展した。国と国の争いがあれば、国の中での主導権を巡る争いもあった。

しかし、その戦いが直接地球を破滅に追いやったわけではなかった。召喚師が戦いに登場しなければ、まだ地球は回復可能な状態を維持できたのかもしれない。

召喚師の暴走がどのようにして始まったのかはわからない。

ただ本来、異世界の一部だけの力を借りる召喚が、その世界に住むモンスターまでをも呼び出してしまったことは確かだった。

モンスターによって次々に国が崩壊した。日本も例外ではなかったが、島国という特性から一瞬で壊滅することはなかった。

そこで国は被害が比較的少なかった北海道に新たな防衛都市の建設を計画した。それがおれたちがいま住んでいる監獄だった。

しかし、周囲を壁に囲まれているがために生活範囲は限られ、しかもモンスターの脅威を感じながら生活するのは息苦しかった。

そこで政府は異世界への移住を決意する。魔法と科学技術を組み合わせたゲートの実用化は戦争が始まる頃にはすでに始まっていた。

とはいえ、地球を見捨てることは簡単にはできなかった。いずれ戻ってきたいという願望もあった。

そこで考えられたのが契約者を使ったシステムだった。

「おれたちは、地球のモンスターを倒すためこっちに残されたのか?」

「ええ、そういうことです。契約者はある意味、召喚師を超える力を持っています。契約を重ねていけば、どんな能力でも手に入れることができる。それに期待したんです」

「本当のことを言えばよかったしゃないか」

「絶望に押し潰されることを危惧したようですね。地球は広くて、そのほとんどがモンスターに侵食されています。それを一掃することは容易ではありませんし、それに後ろめたさもあったのでしょう。事実を伝えれば自分達だけが楽な暮らしをしていること教えることにもなるわけですから」

「向こうにもテロはあるんだろ」

「あります。ですが、モンスターほど恐ろしくはありません」

契約者は完璧じゃない。

確かにモンスターと契約をすればその力を手に入れることはできるが、体は人間のままだ。強い能力ほど体力を消費するし、精神的な負担も増す。

「本気で地球を取り戻せると思ってるのか」

「わかりません。わたしも全てが飲み込めているわけではないので。そこの男性にでも聞いたほうが早いのかもしれません」

「古木は向こうの人間じゃないのか?」

「彼はおそらく、孤児ではないかと」

「孤児?」

「その通りだよ」

古木が拍手をしている。

「孤児というのは日本政府に見捨てられた人間のことを指すんだ。防衛都市を作るとき、その中に全ての国民を収容することはできなかった。優先されたのは政治的な力のあるものや施設を維持するための技術者たちだった。残された人間はモンスターに怯えながら生きていくことを強要されたんだよ」

「それでも、生き延びてきたっていうのか」

「ぼくたちは日本に復讐するためだけに生きている。その怒りや憎しみが消えることはない。日本人がのうのうと異世界で生きているのなら、ぼくたちも死ぬわけにはいかないということだ」

「復讐って、何をするつもりなんだ」

「ぼくたちはこの世界を統一する。モンスターに蹂躙された地球を復活させ、そして、新たな王国を建造するんだ」

古木の目は異様に輝いていた。

「そんなの、無理に決まってるだろ」

「いや、颯太くん、君の力があれば可能だよ」

「おれの?」

「そうだ。先生の息子である君ならね」

「先生?」

「ぼくたちは先生に救われたんだ」

現在、孤児と言われる彼らはそれなりの生活圏を築き上げているという。それはおれの父さん、先生の助力があったからだと古木は言った。

父さんはもちろん、かつては監獄で暮らしていた。そこでの功績が認められ、日本への移住が認められた。

しかし父さんは日本で楽な暮らしをすることが目的ではなかった。日本を潰すためにポイントを積み上げたのだ。

父さんはかつて、ダンジョンの奥で神に出会った。召喚によってこちらの世界に引きずりこまれた女神だった。

父さんはその神と恋に落ち、やがて子供が産まれた。それがおれだという。

「おれが神の子供?」

あまりにも突拍子もない話だったが、古木は頷いて続ける。

父さんはその女神からこの世界の真実を聞かされ、日本への復讐心を募らせる。そこで向こうの日本でテロを行っていた。

しかし、一人では限界がある。父さんは追い詰められるが、協力者の一人からこちらへと繋がるゲートの存在を聞き、そこへと逃げ込む。

そして、孤児たちに出会い、周辺のモンスターを倒した後、彼らに魔法の使い方を一から教えるが、そういった時間も長くは続かなかった。

日本からの追っ手が父さんを殺したからだ。

「ぼくたちは物陰からその様子を眺めていた。先生が召喚されたケルベロスによって殺される瞬間を見ていた」

ケルベロス? ま、まさか。父さんを殺したのは。

「その時にぼくたちは決意をしたんだ。先生の無念を晴らすためにも、必ずこの地球を取り戻して見せると。そして、そのためにはどうしても神の子供である君の力が必要なんだ」

