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1話

そう、それは何度も思い描いていたシーン。
 夕暮れ迫る校舎裏。
 清楚で可憐な美少女からの告白。
 そう、それはこの瞬間にやってきた。
 彼女の名は美女平和美、学園一の美少女だ!
 そんな彼女がキングオブバンピーの俺に告白?
 疑いの目で彼女を見つめるが、どうやら本気らしい。
 とりあえず、もう一回言ってもらう事にした。
 彼女は同じ態度で繰り返す。
 「只野広さん、好きです」
 「私とお付き合いしてください」
 「同学年だから僕の事を知っていても不思議では無いけど」
 「理由は?」
 伊達に彼女居ない暦が満年齢ではない俺は一目惚れされるなどとは思っていない。
 告白する事はあっても現実に告白される事は無いだろうと思っていた。
 だが、この問いに対する答えはなかった。
 「秘密です」
 「お返事は一週間以内で如何でしょうか?」
 こちらの問いには答えずに自分だけ回答を求めるとはある意味傲慢な態度なんだろう。
 だが、彼女からはそんな感じがまったくしなかった。 
 「オッケーだ!」
 俺に彼女が出来た瞬間である。
 彼女の笑顔が輝きを増す。
 「その秘密、解き明かしてやろう」 
 だが、次の瞬間、不用意な発言で彼女の笑顔を一瞬曇らせてしまった事に気づく。
 どうやら、その言葉はNGワードのようだ、今後は触れないようにしよう。
 好きな相手も居ない彼女無しの男子が学園一の美少女からの告白を断る事はまず無いだろう。 
 だからといって即決では釈然としないので別にミステリ好きでもないのについ、つまらない事を言ってしまった。
 だがそれは一瞬の事、理由はともかく好きな相手に告白を受け入れられた彼女は安堵の表情を浮かべている。
 とりあえずまだ実感は沸かないが俺に彼女が出来た。
 それも学園一の美少女だ。
 遂に来た最強最後のモテキとしてつまらない事は気にせず、この幸運を受け入れるべきだ。
 そう自問自答しつつも浮かれつつある気分を抑えるのに苦労した。
 とりあえずメアドと携帯番号の交換と一緒に下校するため校門前で待ち合わせをする約束をしてその日は別れた。
 帰宅してしばらくすると彼女からのメールがあり返信する。
 たあいないやりとりだが、リア充への第一歩というところだろう。
 
 翌日、放課後になったので彼女と下校中、一緒に喫茶店でお茶をすることにした。
 彼女が自分の事をどの程度知っているのかはNGワードの事もあるので危険だが彼女の事を知る分には問題無いだろう。
 クラスも離れている為、彼女については人聞きによる情報しかない。
 眉目秀麗、文武両道、才色兼備、彼女の事を悪く言う人間はいない。
 穏やかで争い事を嫌い、常に微笑を浮かべている事からピースオブビューティーとして超有名である。
 ちなみに俺のキングオブバンピーは勝手に言っているだけで無名なのであしからず。
 ともかく、その為、告白する男子が絶えなかったが、どんな男子でも撃沈されていた。
 もちろん女子からの人気も高く、女子からも告白されていたがどうやらその気は無いらしい。 
 とりあえず今日は一緒に下校出来たが帰宅部の俺とは違い彼女ならば色々と忙しいはずである。
 グラスを空にすると俺は彼女に質問の嵐をおみまいした。
 「美女平さん、今日は部活は良いんですか?」
「生徒会とかは入ってる?」
 「門限とか、習い事とかも?」
 本人の事なら大丈夫とたかをくくっていた広も内心ではおっかなびっくりなのだろう。
 彼女の表情をくいいるようにみている。
 だが、和美の笑顔は崩れはしない。
 彼氏の関心が高いというのは悪い気はしないのだろう。
 「部活動は、大会や品評会などに参加している全ての部に所属しています」
 「そんな事が出来るの?」
 「ある理由から学園長である叔父にお願いして特例的に認めて頂きました」

