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校外学習と過去の因縁⑪




喫茶店前


夜月は未来たちと別れ、男にどこかへ連れていかれる。 反抗せずに素直に付いていきながら、夜月は考えた。
―――本当に誰だろう・・・この男の人。
―――見覚えがない。
そんなことを思いながら、見慣れぬ街を歩いていく。
―――とりあえず・・・この人から用件だけを聞いて、すぐに戻るか。
すると男は、ある喫茶店の前に立ち止まった。 そして自分の後ろにいる仲間に声をかける。
「お前らはこの辺で適当に時間を潰していろ。 俺は夜月と少し話をしてくる」
「あぁ、分かった」
連れは彼に対してタメ口だということから、激しい上下関係がある者ではないのだろう。 ただの友達なのだろうか。

「ここに座れ」
二人同時に喫茶店に入り、適当な場所に男は腰を下ろす。 そんな光景を突っ立ってぼんやりと見ていると、夜月も座るよう促され素直にその指示に従った。
すると彼はメニューを手に取り、それを夜月に差し出す。
「何でもいいから飲み物を選べ。 お前はまだ高校生で校外学習中なんだろ? 奢ってやる」
―――ッ、どうして、高校生だと・・・。
―――・・・あぁ、しおりで見たのか。
ニヤリと笑ってくる相手に不気味さを感じながらも、一応受け取り目を通した。 そして適当に注文し、早速男が口を開いてくる。
「つーか、マジで久しぶりだな。 こんなところで会うなんて思ってもみなかったぜ」
「・・・」
夜月は未だにこの者が誰なのかも分からないため、何も反応することができない。
「夜月、元気か? それに未来たちも、全然変わっていなかったな。 確かアイツら、幼馴染なんだっけ」
「ッ・・・」
「見た感じ、性格も変わっていなかったな。 未来が引っ張って悠斗がその後ろを付いていく。 その関係も、相変わらずなんだな」
「どうして、そんなに未来たちのことが・・・」
未来たちのことを懐かしみながら淡々と口にしていく相手に、夜月は驚きを隠せずそう言葉を漏らしてしまった。 その様子を見て、男の表情は次第に険しいものとなっていく。
「お前・・・。 本当に俺のこと、憶えていないのか?」
「・・・」
そう言って睨み付けられると、夜月も負けじと見据え返した。 すると男は――――夜月に向かって、冷たい口調である言葉を放つ。

「俺のことが記憶にないんじゃなくて・・・。 お前が嫌な過去から逃げたいがために、無理矢理忘れようとしているだけじゃないのか」

「え・・・?」

そう言われても、なおも思い出すことができずにいると――――彼はついに、一人の少年の名をそっと口にした。

「・・・朝比奈理玖」

―ガタン。

その名を聞いた瞬間、夜月は――――座って安静にしていることができず、思わずその場に立ち上がってしまう。 そして――――目の前に座っている男の名を、小さな声で呟いた。

「琉樹・・・さん・・・」

か細い声でそう発すると、琉樹という青年はニヤリと笑う。
「やっと思い出したか」
「どうして・・・ッ」
「とにかく夜月、座れ。 立ったら目立つ。 ・・・それに、昔みたいに“琉樹にぃ”とは呼んでくれないんだな」
「ッ・・・」
目の前の相手が誰だか理解すると、夜月は突然挙動不審になってしまった。 その発言を聞き、震える身体を何とか抑えつつゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「えっとー・・・。 沙楽学園、だっけか? そこは横浜か?」
「・・・東京です」
学校名が相手に知られているということは“しおりを見たのだろう”と思い、特には突っ込まず素直に答えた。
「そうか・・・。 だからお前ら、今まで見つからなかったんだな」
「琉樹さんは・・・どうしてここに?」
琉樹が小さくそう呟き終えると、夜月は頑張って顔を上げ、相手の目を見ながらそう尋ねる。 その問いを聞くと、彼は躊躇いもせず淡々とした口調で答えていった。

