モンスターとの遭遇
そういうわけで休日、おれは芹沢とともに出かけることにした。
目的地はダンジョン。
この街には異世界の各地と繋ぐゲートが設置されていて、そこから様々な地域にワープすることができるようになっている。
正確な位置を示しているのかはわからないが、とりあえずゲートにはそれぞれ東西南北の名前がつけられている。
北は雪原地帯。
東は廃都。
西は砂漠などの荒野地帯。
そして南は森林地帯となっている。
これはもちろんゲート付近の状況を示している。
奥に向かえば更なる世界が広がっている。もちろん、おれは一度も行ったことはないのだが。
今回、おれは芹沢を連れて南の森林地帯に向かうことにした。そこが一番難易度が低いと言われているからだ。
はっきり言えば、そこにしかおれは行ったことはない。
なんのモンスターとも契約せずに他の難易度の高いダンジョンに向かうことは危険すぎるからだ。
おれは待ち合わせ場所のゲートセンターの前で芹沢と合流した。
ゲートセンターとはその名の通り、ゲートを管理している店だ。中央エリアにある店で、そこからそれぞれのダンジョンに向かうことができる。利用料はもちろんただだ。
まず二人で受け付けに向かい、行きたい場所を告げる。
すると受付の女性は手元のパソコンをいじりだし、設置してある監視カメラでそこの状況を確認してくれる。
ゲート付近は基本的に安全だが、相手は生き物、どのような行動をするのかは完全に読むことはできない。ゲート付近にレベルの高いモンスターがいる場合もある。
「南ゲートはいまは安全ですね。さっそく向かいますか?」
「そうする」
「では、武器をお選びください」
「武器?」
「素手で戦うわけにはいかないだろ」
芹沢にそう言いながら、おれはスタンガンを注文した。もちろんこれにも金はかからない。
受付が一度裏の方へと移動し、武器の保管庫からスタンガンを持ってくる。おれはそれを受け取った。
「そんなもので大丈夫なんですか?」
「契約するには相手を殺すわけにはいかないんだ。そうすると契約は無効になるから、適度に弱らせる必要がある。おれの場合は弱いモンスターを狙うわけだから、スタンガンくらいがちょうどいいんだよ」
「他の武器にはどのようなものがあるんですか?」
「銃や剣なども用意しております」
受付が答える。
「もちろん、契約をした力を使うのもありだが、それだけに頼ると体力を消耗するし、戦術の幅も狭まるからな」
いまだに契約できていない身でこんなことを語るのも恥ずかしい気はするのだが。
「ところで、そちらの女性はもしかすると、噂の転校生ですか?」
「はい、そうですけど」
「やはり、そうですか。見慣れない顔だったもので。今回はどのような理由でダンジョンに向かわれるのですか?」
「見学みたいなものです。こちらのことをいろいろと勉強しようと思っているので」
「魔法使いとしての能力は召喚師であると伺っております。間違いありませんか」
「間違いありません」
「では、こちらをお持ちください」
そう言って受付がカウンターのテーブルの上に置いたのは一丁のハンドガンと弾倉だった。
「あなたがどの程度の力を持っているのかはわかりませんが、こちらでは召喚術は控えていただきたいのです。召喚術の発動がどのような影響を及ぼすのかはまだ確認していませんから、もしモンスターに襲われた場合はこれで対抗していただけると助かります」
「わかりました」
そう言って芹沢はハンドガンを手に取った。
「銃なんて扱えるのか?」
「問題ありません。魔法使いは自身の能力にだけ頼らないように武器についても学ばされるので、扱い方は心得ています」
まだ高一でそんなところまで勉強しているということは、日本というところは想像以上に治安の悪いところなのかもしれない。
こっちに届く情報というのは制限がされているので、向こうの実際の生活というものを知ることは難しい。憧れを抱くように装飾された映像ばかり見せられているのだろうと思う。
ゲートは受付のすぐ隣にあって、四つ横に並んでいる。
南ゲートは一番端にある。円筒状の装置で、それなりの広さがある。
おれは芹沢と二人で中に入ると、スライド式のドアが閉まり、まもなく足元の方から光が放たれ始める。
目の前がまばゆい光に覆われ、気がつくと、景色は様変わりしている。
ゲートから出ると、緑が発する濃密な空気に肺が一瞬、驚く。
周囲は木々に埋め尽くされ、狭い空からわずかながらな空を覗くことができる。
監獄から壁を一枚隔てたところとはいえ、ここは異世界。人によって整備された街とは環境は全く違う。
「壮観ですね」
木々を見上げるようにして芹沢が呟く。
「おれは見慣れてるけどな」
ゲートは小さな広場のようなところにポツンと置かれていた。
ここの周囲には結界が張られているので、モンスターの襲撃は避けられるようになっている。
とはいえ、少し離れると効力を失われるので気を緩めるわけにはいかない。
「この先を進むとモンスターがいるんですね」
広場からは小道が一本だけ伸びている。芹沢はそこを指差して言った。
「なんだか、わくわくしますね。物語で見るような冒険ができるんですよね」
芹沢は興奮しているようだ。モンスターとの戦いに怯えている様子はない。
ハンドガンをなで回すようにして、いまにも打ちたがっているのがわかる。
そう言えばゲームが好きとか言ってたな。その延長で考えているのかもしれない。