「門限は常識的な範囲です」
 「習い事はたしなみ程度ですが一通りは済ましてあります」
 「生徒会は秘密です」
  さて、というわけでまたしても「ある理由」だの、「秘密です」が出てきたな。
  やはり和美自身のことはNGワードには該当しないようだ。
  だが、和美は少し拗ねた表情を見せている。
  どうやらこの秘密は解かないといけないらしい。
  キングオブバンピーの名にかけて!
  「そうだ!」
  「会計だ!」
  「正解です」
  「名探偵さん」
  「うっ!」
  広は肩を落としがっくりとしている。
  それもそのはず、名推理でも何でもない。
  生徒会メンバーは全校集会で任命される。
  つまりあの時、美女平和美が会計に任命された時もその場にいて聞いていたのだ!
  そしてある理由というのも演説の時に語られていた。

  あの時、通例なら継続のはずの会計に突如立候補した少女の名は美女平和美。
  当時、新入生のホープとして何でも達人並みにこなす彼女の存在はただでさえ熾烈な
  進入部員争奪戦に大いに火を注いでいた。
  彼女が入れば釣られて入部する者も少なくない。
  それに、部の実績が上がればあがるほど予算も取り易くなる。
  つまり、争いごとを嫌う彼女自身が争いの種になるという皮肉。
  それを避けるため彼女は学園長である叔父に協力を仰ぎ、全ての部に所属して
  各部を順に大会参加及び出展等を行い、そして会計として大会や出展に無関係の部に 
 も公平に予算分配を行うために立候補するというものであった。
  これにより満場一致で美女平和美が会計に就任し、ピースオブビューティとして学内で知らぬ物はなくなった。
 なぜあれほど強烈な印象を皆に与えたほどの事を俺は忘れていたのだろう。
 答えは一つしかない。
 分相応という言葉がある。 

自分より遥かにすぐれている相手を好きになっても報われる事はまず無い。
 忘れるのが一番、とそう無意識に感じていたのだろう。
 つまり、自分も惚れていたのだ、美女平和美に。
 相思相愛か、本来ならバカップル誕生だな。
 だが、そうはならない。
 おそらく以前、何かあったはずなのだ、二人の間に。
 そうでなければ告白などされないだろう。
 勝手に諦めて、勝手に悲観して、そして記憶を封じた。
 だから彼女は教えてくれないのだ。
 自分の記憶は自分で思い出すしかない。
 とりあえず、今日はお開きにしよう。
「多分、今日は僕の為に都合を付けてくれたんだよね?」
「あまり会えないのは寂しいけど」
「今までの予定をあまり崩さない程度に付き合ってほしい」
「それだと、週に一度ほどの数時間が限界です」
「毎日メールするから」
「電話もしてください」
「了解!」
 そんなこんなでおおまかな経緯は把握できた。
 そして彼女と別れて帰宅後にメールと電話でつたないやりとりを交わし日は暮れた。  

 翌日、朝から学内が騒然としている。
 まあ、予想はしたが昨日校門で彼女と待ち合わせして一緒に下校したもんだから、その話題で持ちきりだ!
 休み時間になると決まって男女問わず俺の顔を見に来る。
 そして、その後は彼女に質問攻めというパターンである。
 二人のクラスは両端で一番離れているというのに流石の有名人である。
 しばらくして和美からのメール着信。
 どうやら、和美のクラスでは教室はおろか廊下まで人が溢れていて収集が付かないらしい。
 仕方が無いので昼食後、グラウンドで説明するからと丁重にお引取をお願いしているらしい。
 で、用件は参加意思の確認らしいが当人として行かないわけにもいくまい。
 もちろん参加で返信。

