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第7話 欠陥品(ディフェクティブ)と武術大会・前編

 遊一郎が見事に運転技術の競技で一位を獲得したのを見届けて、大志はいよいよ自分の番だと深呼吸を一つ。
 更衣室で道着(どうぎ)に着替えて、観客席にいる堤たちのところへ戻る。
「よし、みやもっちゃん。キミなら大丈夫だよ、優勝しておいで!」
「はい、精一杯やってきます」
 堤に肩を叩かれて熱い激励を受けていると、後ろから声が掛かった。
「大志、か?」
「え?」
 自分の名前が呼ばれたことに、大志は不思議に思って振り返る。
 警察の武術大会ならまだしも、この会場は軍人ばかり。自分の顔と名前が一致する人なんてまだまだいないはずだと。
「やっぱり大志だ。俺だよ、覚えてるか? 警察学校で一緒だったろ」
(まさ)!」
 筋肉のついた、同年代の中でも特に体格が良い上に背も高い。なのに気の良さそうな(ほが)らかな口調と笑顔が、(さわ)やかな体育会系の印象を持たせる好青年。
 厳しい訓練ばかりの警察学校時代を共に過ごした級友だった。授業だけでなく寮の部屋も一緒だったので、学生の頃はほとんど彼と行動していた。
 だからこそ大志の頭に疑問が浮かぶ。
「なんでお前、ここに。確か特殊機動隊に受かってそこに行くって」
「おう、そこにいたんだけどよ、軍から引き抜きの話が来て受けたんだ。今は東方第一支部にいる」
 (なつ)かしい顔に、大志は喜色(きしょく)の笑みを乗せて駆け寄る。知っている顔に会ってほっとしたのもあるかもしれない。
「そうか、そうだったのか。引き抜きなんてすごいな。お前は昔から体力も根性もあったし、軍でも活躍できるよ」
「大志こそどうしてここにいるんだ? お前も引き抜きか?」
 純粋な将の疑問に、大志は口ごもる。
 どう言えばいいのか迷っていると、助け舟を出したのは意外にも銀臣だった。
「ジェヴォーダンの獣事件で、ソイツにオーパーツの適性反応が出たんだよ。うちで仕方なく預かってる」
「え、突然変異の警察官って大志のことだったのか!?」
「うん、まぁ……」
 将は、これでもかというほどに驚いて目を見開く。
 支部局だけでなく、軍の間で大志の話はだいぶ広まっていた。突然変異(ミュータント)としてグリーン・バッジに入隊したはずが、一度も失われた叡智(オーパーツ)を起動できていない欠陥品(ディフェクティブ)、と。
「そうか、そりゃ妙なことになっちまったな、大志。まぁでも、お前って結構図太くて(つら)の皮厚いとこあるから大丈夫だって!」
「それ激励(げきれい)のつもりか?」
 珍しく気遣わしげな神妙(しんみょう)な声を出したと思ったのは束の間で、将は白い歯を見せて笑った。親指を立てて。
「もっと筋肉つければ起動できるかもしれねぇぞ!」
「本気で言ってる?」
 コイツは相変わらずだなぁと、むしろ安心感を味わった大志は思わず笑ってしまった。
 知っている顔が軍にいるという事実も、安心した要因だった。
「へぇ〜、キミ、みやもっちゃんのお友達?」
 興味津々なのを全身で表現するかの(ごと)く将を見上げる堤。
 大志の方に気を取られていて上官の存在に気づかなかった将は、すぐに姿勢を正して腹から声を出した。
「ご挨拶もせず失礼しました! 自分は東方第一支部所属、難波将(なんばまさ)二等軍士です!」
「あ、いいよいいよそんなかしこまらなくて。俺そういうの苦手〜」
「あ、そうなんですか。俺もなんですよ、良かったです!」
「え、なにこの素直な良い子。やば〜、大人になるとこういう子がものすっごくバカかわいく見える。バカわ〜」
「素直というより脳まで筋肉なんです」
「なに言ってんだ大志! 脳まで筋肉だったらもっとテストの成績良かったはずだぜ!」
「………」
 顔を(おお)って黙りこくった大志。
