みんなの朝食
気づけば芹沢は毎日おれの家に朝食を作りに来るようになっていた。頼んだわけでもないのに、決まった時間に訪問をしてくる。
この日もそうだった。今日は休みで、いつもと比べると体調があまりよくない気がしたから、しばらく寝ていようかと思ったが、玄関のチャイムはやみそうにもなかった。
芹沢の作る料理は一人分ではなかった。まずはおれと芹沢の分。
はじめは芹沢はこっちで食事をしようとはしなかったが、それだとなんだか気まずいので一緒に食べることをおれが要求した。
後は梨乃と紗英のぶん。気づけばこの二人もおれの家で朝食を取るのが日課となっていた。
梨乃が芹沢の料理を絶賛し、それを聞いた紗英がじゃああたしも食べたいと言っておれの家を訪れるようになった。
今日、食卓に並んだのは和食だった。御飯に味噌汁に焼き魚。定番の朝食ではあるが、独り暮らしのおれにとっては食べなれないものだった。
そもそも、御飯が炊飯器で炊くものだということすら忘れていた。
「お、おいしい」
「これが日本の味か!」
梨乃と紗英の二人が感嘆の声を漏らしている。そんな様子を芹沢は微笑ましそうに見ている。
「炊飯器とお米をこちらに持ってきて正解でした。こちらではなかなか調達できないものもあるみたいなので」
芹沢はわさわざ軽くはない米と炊飯器を持って料理をしに来てくれた。どうしてそこまでしてくれるのかがおれにはわからない。
親のいないおれに同情をしてくれてるのだろうか。そう言えばおれはまだ、芹沢のことをあまりよくは知らない。
家族構成すらも聞いたことがなかった。
「芹沢ってもしかして、お姉さんだったりするのか?」
みんなが食事を終えたのを見計らって、おれはそう聞いてきみた。
「日本のみんながみんな、料理をできるってわけじゃないんだろ。こういうのに慣れてるってことは、弟がいたりするのかなってふと思ったんだけど」
「料理はわたしの趣味です。日本も結構殺伐とした世の中なので、気分転換になるんです」
「そうか。じゃあ、兄弟はいないんだな」
「兄がいました。もう死にましたけどね」
芹沢の口調はあっさりとしたものだった。
それだけにおれたちはどう反応すべきか一瞬、わからなかった。
「気にしないでください。もう大分前の話ですから」
「そ、そうか」
「ここがそうであるように、日本でも人の死は身近なものです。それが魔法使いという立場ならなおさらのことですから、兄の死を引きずることもありませんでした」
でも、と芹沢は続けた。
「時々、そんな自分を疑うときもありますね。わたしには人としての大事な感覚が本当に残っているのか、そう問いかけることが何度かあります。兄の死を平気で受け止められているのも、心のどこかが麻痺をしているからではないかと、そんなふうに考えるんです」
芹沢はおれが思っている以上に過酷な体験をしてきたのかもしれない。
そしてそれが、もしかしたらおれの父親によってもたらされたものなのかもそれないと考えると、胸が痛くなる。
「悩めるだけまともってことでしょ。そんな落ち込む必要なんてないんだよ」
紗英がことさら明るく言う。
「それより、今日はどうするの? 拓真のやつを探すつもりなんでしょ」
拓真とよう子ちゃんの行方は、いまだにわかってはいない。一晩が過ぎたいまもこの街のどこかに隠れているようだった。
「そうしたいとは思ってるけど、日本の軍人があらかた探してるんじゃないのか? 結構な人数がいたからな」
「でも、向こうの人間はこっちには土地勘はないでしょ。見落としているところだってあるかもしれない」
「心当たりでもあるのか?」
紗英はニヤリと笑って、
「もちろん」
と言った。