まさか芸能人でもあるまいし、私達付き合ってます宣言をするはめになるとは思わなかった。
 
 昼食後、グラウンドには大勢に囲まれる二人の姿があった。
 やれやれ、全校生徒いるんじゃあるまいな?
 とりあえず全員の質問を受け付けていたのでは日が暮れるのでジャンケンで代表者を数
名に絞り質問開始。
 もちろん答えるのは和美オンリーである。
 「はい」
 「私の方からお願いしてお付き合いして頂いています」
 「どこが良いんですか?」 
 「全てです」
 「今後の活動の妨げになるのでは?」
 「その場合は後任が決まり次第辞退させて頂きます」
 「それだと公約違反になるのでは?」
 「公約は理想として掲げるもので必ず達成できると確約されたものではありませんが」
 「私が退任後も同等の効果がある策はご用意出来ます」
 はぐらかしたり迷いもせずポンポンと答える和美のオーラが凄い。
 これだけの人数相手に少しも動じていない。
 結局この後の数多の質問にも和美は詰まることなく答え続けた。
 やれやれ、この相手を前に少しも劣等感を感じない彼氏など、どれだけ居るのだろうか?
 頼もしいやら情けないやら少々微妙な感想ではあるがあっけに取られる他は無かった。
 そうこうするうちに質問も途切れ途切れになっていきやがて完全に沈黙した。
 そして突然始まるまさかの挙手投票。
「公認カップルとして認める者!」
 和美が軽やかに手を上げる。
 俺も上げないわけにもいかず慌てて上げる。
 見回すが上げているのは二人きりだ。
「認めない者!」
 なんと、両人以外は全員上げやがった。
 賛成はしないが反対もしないというのではなく、当人同士の問題だけであるはずなのにだ。
 そして追い討ちをかける。
 「このような結果になりましたが今のお気持ちをお聞かせください」
聞くのかよ!
  回答に関しては静観していた広も流石に口を挟もうとしたその時。
  和美は満面の笑みを浮かべてこう言った。
  「皆様ありがとうございます」
  「かの名作ロミオとジュリエットでも証明されています通り」
  「二人の間に障害があればあるほど燃え上がるのが恋愛です」
  「最大限の祝辞として受け取らせて頂きます」
  既に昼休みは大幅にオーバーしていたが一応の決着は付いた瞬間である。
  最後に広は一言だけこう呟いた。
 「ピースオブビューティーすげー!」

 そして放課後、本来ならば公式にカップル宣言を行ったのだ。
 騒ぎは終焉を向かえ、穏やかな日常に戻るはずだった。
 だが、日常は戻らない。
 あろう事か和美に告白する男子数は今まで最大だったらしい。
 どういう事なのだ!
 告白者いわく、俺と和美はまったく釣り合っていない。
 自分の方が幸せに出来るそうだ。
 つまり、彼氏が俺だからみんな自信を持ってしまったという事だ。
 なんたる屈辱だろう。
 せっかく和美が断り続ける事で手に入れた平静を不甲斐ない彼にが台無しにしたと、まあそういうことだ。
 それにしても彼女の人気はすさまじい。
 なんとか今後の対策を立てないと、俺が彼氏であり続ける限りはこの騒動がおさまりそうもない。
 一番いいのは自分が彼女に相応しい存在になる事だ。
 だが、並みの相手ならともかく、そうやすやすと釣り合いの取れる相手ではない。
 では逆に考えてはどうだろうか?
 自分が彼女の領域まで上がるのではなく、彼女に俺の領域まで下りてきてもらう。
 流石にそこまでは無理としても近づいてきてもらうのだ。
 しかしこれはひどい話だな。
 彼女の評価を下げようというのだ。
 彼女の評価か、その辺り和美はどう思っているのだろう。
 おっと、そろそろ待ち合わせの時間になる。
 あの騒動があったばかりだ。
 速やかに連れ去ったほうがいい。
 和美を見つけると即座に手を引き連れ去ったさまは映画のワンシーンようだと思うのは
 自惚れが過ぎるだろうか?
 解っている。相手が俺じゃなければの話だ。 
 とりあえずいつもの喫茶店は駄目だ!
 何人か付