 堤の後ろでは遊一郎とほのかが「ホントにバカだ」「バカそのものだ」と呟いた。
 それに気づいているのかいないのか、将は近くの壁掛け時計に視線をやって「お」と慌てたように声を上げる。
「大志、もうすぐ躰道部門の集合時間じゃないか?」
「え、あっ」
「やべ、急げ! また連絡するから会おうぜ!」
「あぁ、また!」
 大志は慌てて走り出してから、しばらくして堤に挨拶していないことに気づいたらしい。
 律儀にも、わざわざ振り返って頭を下げてから再び走り出した。
 それを見送ってから、堤はニヤーッと怪しげに笑って将を見た。
「キミ、みやもっちゃんと仲良いんだね」
「うっす!」
「みやもっちゃんて、どんな子だった? この子がみやもっちゃんと仲良くなりたいんだけど、どうも上手くいかなくてね〜」
「誰もそんなこと言ってないですよ!」
 肩に寄りかかってきた堤を払いのけながら、銀臣は心底迷惑そうに顔を(ゆが)ませる。
 堤の言葉と銀臣の態度に、将は驚いて目を丸くした。
「え、そうなんですか? 大志って誰とでも上手く付き合える奴だと思ってましたけど」
「礼儀正しいし、いい子だよね〜」
「そうなんですよ。あ、でも、格闘術の時は別人ですよ。なんて言うか__……」
 アリーナを見下ろすと、ちょうど大志が一回戦目を開始するところだった。


「お前だろ? オーパーツを一度しか起動できなかった使い物にならない元警察官ってのは」
 悪意の乗った嫌な物言いに大志が顔を上げると、顔からして意地の悪そうな男がそこにいた。
「なのにグリーン・バッジに居座り続けるんだから、お前もお前のとこの局長も図々(ずうずう)しいっていうか……ま、あの人は変わり者で前々から有名だけどよ。俺ら真のグリーン・バッジの評判を落とすようなことはやめて欲しいんだけどな」
 この男もグリーン・バッジらしい。
 グリーン・バッジは選ばれた者、国最高の戦力という誇りを持つ者が多い。自分のような存在は許せないのだろうということは、大志には理解も納得もできることだった。
「すみません」
 あまり色々と言えば、言い訳のように聞こえてさらに気分を悪くさせるかもしれない。
 そう思って、大志はそれだけ言って黙った。
 相手の方は、言い返して来なかったのが意外だったらしい。聞こえるように舌打ちをこぼして背を向けた。
「お前の相手は俺だ。ここで負かして恥かかせてやるよ」
 言い残して、男は去って行った。
「おい、宮本、なにか言い返せよ」
 支部局ごとに別れて設置されているベンチから、同じ南方第二支部代表の一人が苛立たしげに語気(ごき)(つよ)める。
「アイツ……堤局長のことなんも知らねぇくせに……」
 その横にいるもう一人も、さっきの男の背中を睨んだ。
 堤は確かに、変わり者で有名だ。だがそれ以上に慕われる上官でもある。特に直属の部下は、堤の人柄に()かれて南方第二支部を離れて行きたがらない人もいるらしい。
「言い返したって仕方ないですよ」
 困ったように眉を垂れさせて笑っていると、審判に声を掛けられる。
 大志はさっさとベンチにいる仲間から離れて、誰にも聞こえないような小さい声で(ささや)いた。
「それに、ああいうのは力でねじ伏せないと黙らないしな」
 中央に立って、相手とお辞儀。
 そうして審判の試合開始の掛け声の次には、勝敗は決まっていた。
 大志の回転蹴りが、相手選手の右胴体に命中している。
 何が起こったかわからず、相手は衝撃に負けて後ろへ倒れた。審判が「一本!」と(はた)を上げる。
 あまりにも早い展開の試合に呆然とする会場の中、将だけは爽やかに笑いながら言った。

「大志のやり方って、武術ってよりは喧嘩道(けんかどう)って言う方がしっくりくるんすよね」


 ◇◆◇

 三回戦目までを順当に勝ち上がった大志は、再び自分の番になるまで少し出歩くことにした。
 顔でも洗おうと思い至ったが、そういえば控え室にタオルを置いてきたことを思い出す。
