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其の三



 戦いの終結後、いったん本拠ジャルジェ領に戻ったカルマン王子は、その地で戦傷を癒しつつ、近日のうちにも国都に凱旋して新国王として即位を宣言しようと考えていたのだが、その矢先、国都から驚くべき報告が届いた。
 
 その国都では、自身の異母妹である先代オーギュスト王の長女フランソワーズが、兄弟たちが骨肉の争いをしている間にもなんと王城にて国王への即位を一方的に宣言し、オ・ワーリ王国初の女王に就いたというのである。
 
 まさに驚天動地というべき女王誕生の一報に、カルマン派の人々は当然のごとく驚き、困惑し、そして怒り狂い、フランソワーズに対して即位を撤回するように求めたのだが、素直に応じるような彼女ではなかった。
 
 それどころか武器を捨てて降伏し、自分に忠誠を誓えば家臣として召し抱えてやるとまで言い放ったのである。
 
 これではカルマン派の人々に喧嘩を売っているのも同様で、実際、彼らもそう受け取ったのであろう。

 カルマン王子は自らの軍勢を急ぎ再編すると、異母妹を玉座から実力で排除すべく国都に向かって進軍したのである。
 
 かくして不毛きわまる二度目の内戦がここに勃発したのだが、先の内戦とは異なりこの戦いはひと月余りという短期間のうちに決着を見た。

 フランソワーズ率いる女王軍の完勝という形で。
 
 経験豊富な将兵をそろえていたはずのカルマン王子の軍勢が、急ごしらえともいうべきフランソワーズの軍勢に敗北した理由はいろいろある。
 
 しょせん、女が率いる「にわか軍勢」と最初から軽視していたこと。
 
 ゆえに、具体的な作戦も定めないまま勢いだけで軍を進めてきたこと。
 
 麾下の将兵たちが先の戦いで傷つき、いまだ疲れ果てていて士気が低かったこと。
 
 以上のことが挙げられるが、最大の理由はフランソワーズが女だてらに天性の「戦上手」だったことであろう。
 
 カルマン軍の補給線を的確に潰したり、撤退を装って地の利をえた場所に敵軍を巧妙に誘いこんだり、昼夜を問わずに神出鬼没のゲリラ戦をしかけて、敵兵に休息の時間を与えないようにして精神的に追い詰めるなど、およそ「素人」にできることではない。
 
 ともかくフランソワーズが考案する巧妙で的確で容赦のない戦術の前に、カルマン軍は国都に向かって進撃していたはずが、気づけば本拠ジャルジェ領にまで追いやられ、やがて女王軍に街ごと包囲されるとついには降伏したのである。

 先端が開いてからカルマン軍が降伏するまで、わずか一ヶ月余の出来事であった。
 
 かくして、ほとんどの国民がよくわからないうちに王国の支配権を握ったフランソワーズは、あらためて女王への即位を宣言。自らがオ・ワーリ王国の新たな君主であると世に知らしめたのである。
 
 他方、異母弟らに勝利したのも束の間。これまたよくわからないうちに異母妹に敗者にさせられたカルマン王子は、戦いに敗れたものの許され、大公の称号と宰相の地位を与えられて女王に仕えることとなった。
 
 以来、オ・ワーリ王国は表面的には平穏を保っていたのだが……。
 
  不毛な近過去に一人ランマルが思いを馳せていると、女王の興がった声が耳を打った。

「ま、兄上はともかくとして、先の戦いで私と戦った連中のほとんどが表面上は忠誠を誓っているように見えるけど、内心ではいつ私を玉座から蹴落とすか。そんなことばかり考えているのよ。まったく愚かな連中よね。そう思うでしょう、ランマル?」
 
 うかつな返答はできないため、ランマルはさりげなく話の角度を変えてみた。

「それはともかくといたしまして、陛下。御用の件はなんでございましょうか?」

「あ、そうそう。すっかり忘れていたわ」
 
 フランソワーズは笑い、グラスを満たすワインを一口干した後に語をつないだ。

「明日、緊急の国議を招集するわ。来月の即位式典の前に伝えておきたいことがあるからね。おもだった重臣や貴族、それに将軍たちを城に集めるのよ。ランマル、お前が手はずを整えなさい」
 
 女王のさりげない、それでいてとんでもない命令にランマルは一瞬、目玉をひんむいた。

「ええっ、あ、明日ですかっ!?」

「何か異論でもあるの?」
 
 猛禽類のような鋭く光る目でフランソワーズに見すえられた瞬間、ランマルは股間のアレがキュッと縮んだ気がした。

「い、いいえ、ございません。これからすぐに招集文をしたためますです、はい!」

「よろしい。では頼んだわよ、ランマル」
 
 そう言ってフランソワーズは片手を軽くあげた。退出をうながす合図である。
 
 ランマルはソファーから立ち上がり、うやうやしく低頭して執務室から出ていった。
 
 その口から重すぎるため息が漏れたのは、衛兵が部屋の扉を閉めた直後のことである。
 
 招集文を数だけしたため、急使の者を呼び集めて彼らに指示を出し、重臣や貴族や将軍に送り届ける。
 
 大半はこの国都内に住居を定めているから連絡をとるのは簡単だが、地方にある自分の領地に住んでいる者もいるから、それを考えれば、遅くとも夜明け前までに発送の準備をしなければ間に合わない。
 