いてきているし、知られているから店内にも学内の人間がいるだろう。
 「まずはまこうか」
 俺は咄嗟にスタートのポーズをとる。
 いや、もちろんスタンディングスタートだぞ!
 いくら速くてもクラウチングスタートなんかしたら街中だけに目立つ事この上ない。
なんとか追っ手を振り切ってはみたもののずいぶん距離をかせいでしまったな。
 辺りを見回すと見知らぬ小さな公園があった。
 今日はここでいいだろう。
 二人で公園のベンチに腰をおろす。
 しばらくして息を整えてから例の件をきりだす。
 「今日の事なんだけど」
 「満場一致でみんなに僕らの交際を反対されたけど」
 「どう考えても僕は美女平さんには釣り合ってないと判断されている」
 「釣り合う人間にならないと皆は納得してくれようもないよね?」
「でも」
 「美女平さんはどう思う思う? 」
「私は回りにどう思われようとかまいません」
 和美はそういいながら手を差し出す。
 手を繋ぎたいということだろう。
 広も手を出してつなぐ。
 「大切なのは二人の世界、それだけです」
 そうだな、和美は俺が回りにどう思われていようと変わらない。
 俺も周りから身の程知らずと言われようと一向に構わない。
 大事なのは和美のことだけだ。
 頼りない彼氏だが守らねばならない。
 そうだな、やはりそうだ!
 広は例の決意を固める。
 あれだけの敵意に満ちた反対派だ、もしなにかのきっかけで暴動にでもなれば和美を守
      りきれる自信は情けないがまったくない。
「とは言え二人の間に圧倒的な学力の差があるのは周知の事実」
「僕が補習とか追試とかでデートが流れるのは勘弁願いたい」
「時々でいいから勉強を教えてくれない?」
 和美は声には出さず俺の手のひらに指をなぞらせてこたえた。
 よろこんで。 
「じゃあ!」
 考えてきた提案を伝える。
 内容はこんな感じだ。
彼女の叔父さんに頼んで放課後、空き教室の使用許可をもらい平日の放課後は可能なか   
ぎり教えて欲しい。
 時間は校内に残っていられるギリギリまで。
 部活や生徒会に出る日は自習して待っているから終わりしだい教えて欲しい。
 最悪自習のみで終わってもいいから最後は一緒に帰ろう。
 もちろん彼女の都合で速く終わらせたり、中止の日もぜんぜんかまわない。
「どうかな?」 
「もちろん良いですよ」
「空き教室は集中するため閉鎖棟を貸してもらいますね」
 閉鎖棟とは、昔生徒数が今より多かった時代に使われていた棟で今は現在使っている棟だけでも十分な為に使われていない。
 文化祭や特別な時のみ使用はされている。 
 あとは定期的な清掃時のみ開けるくらいだ。
 あそこなら棟に入って鍵をかければ誰も入れないから集中するのにはもってこいだ。
 かくして二人は放課後の教室で勉強会をする事になった。
 
 先に来ていた男が立ち上がり一礼する。
 「よろしくお願いします」
 「美女平先生」
 「はい!」
 「お願いします」
 「では、只野君、席について」
  彼女は前の机を動かして向かい合わせに席につく。
  別にプレイではない。
  広の方からの提案で変に馴れ合わず、あくまで教えてもらう側と教える側というスタ
スタンスで教えてほしいという願いに和美は答えたにすぎない。
 あの台詞はたてまえで本心はもっと黒いわけだが、彼女と二人っきりで勉強を教わると  
 いうイチャラブには絶好のシチュエーションなだけに勉強そっちのけでデレデレしてし  
 まう可能性が非常に高い。
 せめてもの罪滅ぼしに真剣にやろう。
 そのための線引きだ。
 とはいえ、優しい彼女の事だからそう厳しくはしないだろう。
 そして、成績優秀な彼女なら教え方も上手いに違いない。
 ノルマなんかすぐ終わるだろうし、プレイとイチャラブを両方楽しめるかも? 
 と、思っていた。
 だがしかし、それは大きな間違いだと気づくのにさして時間はかからなかった。
 「現在の実力を測る為にテストを行います」
 「制限時間は45分」
「では、始め!」
 和美はちらりと時計に目をやるとすぐ立ち上がって黒板に何か書き始めた。
 手渡されたテスト用紙を確認する生徒。
「ふむ、今日は、英語か」
コンコンと何か音がする。 
文字を書きかけた先生が黒板を叩いている音だ。
「只野君、試験中の私語は厳禁です」
「す、すみません、美女平先生」
 彼女は別に怒ってはいない。
 いつも通りの笑顔である。
 だが言動だけは広の希望通り先生のそれである。 
 思わず広が謝ってしまったのも無理は無い。
「それも私語です」
「うなずくだけで返事は不要です」
「本来なら他の生徒の迷惑になりますので」
 流石に広はバツが悪そうにうなづく。 
 黒板にはこう書かれていた。 
 出来た者から用紙を裏返しにして後ろの戸から退出してよし。

