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お話:今日僕は殺した。
 作:おねこ。

今日、僕は殺した。
たった一晩だけ一緒の部屋で寝た関係。
たったそれだけの関係。
だから殺せた。

彼女が耳元でささやく。

僕の生き血をすすり。
最後まで僕にしがみつき。
それが僕をイラつかせた。

彼女の命のひとつやふたつ。
消えても世界は変わらない。

だってそうだろう?

この世界は弱肉強食。

強いものが生きて……
弱いから死ぬ。

弱いものが食われるわけじゃない。
食べられなくても殺される。
それが彼女の宿命だったんだ。

彼女を殺して汚れた僕の手。
水道水でササッと洗う。
それで終わり。

もう二度と彼女のキスは受けれない。

でもいいんだ。
彼女のキスは気持ちよくない。
だからいいんだ。
彼女のキスはただ痒いだけ。

僕は僕。
彼女は彼女。

たったそれだけの関係。
一晩寝て終わった関係。
彼女を一晩生かしたのは僕の気まぐれ。
調子に乗って何度も僕にキスをしてきた彼女が悪い。

さようならの感情もない。

今日僕は殺した。
彼女という命を奪った。

罪悪感はない。

今までだって沢山殺した。

ひとつやふたつ。
奪った命は沢山あるけれど。

僕は今日もまた殺すだろう。
明日も殺すだろう。
今日までも、そして明日からも……

さようならの命はもうない。
さようならの感情もない。

僕が僕であるために。
彼女を殺す。
殺しても彼女のキスの後は暫く残るだろう。
殺しても殺さなくてもただ痒いだけ。
生かしても生かさなくてもただ痒い。
どっちも痒いのなら次のかゆみを抑えるため……
僕はためらわずに殺すだろう。

もうすぐ夏が来る。
僕はアリンコのように彼女を殺した。
ただゴメンの気持ちを込めて……
僕は彼女を叩いた。
思うのは一瞬。
すぎるのも一瞬。
叩いても叩いても湧き出る命。
彼女も一生懸命命をかけて生きている。
それでも僕は殺した。
彼女を……
だから思う。
さようなら。と……

蚊の季節がやってきた。
蟻のように殺される蚊の命に。
さようなら。

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