 つまり、自分には寝ている暇などないということだ。
 
 こりゃ、そのうち過労死するな。

 絶望という二文字を脳裏に思い浮かべながら、ランマルは自分の寝所へと駆け戻っていったのである。



        †   


 その日、正午を過ぎたあたりから王城の中は凄まじい喧騒につつまれた。
 
 ランマルが夜通しかけてしたためた招集文によって、宰相をはじめとする重臣という重臣、貴族という貴族、将軍という将軍が、夕刻の時分に開始予定の緊急の国議に参列するために駆けつけてきたのである。
 
 そんな喧噪に満ちた城内にあって、自室の寝台の中で一人深すぎる眠りの中にいたのはランマルである。
 
 それも当然であろう。

 なにしろ全員分の招集文をしたためるのに時間がかかり、すべて書き終えたときにはすでに陽は完全に昇っていた。
 
 さらに城内の侍従官に女官、衛兵に料理人らを集め、国議における準備や段取りの指示を彼らにすべて伝え終えたときには、正午まであと一刻という有様。
 
 かくして極度の疲労と睡魔に襲われたランマルは、自分の寝所で死んだように眠っていたのだが、卯の後刻(午後四時)を少し過ぎた時分に部下のフォロスに呼び起こされた。

 すべての招集対象者が城に集まったというのだ。
 
 その一語に飛び起き、慌てふためきながらもすばやく身支度を整え、すべての準備を終えたというフォロスの説明を聞きながら女王の執務室に駆けつけたとき。

 そこではまるで処女雪の結晶を織ったような、純白のドレスに身をつつんだフランソワーズがお側付きの女官たちに囲まれていた。
 
 あと一刻ほどで始まる国議に備え、ドレスはむろん黄金造りの王冠やさまざまな宝石類をその身に飾らせていたのだが、ランマルには不粋に思えてしょうがない。
 
 どんなに横暴だろうと人使いが荒かろうと、気性が激しかろうと気分屋だろうと、目の前の女王が天上の女神ですら嫉妬するであろう美貌の所有者であることは疑いなく、どんなにきらびやかな宝石であっても女王の白皙の美貌の前では、それこそ道端に転がっている石ころにひとしいというものだ。
 
 これでもうすこし「おしとやか」であれば完璧なのになあと、ランマルははなはだ残念でならない。ちょっと褒めすぎかもしれないが……。
 
 ともかく執務室に入ったランマルは女王の傍らにまで歩を進めると、その前でひざまずいてかしこまった。

「ランマル、ただいま参りました」

「遅いわよ、ランマル。主席侍従官がそれでは下の者に示しがつかないでしょう」

「は、はい、申し訳ございません、陛下!」
 
 いきなり叱責されてランマルは恐縮して低頭したが、内心では腹立たしくてしょうがなかった。

「あんたが無茶な仕事を押しつけたからでしょうが!」とか「少しは部下の労をねぎらったらどうなのよ?」とか「この横暴スイカップめ!」だのと、ランマルが内心で毒づきながらもどうにかこうにか怒りを鎮めている間にも、女王の衣装の準備が終わった。
 
 そのことに気づいてランマルが顔をあげたとき。凜とした威厳をまとった姿が視線の先にあった。
 
 無粋とは思いつつも、やはりきらめく黄金の王冠や宝石類は、この美貌の女王をよりいっそう映えさせることは否定できない。

「さあ、いくわよ」

「はっ!」
 
 フランソワーズの声を端にして、ランマルら近習の侍従官や女官がその後に続き、執務室を出て謁見の間へと向かった。
 
 王城内には謁見用の広間がいくつかあるが、この日、使われているのはその中でも最大の広さを持つ「白薔薇の間」である。一度に千人の人間を収容できる大広間だ。
 
 フランソワーズを先頭にその広間の扉の前に立つと、ほどなく中から楽奏隊によるラッパの演奏に続いて、入来を告げる式部官の声が高々と響いてきた。

「オ・ワーリ王国女王フランソワーズ一世陛下、ご入来にございます!」
 
 語尾にまたしてもラッパの音響が重なり、直後、広間の扉は開かれた。
 
 広間の入口から奥にある三段層の階《きざはし》まで、真紅の絨毯がまっすぐ伸びていて、玉座はその階の最上段におかれてある。

 フランソワーズを先頭にランマルたちは、その絨毯の上を奥に向かって広間内を歩きだした。
 
 歩を進めるたびに、絨毯をはさんで両側に立ちならぶ貴族や騎士たちが次々と頭を垂れる。

 女王に対する儀礼とわかっていても、すぐ後背を歩くランマルとしては優越感を感じずにはいられない瞬間だ。
 
 やがてフランソワーズが階の前まで進みいたり、階段を上がって玉座の前に立つと、それまで演奏されていたラッパの音がぴたりと止んだ。
 
 止むと同時に、それまで低頭していた参列者たちが姿勢を戻し、いっせいに正面に向き直る。
 






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