「いいか、これはゲームじゃないんだぞ。本物の戦いなんだ。軽い気持ちで臨めば」
「では、さっそく行きましょう」
おれの話なんて全く聞かず、芹沢は一人で歩き出している。気持ちが逸っているのか、歩くスピードも早目だ。
「おい、待つんだ。まずはちゃんと周囲を確認してからじゃないと」
おれは言葉をとめた。
芹沢が歩く小道の茂みがゆさゆさと揺れた気がしたからだ。
次の瞬間、そこから何かが飛び出してきた。
ゴブリンだった。小柄なモンスターで、緑色の肌をしている。胴体に比べて手足が若干長く、鋭い爪を持っていた。
「え?」
芹沢が気づいたときにはすでに出遅れだった。
自分に向かってジャンプしてくるゴブリンを避けることができず、そのまま押し倒されてしまう。
ゴブリンは腕を高く振り上げ、芹沢は落としたハンドガンを慌てて探している。
「芹沢!」
おれはダッシュして、ゴブリンに体当たりをした。その爪が芹沢を引き裂く直前のことだった。
体としてはおれのほうが大きく、ゴブリンは遠くに吹き飛ばされた。
それだけでダメージを与えられるわけではなかった。ゴブリンはすぐに起き上がり、戦闘体勢をとる。
おれはスタンガンを用意し、待ち受ける格好を取った。
決着は一瞬だった。
ゴブリンとは戦ったことがある。単調な動きしかできない。
ジャンプをする動作を構えれば、そのまま直進に進むしかない。おれはその動きを読み、横へと体をずらしながらゴブリンにスタンガンの先端部を押し当てた。
全身に電流が流れ込み、その場に倒れるゴブリン。
「ふう、なんとかなったな」
「すいません、わたしの不注意で」
「いいんだよ。それより怪我はなかったか」
そう言いながら、おれは芹沢に手を差し出す。
「はい、大丈夫です」
芹沢はおれの手を取って立ち上がり、ハンドガンを持ち直した。
「では、最後の止めはわたしがやりますね」
「え?」
「せめて安らかに死ねるように、頭を撃ち抜くのがいいですよね」
芹沢は銃口をゴブリンに向けている。
おれは慌てて芹沢とゴブリンの間に割って入った。
「い、いや、ちょっと待つんだ。おまえはおれたちがここに来た目的、忘れてないだろうな」
「目的、ですか?」
「契約者の仕事を観察しに来たんだろ。おれたち契約者はモンスターと契約しなくちゃならない。そのためには殺しちゃだめなんだよ」
「ああ、そうでしたね」
芹沢はどこか気の抜けたような返事をする。
「まさか、本気でゲームに入り込んでたんじゃないだろうな?」
「はい?」
あまり触れないほうがよさそうだ。とにかくいまはゴブリンとの契約を試してみないといけない。
契約の方法は極めて単純だ。
モンスターに紋章のある手のひらを押し当て、胸の中で服従するように念じればいい。
成功した場合は相手のモンスターの思念の一部が流れ込んできて、手のひらが熱を持つようになる。
しかし、今回もそんな反応はなかった。
ゴブリンの額にしばらく手のひらをつけていても、何も頭には入ってこなかったし、手のひらもそのままだった。
「やはり、無理そうですか」
「そうみたいだ」
わかってはいた。今回も無理だということは。
こんな作業をおれは何度繰り返しただろうか。もはや数なんて覚えていない。どうせ契約できないなら、やらないほうがましだった。
「このモンスターはゴブリンですよね」
そう言って芹沢はスマホを取り出して、画面を見た。
「モンスターレベルはD ですか。これなら普通は誰にでも契約をできるはずですよね」
モンスターにはそれぞれランクが存在している。S ~D の五種類だ。
もっとも難易度の高いS ランクのモンスターにいきなり戦いを挑むことはできない。
なので通常はD ランクのモンスターとまずは契約する。そしてそのモンスターの力を使い、次はC ランクのモンスターを倒す。これが契約者が成長する一連の流れとなっている。
しかし、おれはD ランクのモンスターとすら契約ができない。その程度のモンスターなら中学生どころか小学生でも出来るというのに。
「不思議ですね。何か特別な理由があるのでしょうか」
「こっちが知りたいくらいだよ」
「少し手のひらを見せてもらってもいいですか?」
芹沢は覗き込むようにしておれの手のひらを見た。
「これは確かに紋章ですね。死紋というわけでもありませんし」
「シモン?」
「聞いたことありませんか? 死ぬ紋章と書いて死紋です」
おれは首を振った。
「契約者は繰り返し契約をしていると、紋章が黒ずんで役に立たなくなることがあるんです。体の負担を考慮したものだと言われてるんですが」
おれは手のひらを確認した。円形の淡い光が浮かんでいる。死紋ではない。
当然だ。おれは一度も契約をしてないんだから。
「大人にもいろいろと聞いたけど、誰も明確な答えは持っていなかった。こういうケースは初めてらしいからな」
「そうですか。両親にも頼れませんからね」
おれは芹沢の顔をまっすぐに見た。
「なんでしょう?」
「もしかしてお前、おれの両親がもういないってこと知ってるのか?」
しまった、芹沢はそんな表情を浮かべた。おれは両親の情報なんて芹沢には一切伝えてはいなかった。
「えっと、そうですね。そんな噂を聞いたものですから」
「誰からだ」
「た、担任の先生です」
「じゃあ、佐々木に確認してもいいんだな」
「……」
芹沢はあからさまに困った顔をしていた。
もしかしてこいつはただの転校生じゃないのか、そんな疑問を浮かべたとき、すいません、と芹沢は頭を下げた。
「実は、わたしーー」