 控え室の前まで行くと、中から(にぎ)やかな声が聞こえてきた。
 誰かいるのだろうかとわずかに開いた扉の隙間から覗けば、予想外の人物だった。
「通過点(よん)の時のお前のアレ、なんであんなキレのあるドリフトかましたんだよ。運転技術にひれ伏すわ」
「ふん、そうだろう。日々のパトロール時に、逃走車を追うフリをしてコツコツと練習したのだ」
「お前とパトロールは絶対に行かねぇ」
「そうか……堤局長は喜んでくれるのだが」
「いや上司公認なのかよ。率先(そっせん)して危険運転を止めなきゃいけないだろあの人は!」
「お前こそ、次のトラップ射撃で下手な点数を取ったら堤さんの(かた)め技だぞ」
「あの人、ノーモーションでやってくるから()けられねぇんだよなぁ」
 賑やかさの正体は、なんと銀臣だったのだ。大志は驚いて固まる。
 遊一郎と肩を組んで、楽しそうに笑う銀臣。誰にでも冷たいのかと思えば、そんな顔で話せる相手がいたのかと。大志は『鳩が豆鉄砲を食ったような』と表現するにぴったりな心情になった。
 パチパチと瞬きをしているうちにも、会話は弾んでいる。
 銀臣は普段は人前で見せないような、気の抜けた顔をしている。遊一郎も仏頂面(ぶっちょうづら)ながら雰囲気が穏やかだった。
 自分が今部屋に入ったら水を差す気がして、大志は気配を殺してそっとその場から離れる。
 自販機で飲み物でも買おうと、無理やり時間潰しを作ってみた。
 一番近い自販機を無視して、次の自販機まで。
 そこでなんとなく目に留まった『西条(さいじょう)地方の美味しい水』を買って喉に流し込んでいると、横から「おーっす」と声が掛かる。
「あ、三浦さん、お疲れさまです」
 首にタオルを掛けたほのかが、手をヒラヒラと振りながら大志の隣に立った。ニッカリと笑う。
「ほのかでいいよ、歳も大して変わらないんだし」
「あ、えっと、はい」
「戦況はどう?」
「なんとか勝ち上がってます。今は別ブロックの予選です。ほのか、さんは?」
「これから柔道。時間丸かぶりだから大志くんの応援行けそうにないや」
「そうですか、お互い頑張りましょう」
「もっちろーん! てか、なにしてんの? 躰道の会場反対側だし、控え室からも遠いよここ」
 もっともな見解に、大志はギクリと息を詰める。
 とりあえず笑ってうやむやにしようとした。
「あーっと……ちょっと散歩したい気分だったというか……」
 しかし大志の様子が変なことに気づいたほのかは、厳しい顔をする。
「まーた銀臣がなにか言ってきた? あのヤロー今度こそ物申(ものもう)してやる、任せて!」
「違います違います! そういうのじゃなくて!」
 今にも走り出してしまいそうな勢いに、大志は慌ててストップをかける。
 かいつまんで経緯を説明すれば、ほのかは「あぁ」と納得した。
「ま、アイツら幼馴染だしね。仲良くて当然だよ」
「え、そうなんですか」
「うちらはさ、あり得ない遺物(オーパーツ)の純血性を(たも)つ為に、帝都の決められた区画(くかく)で生活してんの。銀臣と遊一郎は家が近所だったって聞いてるよ。アタシが二人と会ったのはグリーン・バッジの訓練校なんだ」
 ほのかの話によると、軍人(グリーン・バッジ)になった者は別として、あり得ない遺物(オーパーツ)の血筋は帝都に存在する『特別区画』でのみ生活ができるらしい。国からの補助も手厚く、整備もされていて不自由なことはない。ただその血を次の世代に繋げることを最大の責務(せきむ)としている。
 これは、純粋な血筋であればあるほど失われた叡智(オーパーツ)の適性者である可能性が高くなるからだそうだ。
 銀臣と遊一郎は、そこで共に育った。
「なんだか柴尾さん、紀州さんとは自然体で話しているように見えて。普段の俺への態度があからさまなのが浮き彫りになったというか」
