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死のまわりーみんな

 大虐殺のワンシーン。
花冠をかけられたように、星にはぐるりと色とりどりの人々が並べられていた。
その輪の中心には殺戮者がいた。
みんなは殺されるのを待っていた。いや、生き残るチャンスを祈っていた。
状況は最悪だった。すでにたくさんの人たちが殺されていた。
死んでいる人間はもちろん、生きている人間も誰も口をきかなかった。。
誰もが選ばれないように、下を向いて小さくなっていた。
世界はしーんとしていた。そこに、
 「オマエ」と、地響きのような声が響いた。
誰もがおずおずと顔をあげ、自分が選ばれていないことを確かめるしかなかった。
でも、必ず誰かは選ばれていた。
 ドンッ!と一発で終わってしまうこともあった。
むごたらしく少しづつ殺されていくときもある。その方法は殺戮者と神のみぞ知る。
 「1歩前へ出よ」選ばれた男は命令された。
「どうして俺が」男の頭の中はそのことでいっぱいだったが、理由はなかった。
選ばれてしまったのだ。
男は震える足で前に出た。
 「お前には家族はいるか」殺戮者は聞いた。
沈黙が流れた。誰もが固唾をのんで見守っていた。ど
う答えるべきか、男は大慌てで頭を巡らせた。
 「早く答えよ」と声は急かせた。
一呼吸おいて、「もういい」と声は言い、銃口は男に向けられた。
 「お待ちください」そこへ他の男が歩み出た。
 「ほほう」殺戮者は面白そうに言った。
 その男は、選ばれた男よりもずっと若かった。
 「お前は誰だ」殺戮者は聞いた。
 「父を助けてください。代わりに私の命を差し上げます」
質問に答える代わりに、若い男は膝を折って懇願した。
 しかし、同時に困惑もしていた。自分の口からそんな言葉が出てくるなんて信じられなかったからだ。
 どちらかというと彼は父親のことを、殺略者に代わって殺したいほど恨んでいた。

選ばれた男は正真正銘の悪党だった。男は平気で泥棒をしたし嘘をついて、女を犯した。
男にとって家はたまに帰って金の無心をするところであり、食堂だった。
もちろん、妻が孕んでいる時だって家にいなかったし、息子なんて知ったこっちゃなかった。
 そんな父親を息子はかばおうとしていた。
 よくわからなかったが、上手くいけば生き延びられるかもしれないと、選ばれた男はほくそ笑んだ。
 そのとき、男の口が動いた。
 「いえ!私を殺してください。私は悪党で生きていても仕方のない人間だ。それに比べてこの子は、ご覧の通り心優しく、若くて将来は有望だ」
 冗談じゃない!選ばれた男は自分の発した言葉に悲鳴をあげた。
 思わず自分の口元を押さえ込んだ両手は今や、息子に覆いかぶさり、その姿はまるで体を張って息子を守らんとしている父親のようだった。
 父親の腕の下で息子はヘドが出そうだった。
男の口の端から漏れる酒くさい息の匂いは卒倒しそうなほどひどかった。
こんな男に守られるぐらいなら、死んだほうがましだ。
それにもかかわらず、息子の手は父親の腕にしがみつき、頬を涙で濡らして、まるで父の偉大な愛に打ちひしがれているように見えた。
 くそっと、息子は心の中で悪態をついた。
 貧しい姿をした二人の男が固く抱き合っていた。
 耐えかねて、というように、親子に駆け寄ったのやはりと言うべきか、息子の母であり、男の妻である女だった。
 この女はいつもはニワトリのような女だった。けたたましく誰かれ構わずわめき散らし、目は常にぎょろぎょろとめぼしものを探し回って、あさましくくちばしを突っ込んだ。
そのくせ都合の悪いことはすぐに忘れた。
 その女が聖母のような顔つきで、けな気に家族を守ろうとしていた。近所で彼女を知るものは、あのニワトリ女と同一人物とはにわかに信じられなかった。
 彼女は両手を広げ、殺戮者の前に立ちふさがっていた。唇に微笑みをたたえ、頬は高揚し、瞳は慈悲の涙を浮かべ揺れていた。
 ペッと女は心の中で唾を吐いた。こんな男たちにくれてやる慈悲の涙なんて、一滴もあるわけない。父子は揃いも揃って女に暴力をふるい、金を無心した。
 ふんっと女は心の中でうそぶいた。もっとも、息子が本当にこの男の子供かは怪しいものだけど。
 女の生活は子供の頃からすさんでいた。そもそもその元凶は・・・と、思ったところで張本人がヨタヨタと歩み寄ってきた。ろくに働きもしない酒乱の父親だった。
 こうして、遠い親戚からやせ細った飼い犬まで、総勢23人と2匹が集まって一塊になっていた。
 彼らはそれぞれ誰かの身代わりになろうと名乗りを上げた者たちだった。
 誰もが自分の行動がどうも、いやまったく腑に落ちなかった。にも関わらず、彼らはそこにいた。
 口から出る言葉と心は裏腹だった。手足の関節は思いもよらぬ方向に曲がって、身の毛もよだつ行動を彼らにとらせた。抵抗しようにも、口も体も言うことをきかなかった。
戸惑いながらも、彼らが最終的にたどり着いた答えはこうだった。
 「これがきっと愛というものに違いない」
こうして彼らは愛に目覚めていった。
互いをかばい合うその姿は、美しい芸術品のように人々を感動させた。
しかし、死は免れなかった。
 「そんなに死にたきゃ、死ぬがいい」
ドンッと大きな音がして、まず一人が倒れた。続いて、もう一人。さらにもう一人。
 殺戮者は丁寧に一人一人を銃で撃っていった。そして、ちょっとした死体の山ができた。
その死体の顔は皆満足げな微笑みをたたえていた。それがまた人々を感動させた。
死体に吸い寄せられるように、よろよろと一人、また一人と死体に近づいていった。
有無を言わさず殺戮者はその者たちを撃っていった。
 すると、またその者たちの身代わりとなろうとする者がわんさか現れた。
いつの間にか殺戮者の前には、殺されようとするものが長蛇の列を作っていた。
 皆、愛に目覚めたのだ。
 殺戮者はチビだった。
あまりの小さにずりおちた兜に隠れて顔は見えなかった。皆でいっぺんに取り抑えれば、一瞬ですべては終わるはずだった。
 でも、誰もそんなこと思いつきもしなかった。
 誰もが瞳をうるませて、誰かのために殺されたくてうずうずしていた。
それが誰のためなのか、何のためなのか、もう、そんなささやかなことはどうでもよかった。
 殺戮者は銃の引き金を引く指がもう千切れそうになっていたが、それでも殺すのをやめなかった。  
 彼もまた愛に目覚めた1人だった。
殺されることを望んでいる人々がいる以上、殺人をやめるわけにいかない。
 死を待つ長い列の中では、あちこちで殺し合いがはじまっていた。互いが互いの望みを叶えたのだ。
それは地獄絵図のような光景だった。でも、皆の目にはお花畑のように映った。
 そうして、最後の一人までたどり着いた。
 最後に残ったのは、若くて美しい女性だった。
 「お前が死んでしまったら、私は一人ぼっちになってしまう」殺戮者は思わずつぶやいた。
 「あなたが望むなら、私はここに残ります」彼女は言った。
 でも、心の中では「冗談じゃない。こんな人殺しと一緒に暮らすなんてまっぴらごめん」と思っていた。
 「本当に?」殺戮者に他意はなかった。
 「私はまだ若いし、子供をたくさん産むわ。二人でいちからやり直せばいい」そう言って彼女は嫌々、殺戮者の胸に飛び込んでいった。
 彼女の長い睫毛が殺戮者の頬に触れた。それにいい匂いもした。 
 「ママー!」殺戮者は思わず、女に飛びついた。
 殺戮者はまだ心の裏表も育っていない幼児だったのだ。
 ドンッと大きな音がして、彼女はあおむけに倒れて死んだ。
 誤射とも愛とも言えた。
 殺戮者はとうとう世界中でたった一人になった。世界はしんと静かだった。
 彼は岩のように重たい兜をはずした。殺戮者の使命は終わったのだ。
 すると、天から大きな金だらいが頭めがけて落ちて、殺略者は土の中にのめり込んで死んだ。
 天罰というやつだ。
 世界が空っぽになると、雨が降って、風がふいて、世界は3秒で砂漠になった。