 
挿絵


○○時○○分には集合。 
 なりきってらっしゃる。
 広は彼女のりりしい姿に見とれていたがすぐにそんな余裕は無い事に気づく。
結局、広がテストを提出したのは終了時間ぎりぎりだった。
  
 休憩後、再度教室に戻ってきた広。
 先生の方も休憩していたはずだが、一人分だけなのでさくさくっと採点を済ましているんだろうな。
 あまり自信は無いが平均ぐらいはあるだろう。
 もっとも美女平先生お手製のテストだけに平均点なるものが存在しているかどうかは謎だが。
 さて、と広は返されたテストに目をやる。
 「あれ?」
 「これ違いますよ」 
 またしても声を出してしまう広。
 美女平先生は先の注意の時とまったく態度を変えずこう言った。
 「制限時間は45分」
 「注意点、その他も先ほどと同様ですが」
 「只野君、発言を認めます」
 「なんでしょう?」
 「さっきのテストのテスト返しは?」
 「はい?」
 「返しませんが、何か?」
 俺が口をパクパクさせているので
 先生は説明を続けた。 
 「このテストは只野君の実力を測る為に行っています」
 「実施結果は今後の教育方針の指針となりますが」
 「返す必要性はありません」
 「では、始め!」
正論だが、取り付く島も無い。
 その日はもちろんの事。
 そのあと数日はテストを受ける生徒の姿があった。
 
 そして数日後、正式な授業が開始された。
 広が手にしているのは彼女お手製の問題集である。
 これは、なんだろう?
 彼女は他の用があるというので問題集だけ手渡すと、どこかへ消えてしまった。
一人だけぽつんと取り残された広は問題集をやろうと思いページをめくると我が目を疑った。
 テストの成果もあり、問題集には広の苦手系の問題が網羅されてはいたが、始めて見るタイプの問題集だった。
 問題は科目も範囲もバラバラに並んでいた。
 その為、一問ごとに頭の切り替えが必要になる。
 近いページに同科目があったところで範囲が統一されていないため違う公式が必要だったり、基礎問題だったり、応用問題だったりしている。
 これはもしかすると、あれかも知れない。
 戻ってきた彼女に解いた所を見せるとそれは確信に変わった。
 そう、美女平先生は教育訓練も受けていなければ学習指導要領もご存じない。
 彼氏のお願いを聞いて教えている頭の良い一生徒に過ぎなかった。
 彼女の教え方は万人向きではない。
 広がもっと理解力が高く、頭の回転が早かったならば話は違っていたかもしれない。
 だが、自分より頭の良い彼女に勉強を教わる彼氏にそれを求めてはいけない。
 広はコテンパンに打ちのめされた。
 広の苦手な問題という事もある。
 出題方法にも一般的には問題があるだろう。
 そして彼女のような優秀な人間にとっては、当たり前に出来るだけで、解けない事が理解しがたいものである事は明らかだった。
 結局、美女平先生から解き方を教わり何度も全問正解するまでやり直した結果、その日は数ページしか進まなかった。
帰宅後広はこれからどうするか考えていた。
 彼女の教え方はけっして上手くない。
 しかしどうだろう。
 彼氏の黒い思惑に無邪気に付き合ってくれる彼女に対して「やっぱ、教え方上手くないから、いいや」なんて言えるだろうか。 
いや、言えないから!
 そうだな、ならば可能な限り予習復習をしてから行けばいい。
 試験期間や受験生の時もたいして勉強してなかったのだが、別に優等生になる気も進学を考えての事でもないがやるしかないな。
 こうして彼女の協力と自身の頑張りもあり、広の学力は少しずつ上がっていった。
 そして、この二人の関係は学内では周知の事実であるにもかかわらず横槍は入らなかった。
それもそのはず。
 この閉鎖棟は特別な理由の無い限り生徒が簡単に借りれるものではない。
 学園長の姪である彼女ならばこそである。
 他の生徒が許可無く立ち入ろうとすればそれなりの厳罰がくだされるだろう。
 事実、何度か二人がこの棟に向かう途中、数名の生徒が付いてきた事もあるが
 それもこの棟の前までである。

