其の八
「閣下の言われるとおりだ。あの女王め、われら由緒正しき伝統的階級の名門をないがしろにするのにも程があるというものだ!」
「このままでオ・ワーリ王国の伝統も栄華も、女王をはじめとする成り上がりどもに食いつぶされてしまうぞ!」
「そもそもフランソワーズ一世とは何者だ? つい一年ほど前までは、内親王として嫁ぐのを待つだけの身であった。それが先王無き後の混乱につけこんで玉座を掠め取ったばかりか、いまや神にでもなった気でふるまっておる!」
それら糾弾の声の主はダイトン将軍を筆頭に、前の騎士団長クレメンス将軍や同じく前の近衛隊長ブレームス将軍などの大物武官にくわえ、先王時代に宰相を務めていたペニシュラン侯爵、同じく先の宮廷大臣のヒルトン伯爵といった面々のものであった。
その他の出席者も、先王時代に宮廷の重職にあった名のある貴族や将軍の位にあった上級騎士ばかり。
現在のフランソワーズの治世下では国政の中枢からはずされた面々とはいえ、それでもつい一年ほど前までは王国を右に左に動かしていた大物宮廷人たちであり、その名にはすくなからず重みがある。それを考えればそうそうたる顔ぶれといえた。
もっとも、重みがあったのは以前の肩書きと門閥の血筋だけで、威勢のいい糾弾とは裏腹に彼らの声には空疎な響きがあった。
フランソワーズの即位によってそれまで握っていた特権や地位を奪われたあげく、宮廷からも追いやられて、しかもそれを回復できない者たちの声だ。
かといって以前の時代に戻すだけの実力も意思も、なにより度胸がない。
冷や飯を食わされている者同士、酒の力を借りて女王を罵倒し「昔はよかったなあ」と懐古するだけ。
その声に熱はあっても、空疎な響きに満ちるのも当然というわけである。
そんな彼らの声に静かに耳を傾けながら、屋敷の主であり座の主催者であるクレイモア伯爵は、秘蔵のワインを用意したり、肴となる料理を仕分けたりと、座にいながら糾弾に加わることなく淡々と列席者たちへの奉仕に務めていた。
大臣経験といった宮廷での派手な経歴こそないものの、クレイモア家はオ・ワーリ王国開闢来続く名門貴族で、家柄の格はペニシュラン公爵やヒルトン侯爵らに匹敵する。
ダイトン将軍ら武官の面々に至っては、はるか目下の存在だ。
にもかかわらず、同じ貴族にはもちろん武官らに対してもさえ「さあ、将軍。もう一杯どうぞ」などと、まるで給仕係のごとく低腰で応対している。
冷静な観察眼をもつ者が座にいれば大貴族らしからぬ伯爵の態度に不審なものを感じたであろうが、皆、女王への憎悪と逸品ワインに深く酔っていたので誰も気にとめていなかった。
伯爵が身分不相応な低腰なのは、むろんフランソワーズからの「密命」によるものだ。
彼の役割は不満分子らに女王糾弾の場を提供し、そこで酒や料理を振る舞うことで彼らの舌の回転を滑らかにさせ、その口から「潜在的反女王派」の人間を探り出すことにある。
会合を重ねるたびに参加者の顔ぶれも増え、今日も新たに数名の貴族が場に加わっている。
さらに怒りとアルコールと脂とで滑らかになった彼らの口からは、会合にはまだ姿を見せていないものの、女王の治世に不満を募らせている貴族の名も幾人か聞きだせた。
今回も女王によい報告ができそうだ。
内心でほくそ笑みながら新たなワインを調達すべく伯爵は静かに部屋を出ようとしたのだが、その際、誰かがふいに発した次の一語を聞きとがめ、おもわずその足を止めてしまった。
「なんとかカルマン殿下を動かせないものだろうか?」