逃亡
病院へと駆け足で向かう間、一抹の不安を感じずにはいられなかった。
もしかしたらすでによう子ちゃんは警察にでも連れていかれてしまったのではないか、そんな最悪の想像をしながらおれたちは病院へと向かった。
病室のドアを開けると、よう子ちゃんはそこにいた。
ベッドからは出ていて、窓際に立っていた。窓は開いていて、そこから外を眺めていたらしかった。
部屋に入ってきたおれたちに気づいて、よう子ちゃんは振り向いた。その目は明らかに潤んでいた。涙が流れたあとも、頬には残っていた。
「故郷を思い出してるのか」
拓真の問いかけは、おそらく、おれたちの想像とは違っていた。
よう子ちゃんがなぜ泣いているのか、そう考えたときに浮かんだ答えは人を殺したからではないか、そういうものだった。
疑いたくはなかったが、このタイミングでは正直、仕方のないことだった。
「両親や仲間のこと、思ってたんだろ。そうだよな、悲しいよな。離ればなれになってどのくらい経つんだ? あんなモンスターだらけのところ、ひとりしゃ生きていけないもんな」
拓真はよう子ちゃんに近づき、その腕をとった。
「こんな細い腕じゃ、何もできないよな。ずっと、大人に守られてきたんだろ。怖い思いなんかして、何度も泣いてきたんだろ」
よう子ちゃんの口がわずかに動き、何か言葉を発するように見えた。
しかし、そうはならなかった。言葉が出ないのか、それともしゃべることを躊躇しているのか、そのどちらかを見極める時間はなかった。
病室のドアが開き、校長を先頭に複数の大人が部屋に入ってきたからだ。
校長以外は全員男で、きっちりとスーツを着こなしていた。体格は大きめで、校長が子供に見えてしまうくらいの差があった。
「校長、その人たちは?」
「彼らは日本の軍人です」
「軍人?」
校長の後ろに整然と立つ彼らは軍人には見えなかった。
日本軍がどのようなものかは、おれは具体的には知らない。ただなんとなく、もっといかつく仰々しい感じを想像していた。
「軍人というのは警察組織の対魔法課に所属する人たちの俗称です」
芹沢がおれの耳元でささやくように言う。
「わたしもそこに所属しています。日本軍というのはいまは確か、存在はしていないはずです」
「高校生なのにか?」
「魔法の才能に年齢は関係ありませんから」
「その娘を渡してほしいと、彼らは言っています」
校長が奥の方に目を向ける。拓真とよう子ちゃんは抱き合うようにしている。
「どうしてですか? 事件との関係を疑っているとしたなら、まずは本人から事情を聞くべきではないんですか」
「それは……」
何かを隠しているのか、校長の物言いははっきりしない。それとも何も知らないのだろうか。
日本側の命令であるのなら、それに従う義務がある。根拠も説明も要求することはできない。
校長も辛い立場なのだということくらいはわかるが。
軍人と呼ばれた男たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。その表情に変化らしいものは浮かんではいない。
整然とした足取りで奥へと向かっていく。
拓真がよう子ちゃんの体に腕を回したとき、おれは何をしようとしているのかわからなかった。
そのまま彼女の体を抱き上げると、窓に足をかけ、外へと飛び出した。
この病室は二階にあった。一人な
ら飛び降りても平気なところはあるかもしれないが、誰かを抱えたままではそうはいかない。
おれたちは慌てて窓から顔を出し、下を確認した。
二人とも無事だった。地面に着地する直前、なぜか落下するスピードが落ちたように見えた。
「一瞬、浮きましたね」
「浮いた?」
「ええ。おそらく葛西さんは飛行タイプのモンスターと契約をしているのでしょう」
拓真はよう子ちゃんの手を取り、そのまま走って病院を後にした。
どこに行くつもりなのだろうか。この街は狭い上に、壁に囲まれている。逃げる場所なんて限られているというのに。