 ここから先は、星の外側ではなく、内側の話。
 星の内側はゴム質のようにつるんとして中は空洞で空色だった。
 その一点がでべそのように出っ張っていた。
 よく見るとそれは地面にのめり込んで死んだ殺略者の足だった。
足はじたばたと動いて星の表面の膜を破り、殺戮者はようやく姿をあらわすと、星の壁面にぺたりとくっついた。
 するとあちらでもこちらでも、指先で押したように星の壁面がムクムクと膨らんで膜が破けて、たくさんの何かが顔をだした。
それはまるで卵から孵化したばかりの羽虫が鈴なりになっているような有様だった。
それらは最初、わーわーとしていて形もはっきりしなかったが、どうやら殺戮者に殺された大勢の人々のようだった。
 彼らはみんな星の外側にいた時の姿とはまったく違っていた。
小さくて黄色くてゴム質のようにもただの光の塊のようにも見え、しきりと振動していた。
 みんなはわーわーと星の中心に向かって集まってくると声を発した。
 体験したね!
 体験したね!
 愛を体験したね!
 愛を体験したね!
 愛ってああいうことなんだね。
 愛って色んなことを思うんだね、
 僕たち死んだね。
 死ぬことを体験したね!
 僕は悲しい気持ちがわかったよ。
 私は憎しみがわかった。
 僕は恐怖がわかったよ。
 楽しかったね・・。
 楽しかったね・・。
 と、手を取り合って口々に語り合った。
 誰もが満面の笑顔で、よろこびのあまり体は眩しいほど光り輝いていた。
 ことさら、殺戮者の幼児は褒められた。
 「えらかったね」「大変な役割だったね」「がんばってね」「君のおかげですごい体験ができたんだ」」「次は僕があの役割をやるんだ」ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・。
 この際、「愛」についての理解が正しいかなんて重要でない。
 重要なのは体験したことだ。
 みんなは興奮したように手をつないでぐるぐると回わった。
体はとけて、いい匂いがして、1つになって、ドーナッツ型のバターができあがった。
 そして、ぴくりとも動かなくなった。

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