 いつもどおり、問題集を解きながら彼女を待つ広。
 今日は生徒会の会合があるとかで少し遅くなると言っていたな。
 「生徒会の方は、みなさん優秀なのでそうはかかりません」
 彼女の言葉を思い出し、問題を解いていく広。
 だが、少し遅いな。
 まあ、とりあえずこの問題集をやっていればいいし、最悪遅くなって学内を追い出されても校門で待ち合わせて一緒に帰ればいいだけなのでさしたる問題はなかった。
 だが、しかし何かが気になる。
 なんだろう、この胸騒ぎは?
そう言えば彼女と付き合いだしてから彼女が生徒会に行くのは今回が初めてだったな。
 初めて?
 それだ!
 彼女と付き合い始めてから初めてということは。
 みんなに交際を反対されてから初めてということだ。
 そして、その中には生徒会メンバーも全員居たはずだ。
という事は、今日の彼女の戻りが予定外に少し遅いという状況は、彼女が生徒会で吊るし上げをくらっているんじゃないのか?
 迂闊だったな。
 早速行くしかない。
 和美、無事で居てくれ。
 心の中で彼女の無事を願いながらも広は急いで生徒会室にのりこんだ。
とはいえ、彼女の立場もある。
 焦る気持ちを抑え、なるべくも事を荒立てないようにしないと。
 多少はそんな事も考えつつ、広は生徒会室の戸を叩いた。
 「失礼します」
 「お忙しいところ恐縮ですが」
 「一年A組の只野広ですが」
「そちらに美女平さんはおられますよね?」
 「実は、彼女と待ち合わせがありまして」
 「通常より進行が遅延しているようですので」
 「進行状況だけでもお知らせ頂けないでしょうか?」
  返答は無い。
  だが、突然戸が開き、広は中に引っぱりこまれる。
  中には数人の生徒がいた。
  広の眼前には彼を引っぱりこんだと思しき人物が立っていた。
  他の者は席についている。
  この男が多分生徒会長だろうな。
 「こんにちは、只野広くん」
  生徒会長らしい男に促されるまま空席に着く広。
  広も返そうとして口ごもった。
  だれだっけ?
  会長らしい男は笑みを漏らしながら話しかけた。
 「私をご存じないとは」
 「やはり予想通りだ」
 男の笑みはもちろん嘲笑である。
 「なんだと言うのだ」
 広はいらだちを隠せない。
 「実は、今日の決議はほぼ終了している」
 「ある一つを除いてはね」
 「もったいつけずに続けてください」
 「最近、放課後になるとある男女が」
 「ある教室で密会を続けているという件についてだ」
 二人に注目していた生徒会メンバーの視線が美女平和美に注がれる。
 「はい、何度でもお答えしますが、勉学に勤しんでいただけです」  
 おそらく何度も説明しているのだろう。
 多少疲れて入るだろうが、とりあえず彼女は無事だった。
「もちろん君は信用している」
「だが生徒会の人物もご存じない彼が」
「勉学に勤しむ姿は想像しにくいとは思わないかね」 
「ちなみに只野君」
「ここにいる者で知っている者は?」