「勘違いしているようだが、おれにはなんの力もないんだよ。契約者としても無能の烙印を押されてるんだ」

「いいや、違う」

古木は首を振った。

「それは君の力が強すぎるからだ。契約者は常により強いモンスターとの契約を目指していくものだろう。あえてランクダウンする必要はない。本能もそれを拒否してしまう。君の中にはすでに最強クラスの力が宿っていて、その意識が弱体化を拒否しているんだよ」

そうなのか? おれは自分の手のひらを見つめた。

「この場所のことは知っていたんですか」芹沢が聞く。

「いや、ぼくたちは毎日生き延びることで精一杯だったし、この監獄がどこにあるのかは先生も知らなかった。ただ、ぼくたちがこれからこの地球の覇者となるためには、颯太くん、君の力がどうしても必要だと気づき、ここを探し当てたんだ」

「どうやって」

「適当に歩き回るわけにはいかなかった。この国もそれなりに広いことは知っていたからね。そこでぼくたちは監獄と世界各地を繋ぐゲートを逆に利用することを考えたんだ」

「逆に利用する?」

「この国から一番近くにあるゲートがどこにあるのかは、先生から聞いておおよその位置を把握していた。先生は東ゲートを調査したときに、その場所を特定する資料を見つけていたんだ。そこは海を隔てた先にある大陸の都市だった。ぼくたちの仲間がわずかに残っていた船を使い、そこを目指した。そして、ゲートから出てきた君たちに異世界人を装って近づき、監獄の内部へと入り込んだんだ」

「よう子ちゃんがお前たちの仲間だって言うのか」
「彼女は何も喋らなかっただろう。髪を赤く染め、カラーコンタクトを使ってはいたが、言葉を発すればぼろが出てしまう。無言を貫くように言っておいたんだ。それでここの場所がわかったのは彼女に発信器をつけていたからだよ。前時代のテクノロジーもまだ残っているものがあるんだ」

 よう子ちゃんが敵? つまりスパイだったってことか?

 じゃあ、拓真はいまどうなってるんだ。

「彼は死んだよ」

「え」

「すでに彼らはこちらに帰国をしている。そのときまでは彼はまだ生きていた。事情をいろいろと聞きたかったから、殺してはいけないと厳命していたんだ。しかし、何を思ったのか、彼は突然、自殺をしたんだ」

「う、嘘だ」

「間違いない。なんならぼくがいまここで呼び出してみようか」

「呼び出すだって」

「ぼくは召喚師だからね」

古木は腰を落とすと、手のひらを地面につき、何かを呟いた。その直後、古木の頭上に空間の歪みが生じて、一人の男性が姿を現した。

拓真だった。全身がぐったりとしていて、表情にも生気は感じられない。

おれは拓真の名前を呼んだ。反応はなかった。宙に浮いたまま、ゾンビのように腕をだらりと下げ、その目はどこを見ているわけでもなかった。

「死者を召喚したというの!」

芹沢が声を張り上げる。

「でも、死人の契約者は召喚できないはずだ」

「いえ、遺体が腐敗していなければ可能です。癒し手が回復呪文を定期的にかけていれば、しばらくは保存することができるはず」

「本来なら、戦うべきではないことくらいはわかっている。しかし、ぼくは知りたいんだ。颯太くん、君の中に眠る神の力というものを。そこにいる彼女は召喚師なんだろ。彼女に隠された力を召喚してもらったらどうかな」

拓真の周囲に、ぼんやりとした影が滲み出すようして現れている。

それはドラゴンだった。漆黒の翼が両脇に広がり、獰猛な爪をはやした四肢が大地を踏みつける。

「ど、ドラゴン? あいつ、そんなモンスターと契約してたのか」

「ドラゴンは確かSクラスのモンスターでしたね」

「あ、ああ。でも、そんな簡単に契約できるモンスターじゃない」

「前に葛西さんは武器の話をしていました。もしかすると東ゲートで強力な武器を拾い、それで戦いに勝利したのかもそれません」

「だが、モンスターはある程度実力で倒さないと意味がないんだぞ」

「ドラゴンは空を飛ぶ生物です。その羽を使えないようにするだけでも優位に戦いを進めることができます。きっと葛西さんはドラゴンを地上に落とした上で正面から戦いを挑んだのでしょう」

「さあ、どうするんのかな。一度契約者を召喚した以上、このまま何もせずに帰すというわけにもいかない。ドラゴンの力は強大で、わたしが必ずしも制御できるものではなさそうだ」