「まぁ、銀臣が素っ気ないのは大志くんだけじゃないよ。私にも最初会った時はものすっごい素っ気なかったし。私の場合は気にせずグイグイ行ってたら諦められた感じだけど。大体の人には冷たいよ」
 明るく笑いながら話すほのかに、大志は「確かに押しが強そうですもんね」と返した。ほのかは怒りもせず「それが特技」とさらに笑う。
「アイツ、人と仲良くなるのを怖がってる感じなんだよね。だからわざと冷たくして、相手から嫌われるようにしてるって言うかさ」
「………」
 想像もしていなかった言葉に、大志は面食らって黙る。
 ほのかはいつになく神妙に語り出した。
「とくに、近い場所にいる相手にはそれが顕著(けんちょ)になるんだよ。顔見知り程度の人や普段あまり関わることもない人には親しげなんだけどね。だから、大志くんにはあんな感じでいるわけ」
「そういえば……柴尾さんが冷たくなったの、チームの話が出てからでした。着任日に駅まで迎えに来てくれた時は、普通に話せたんですけど」
「でしょ? だから、まぁ大志くんの問題じゃなくてアイツの問題なんだよ。ごめんね」
「ほのかさんが謝ることじゃないですよ」
 片手を上げて謝るほのかにそう言ってから、大志は考えた。
(確かに柴尾さん、人嫌いって感じじゃないよな)
 例えば、面倒見がいい。
 大志が書類の書き方でわからないところがあると、ふらっと後ろに立って指導してくれる。
 迷路のような支部局で迷っていると、銀臣の方から声を掛けて案内してくれる。
 訓練で大志の気力が限界に来ていると「休め」と真っ先に声をかけるのだ。それは、なんやかんや新人を気にかけているということではないだろうか。
 パトロール中に市民に声を掛けられれば、どんな相手でも気さくに話す。言い寄ってくる女性にだって、迷惑そうにはしているが決してキツい言葉は使わない。
 そう思い返すと柴尾銀臣という男は、元来(がんらい)人当たりが良くて優しい人なのではと思えた。
「あの、なぜ柴尾さんが人と親密になるのを怖がっているのか、ご存知ですか?」
 ならば、この理由さえ解ければ今より少しはマシな関係になれるのではないか。嫌われていないなら尚更。大志はそう考えた。
 その問いに、ほのかは(うな)る。難しい顔をした。それから、こぼすように一言。
「お兄さんを亡くしたの、銀臣」
 周りには誰もいないのに、(ささや)くように声を潜める。
「お兄さんもグリーン・バッジだったらしいの。すっごく優秀で、将来有望な人だったんだって。だけど任務中に、なにかあったらしくて。そこらへんはよく知らないけど。でも、なんかそれに堤さんも関わってるみたい。これ以上はアタシの口からは言えないんだけど……」
「そう、なんですか……」
「たぶん銀臣のああいう態度は、それが原因だと思うんだよね。失った時が怖くて、誰かと親しい関係になるのを躊躇(ためら)っちゃうの。心根(こころね)はすごい優しい奴だから、なおさら。自分を二の次して見ず知らずの人を助けちゃったりさ。家族を失う痛みを知ってるから、誰かの家族であるその人を助けたいって思っちゃうみたい。本来は軍人向きの性格じゃないんだよ、って、これはアタシの感想だけど」
 そこで大志は思い出した。
 初任務の日、商店街に日本刀を持って乗り込んだ男に人質にされた女の子。
 銀臣は迷いもせず『自分が身代わりになる』と言った。大志には、自分が人質の身代わりになるなんて発想すらなかった。それ故、強く印象に残っている。
「ちょっと込み入った話をしちゃったね。ま、(よう)するに大志くんの所為じゃないからあんま気にすんなってこと!」
「はい、ありがとうございます」
「そんじゃーね! アタシもう行くね。大志くんもガンバレよー!」
「はい、ほのかさんも」
 手を振り合って、大志は控え室には寄らず会場に戻る。

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