「そんなもん、お前に復讐の続きをしに来たからに決まってんだろ。 俺はお前にやられたこと、忘れてねぇんだから」

「ッ・・・」

そして琉樹は――――ゆっくりと、語り出す。 
「過去に一度、俺はお前に手を出さなくなっただろ。 それは理玖に止められていたからだ。 『これ以上夜月に酷いことをしたら僕が許さない』とか、言われてな。
 だから俺は、大切な弟を思ってお前に手を出すのを止めた。 だけど・・・どうしてもまだ、夜月のことが許せなくてよ。 
 いつかまたお前に仕返しの続きをしてやろうと思っていたら、いつの間にか引っ越しが決まっていて」
「・・・」
そこで彼は携帯を取り出し、いじりながら言葉を続けた。
「そこで俺は考えたんだ。 高校を卒業したら横浜へ戻って、夜月に復讐の続きをしてやろうって。 でも戻ってきていくら探しても、お前の姿はなかった。 
 だってお前は今、東京の高校に通ってんだもんな。 ・・・立川、か」
沙楽学園の場所をネットで調べたのか、携帯の画面を眼を細くして見ながらそう呟く。
「あぁ、言っておくけど、理玖は高校生になったばかりだしここにはいないぜ。 俺一人で来たからな」
「・・・」
一方的に話していく琉樹に何も言えず俯いたままでいると、彼はそんな夜月のことを見て楽しそうに笑いながら言葉を紡ぎ出した。
「大丈夫だ夜月、安心しろ。 俺は今横浜の大学に通っているし、頻繁にお前と会うことはできない。 それにお前が東京の学校に通っているなら、尚更な」
「・・・」
「でもよかったよ、また夜月に会えて。 春に横浜へ戻ってきて・・・今は7月。 それまで俺は、お前をずっと探し続けていたんだぜ? 関西弁から標準語に戻っちまったし」
「・・・」
「あぁ、今鎌倉にいたのは、今日は大学が休みだったからだよ。 ここに今日はダチと一緒に用事があって、今さっき済んだところだ。 そしたら偶然、お前を見かけてさ」
「そう・・・ですか」
「再会の印に、連絡先でも交換しねぇか? 小学生の頃は、まだ互いに携帯なんて持っていなかったもんな」
「・・・」

当然夜月には断る権利もなく――――琉樹の言われるがままに、交換してしまう。

「これからもよろしくな? 夜月」
「・・・」
先刻から暗い表情を見せてくる夜月に、彼は溜め息交じりで呟いた。
「そんな顔すんなよ。 お前だって分かってんだろ? こうなっちまったのは、全て自分のせいだって」
「ッ・・・」
少し反応を見せてしまうと、相手は容赦なく責め立て続ける。
「お前があの時、俺に嘘の情報を言わなければよかったんだ。 素直に『理玖は本当に事故だった』って言えば、こんなことにはならなかった」
「ッ・・・!」
悔しさのあまり、歯を食いしばり拳を強く握り締めた。 だがそんな夜月をよそに、琉樹は再び携帯をいじり始める。 そして――――
「夜月。 早速仕事だぜ」
「・・・?」
「俺のダチが、財布をパクられたんだって。 その怒りのあまり、犯罪に手を突っ込もうとしていてさ。 そこで心優しい俺が言ったんだ。 
 『犯罪に手を染めるんじゃなくて、人を相手にストレス発散をしないか』って」
「・・・」
ここから先に放たれる言葉は――――夜月でも、分かっていた。
「だから今から、ソイツらの相手になってやってくんねぇ? お前はただ素直に殴られていたら、それでいいからよ」
そして、その命令には自分が反論する権利がないということも――――夜月は、嫌な程分かっていた。

「夜月なら大丈夫だろ? だってこういうこと・・・小さい頃からやっているわけだし、慣れているもんな」


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