 「はい!」
 「美女平和美さんです」
 自身満々で答える広だが、和美以外は白い目で見ている。
 「どうやら他の者も同意見のようだ」
 「彼女の事だけは知っている彼氏と」
 「彼氏の事を庇おうとする彼女でしかない」 
 「学内の治安維持の為にも不穏な噂の流れるような軽率な行いは自重してほしい」
 「いえ、確かに成果は上がっています」
 更に和美は意見を述べるが、この図式が定まってしまっては和美の擁護は逆効果でしかない。
 広はここは自分でなんとかするからと和美に合図を送った。
 「美女平さんの言うとおりです」
 「次回のテストでは上位に食い込んで不穏な噂は払拭して見せます」
 「なるほど、学年一位の彼女から教わっているのだから」
 「相当実力が上がっていると?」
 「彼女は今回君に付き合ったおかげで一位は取れないかもしれない」
 「ならば、学年一位に付きっ切りで教わった君が一位を取りたまえ!」
 「もし出来なかったら別れるというのはどうだ?」
 「もし出来れば生徒会公認カップルとして認めよう」
 全員の注目が広に集まる中、広はこう答えた。
 「別れる別れないは個人的な事です」
 「ですがこの度の件で学内を騒がせたのは確かです」
 「出来なければ退学します」
 「よかろう」
 「だが我々にそんな権限は無い」
 「今度のテストで学年一位を取れなければ」
 「只野広は学園に退学届けを提出する」
 「それでどうだ?」
 「はい!」
 「それでお願いします」
 これで今回の決着はテスト結果待ちとなった。
 そして二人はいつもの教室に戻り、今後について検討する事にした。
 「本当に情けないな、僕は」
 「彼女のピンチに颯爽と駆けつけたつもりが」

「馬脚を現して更に立場を不利にして」
 「挑発に載せられてあんな約束までして」
 「情けないよ」
 「いいえ!」
 和美にしては珍しく大きな声で否定した。
 彼女にとっては頼りになろうがなるまいが駆けつけてくれた事が嬉しかった。
 そして一位を取る自信があろうが無かろうが別れると口にしなかった事が嬉しかった。
 「取れますよ」
 和美は広の頭をそっと撫でた。
 そしてテストの日まで二人はこの関係を続けた。
 
 今週からテストが始まる。
 広は間違いなくこれまでの人生で一番勉強しているし、成果も上がっている。
 しかし彼の肩には例の約束がのしかかる。
 「学年一位か」
 頼もしい彼女だが同学年である以上、同時に最大の障害でもあった。
 頼めば手を抜いてくれるだろうか?
 それとも軽蔑されるだろうか?
 いや、多分、自分はこういう状況であろうと和美はけっして手を抜かないと思うし
 そういう所にも惚れている。
 そんな気がした。
だから「この手は無しだ」
結局、地道な勉強と一夜漬け、ヤマを張る。
この3点セットで奇跡を祈ろう。 
学園始まって以来の天才少女を抑えて一位になろうと言うのだから
それしかないだろう。
彼女とは試験が終わるまで会わないことにした。
もちろん連絡もまったくせず、最終日に待ち合わせる約束だけはした。
そしてやってきたテスト期間。
 初日はヤマが大当たりだったため余裕だった。
 二日目はヤマは外したものの、一夜漬けが功を奏した。
三日目はどちらも駄目だったが美女平先生の出題に似た問題が多く出ていた為ラッキーを拾った。
そして、ついに迎えた最終日である。
 今のところ自己採点では失点無しである。
 今日さえ乗り越えればなんとかなるかもしれない。
 しかし、やはり現実はそう甘いものでもない。
 問題を確認すると今までのヤマ、一夜漬け、美女平先生の出題でスラスラ解ける問題がほとんどだったが、一問だけ難問があった。
「これは」
 おそらく、これを解ける者はほんの一握りだろう。
 選択問題であるにもかかわらず解き方を知らなくては正解する気がまったくしなかった。
 だから広は解き方が分からないにもかかわらず考え続けることを強いられた。
 そして、ふいに広は妙な感覚に囚われてしまった。
 なんだろう、周りが真っ白で妙にふわふわする。
ここ数日ろくに寝ていないのだ、ついに睡魔に負けて眠り込んでしまったのだろうか
あるいは慣れない勉強をし続け、脳を酷使し続けた為、脳の血管が切れて仮死状態に陥ったのだろうか、何か走馬灯のような物が広の目に映りこんでくる。
目の前には和美の姿があった。
 これは、最初に和美と出会った、あの告白された日?
いや、そうじゃない。 
和美とはそれより前に会っていた。 
この学園に入学して間もない頃、良い昼寝場所を探して校庭を散策していた事がある。
その時は綺麗な娘とは思ったものの校庭でわざわざ勉強している変わった娘という印象だった。 
「やあ!」
「よく分からないけど、難しそうなのやってるね」
「そうですね」
「これは難しすぎるので」
「ほとんど日の目を見ないと思います」
 本のタイトルは?
 背表紙を覗き込むと〔解けるものなら解いてみろ! 激ヤバ難問集〕
「うっ!」見なければよかった。
だが、もう遅かった。興味津々と受け取ったのだろう。
見知らぬ女生徒は見知らぬ男子生徒にその問題の解き方講義を始めてしまった。
そういえば結局は理解出来なかったな。
最後に彼女が何か言っていたな?

