さよなら転校生
芹沢が突然、日本に帰ることになったと担任の佐々木から告げられたとき、おれはとくに驚かなかった。事前に芹沢からそんな話を聞かされていたからだ。
「短い期間でしたが、ここで暮らした日々はわたしにとってかけがえのないものとなりました。みなさんとお別れするのは寂しいですが、またいつか会えることを信じているのでさようならは言いません」
芹沢が帰国をする理由はわからない。本人にも何も知らされてはいないらしい。
おれたちは何も報告はしていなかった。古木の件は黙っていたし、おれの中に眠る力についても芹沢は向こうに伝えていないようだった。
それでも唐突に帰国を命じられたということは、やはり何かを勘づかれているのかもしれない。
放課後、おれは芹沢にデートに誘われた。芹沢がそんな風に表現をしたのだが、実際には学校の周囲を軽く散歩する程度だった。
「ごめんなさい」
歩きながらふいに芹沢から謝られた。おれはなんのことかわからず眉をひそめた。
「葛西さんのことです。わたしがその、殺してしまいましたから」
拓真はすでに死んでいる。召喚された状態をみれば明らかだった。
確かに古木が生きていれば、もっと詳しい話を聞くことができただろうが、おれはそこにこだわる気は全くなかった。
「気にする必要なんてない。あんな苦しい状態が続くよりもよっぽど本人にとっては幸せだったはずだ。それに、そもそもあれはおれの力でもあるわけだからな。一人で背負い込むことなんてないんだ」
「颯太さんはこれからどうなるんでしょうか」
「おれ?」
「いまのままでは颯太さんはどのモンスターとも契約をすることはできません。誰かがそばにいなければ契約者として認められません」
芹沢がいなくなれば、おれは再びフリーになる。そしてそれはこれからもずっと続く。努力をすることすらも許されない。
「仕方ないよな。そういう人生なんだと割り切るしかないよ」
「全てを話して、わたしと一緒に向こうに行くというのはどうですか?」
「え?」
「そうすれば颯太さんは歓迎されるかもしれません。あくまでも地球を正常化させるための戦力ということにはなりますが」
「おれにはそんなの無理だよ。地球がどれだけ広いかくらいはわかっている。そこに生息するモンスター全部を倒すなんて不可能なんだよ。お前だってそう思うだろ」
「……わたしは正直、興味はあります」
「そうなのか」
「アテナの力は颯太さん自身に備わった力です。無理な契約で手にいれたものではありません。ですから体への負担も最小限で済むはずですし、使い方を誤らなければ無限に呼び出すことができるはず。そう考えると、わたしはかすなかな希望が見える気がするんです」
芹沢には何か、この地球にこだわる理由があるのだろうか。わざわざモンスターと戦うことを望むなんて普通じゃあり得ない。
気づけば周囲をぐるりと周り、再び学校の正門へと戻ってきていた。
「そういえば、あの殺人は誰の仕業だったんだろうな」
「やはり、よう子さんでしょう。荒廃した日本で長く暮らしていた彼女にとって、葛西さんから聞いた学校の話は魅力的で、どうしても好奇心を抑えられなかったのだと思います」
「でも、不審者もいたんだぞ」
「それは嘘だったのだと思います。そのような情報を流すことによって警戒心を植え付ける効果を狙ったのではないかと」
父さんによって力を得た孤児たちが監獄に侵入をしてくるかもしれない、それを恐れていたからではないかと芹沢は推測した。
「それじゃあ、もう行きますね」
「ああ」
向こうへと繋がるゲートは学校の中にあるらしい。詳しい場所は教えてはくれなかったが。
「最後に手のひらを合わせてもいいですか?」
「召喚はしないよな」
「もちろんですよ」
おれは前に手を出した。
芹沢の手のひらがそこに重ねられる。
「アテナが戦いたがっているなんて言ったら、信じますか?」
「声を感じることができるのか」
芹沢は微笑むと、腕を元に戻し、
「アテナは戦いを司る神ですから、戦いから逃れることはできないかもしれませんね」
そう言って、おれに背中を向けて、歩き出した。