「やるしかなさそうですね」

「でも、おれの手のひらにはなんの情報も記されてないんだぞ」

モンスターと契約をした場合、その手のひらには契約者の名前とモンスターの特徴が古代文字で記されるようになる。

普通の人間には読めないそれを、召喚師だけは理解することができる。手のひらの写真をスマホで撮って送れば、遠隔地でも契約者の召喚が可能になる。

「いまの話が事実なら、颯太さんの中には何かが眠っているはずです。文字に現れないのは、それが神と言うわたしたちの存在を超越したものだからかもしれません」

「文字が読めなきゃ意味がないだろ」

「わたしが直接召喚します」

「直接って、どうやって」

「召喚師は失われた古代語を理解できる唯一の存在。古代語は神にも通じる言葉だと言われていました。ですから、心で直接語りかければ、その神を呼び出すことができるかもしれません」

紋章をこちらに向けてください、と芹沢は言った。おれはそうした。芹沢はその手のひらに自分のそれを合わせた。

ドラゴンと拓真の姿が重なり、その口が大きく開けられた。赤く燃え上がる火の玉が徐々に大きくなっていく。

芹沢は目を瞑り、微動だにしない。火の玉はすでに人の大きさくらいになっていて、いつこちらに向けて発射されてもおかしくはない状態だった。

拓真の頭が反り返り、その反動でが炎を発しようとしているのがわかった。おれはもうだめだ、と目を閉じた。

しかし、いくつ待っても体が焼かれることはなかった。おれの周囲を包んでいたのは炎の熱ではなく、風だった。おれは目を開けた。

金髪の女性が円形の盾を構え、炎を遮っていた。

白銀に軽装の鎧を身にまとい、黄金の兜を被っている。盾を持たない方の手には無骨な槍を握りしめていた。

「こ、これは」

「アテナです。颯太さんはアテナの血を引いていたんです」

アテナ。神話上の存在であることはなんとなく知っている。確かギリシア神話の女神だったはず。それが目の前にいる? そしておれの母親でもあるということなのか。

やがて炎がやむと、アテナは素早い動きで前進した。拓真の手が巨大化し、狂暴な爪がアテナに向けて降り下ろされる。

アテナは寸前でそれを避け、槍の先端を拓真に突き刺した。

空をつんざくような悲鳴が響き渡る。それでも怯んだのは一瞬、すぐに拓真は体勢を戻し、今度は尖った牙の生えた口でアテナを飲み込もうとした。

アテナは逃げなかった。腰を屈め、反動をつけて槍を放つ。拓真の口に槍が突き刺さり、顔が破裂するようにして吹き飛ぶと、ドラゴンとともにその姿は消失した。

「だめ、もうやめて」

芹沢が苦痛に顔を歪めている。本来なら召喚師の意思に従うべきはずが、アテナはそうではなかった。

アテナは槍を拾い上げると、次に古木へと体を向けた。古木に怯えた様子はなかった。

むしろ興奮しているように見えた。目を見開き、唇を震わせながら、どこか笑っている感じがした。

アテナの槍が腹部を貫いたときも、痛みを感じている様子はなかった。手で傷を押さえながらもアテナから目を離すことはなく、そのまま仰向けに倒れていった。

役目を終えたアテナの姿が消えた。おれは古木のところに駆け寄った。まだかすかな息があった。

「君なら、可能なんだ」

古木のかすれた声が耳に届く。

「その女神の力があれば、この地球を人の住める場所に変えることができる。ぼくたち孤児と君たち契約者は何も変わらない。日本に見捨てられた仲間なんだ。だから頼む。この世界に希望を取り戻してくれ」

古木の目が閉ざされ、呼吸が途絶えるのがわかった。

なぜだろうか、憎しみの感情が全くわきあがらない。拓真が死ぬきっかけを作った相手なのに。

おれは空を見上げた。監獄の中に比べると、やはり広く感じる。

この空があのダンジョンにも繋がっているということだろうか。遠く離れていれば天気も気候も変わるだろう。それでも日本よりは近いはずだ。いや、ここが本当の日本なのか。

そしてこの国にはまだ、苦しんでいる人たちが残されている。

おれたちは同じだ、と古木は言った。果たしてそうなのだろうか。

確かに日本という概念に虐げられてきたことは共通しているが、孤児たちは想像を絶するような経験をしてきたはずだ。壁に守られていたおれちとは違う。

 いずれ、おれたちは選択を迫られるのかもしれない。

どちら側につくのかを。おれは選ぶことができるだろうか。わからない。この広大な世界のことを、おれはまだ知らない。

正しい地球の歴史を学んだとき、おれは自分の意思で進むべき道を選ぶことができるのかもしれない。

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