そう、確か
「せめて選択問題にでもなればあるいは」
ん? まさか。
広は夢を見ていた。だがハッと我に返り目を覚まして問題を見直すと、そう
和美と本当に初めて出会った時、彼女が解いていた問題だった。
これなら分かるぞ、解き方は理解できなかったが答えはこれだ!
広が答えを書き終えた瞬間、終了の合図が鳴っていた。
結局、広は終了後眠りこけてしまい。心配して呼びに来た和美に起こされたものの
ふらふらで彼女の手配でおかかえ運転手に自宅まで送ってもらうという落ちまでついた。
そして無理がたたって広はテストの結果発表の日まで学校を休むことになった。 

そして、運命の日はやってきた。
その日は朝から騒然となっていた。
創立以来初めて全科目満点の生徒が出たのである。
それが二人である。もちろん只野広と美女平和美である。
だが、全ての賞賛は和美に向けられ、広にはまぐれだの或いはカンニング疑惑などで
広には賞賛が向けられる事は無かった。

そして放課後、二人は約束どうり生徒会に向かった。
同点一位でも一位は一位。晴れて生徒会公認のカップルになれるはずだった。
しかし、広は開口一番、例の難問について言及した。
「あの問題は以前、美女平さんに教えてもらった問題で」
「難しくて今の僕の実力では解けません」
「ただ、答えを覚えていた為」
「選択問題である事に救われたにすぎません」
「なので僕には公認カップルと認めてもらう資格はおろか」
そこまで言うと広は和美に発言を遮られてしまった。
そして和美が発言する。
「皆さんはどう思われますか?」
すると全員立ち上がり二人に駆け寄ってきた。
そして、伝家の宝刀挙手投票。
「この二人を生徒会公認カップルと認める者!」
まず、広以外の会全員が挙げる。
そして、あろう事か全員がもう片方の手で広の手を掴み、強引に挙げさす。
しかも、ほぼ同時である。
 「あんたら、反対してたんじゃなかったのか?」
 「これは生徒会の決定である」
 広は思わず泣き崩れる。
「また、かっこ悪いな」
生徒会全員が口々に
「努力して叶った結果」
「流す嬉し涙だ」
「なんのかっこ悪い事が」
「あるものか」
「彼女は凄いから、彼氏としてかっこつけるのは難しいかもしれない」
「だが、それがどうした、かっこ悪かろうが劣等感を感じようが」
「ともにあると誓ったんだろう」
「我我は認めるしかないさ」
こうして二人は生徒会からは認められることになった。
だが、まだまだ多くの人々が反対している事には変わらない
だが、この二人ならどんな困難も乗り越えていく事だろう。


しおり