慈愛の妖精
初めて受けた依頼3つを終わらせる頃には、|この世界《ティオラ》に来て2週間弱も経っていた。
「お。久しぶりだな、クラリス」
「レドさん、リーズさん、お久しぶりです」
ゆっくりと依頼を消化して新しく依頼を探しに来た私の元へ、レドさんとリーズさんが近寄って来た。
この世界に来た当日に依頼を推薦してもらってから、そういえば全然会ってなかった。
リーズさんは相変わらずみたいで、返事は会釈だけ。レドさんは昼間っからお酒飲んでるし……。
「ようやくギルドに顔見せたな。依頼は消化し終わったか?」
「はい。おかげさまで」
「そりゃ良かった。珍しいくらいのんびりな新人だな! はははっ!」
「そこは丁寧にやったって言って下さい」
「お、これは失敬。でもま、丁寧にってのはいいことだぞ〜」
ギルドの一角は居酒屋みたいになっていて、レドさんが自分の隣の椅子をペシペシ叩く。
座ったらジュースが来た。お酒じゃなくて良かった……。お酒ってなんでか苦手だから。
酔って上機嫌なレドさんの舌は驚くほど回った。
「この前に受けた依頼が面倒なやつでな。そりゃあもう、俺もリーズもうわぁってなったんだよ」
ふんふん、と相槌を打ちつつリーズさんをチラ見してみる。
って、リーズさんも飲んでるの!? 無表情だったのに、今はちょっと口元が弧を描いてる。
いつもちょっとくらい笑ってたら、モテるだろうに。良く見てみれば顔が整ってる。
普段は無表情で何を考えてるかわからない。それに前髪が長くて薄幸さすら感じちゃう。
実は地味美人(失礼)なのに。
「そこで、慈愛の妖精がちょいと手伝ってくれたんだ。ほんと助かったよな、リーズ」
リーズさんがこくこく頷く。
「慈愛の妖精って?」
「ん? 知らないのか? 結構有名なんだがなぁ。そりゃあもうイケメンで、ファンクラブがあるくらいだぞ!」
「知らないです」
「そうか。冒険者にとって情報は大切だから、そこんとこは分かっとけよ?」
「はーい」
「分かってないだろ……。あー、慈愛の妖精ってのは二つ名なんだ。SSランク冒険者リディガーにつけられた、な」
「あっ。その人なら、良く街中で名前を聞いたり見かけたりします。金色混じりのエメラルドの髪の人ですよね?」
「お、そいつそいつ」
レドさんが二杯目を注文した。
このジュースどうしよ。飲んでいいかな? 飲んじゃえ。
「甘い」
「ははは! フルーツジュースだからな。奢りだしまあ飲め飲め」
「ありがとうございます」
「先輩の務めだ」
またグリグリと頭を撫でられる。だから、フード取れちゃうー!
「国内じゃ知らないやつの方が珍しい。帝国から逃げでもして来たか?」
「違います」
この王国の他に有力な国と言ったら、隣の大陸にある帝国。確か身分差が激しい国のはず
。
いやいや、亡命してませんよ!?
「んじゃどこから来たんだ?」
「どこだと思いますか?」
「分からん」
「じゃあ当てるまで秘密にしておきますね」
「ちょ、それは酷いぞ!?」
「当てられたらいいだけですよ?」
「ぐっ……!」
レドさんが悔しそうな顔をする。
まあ当てられるわけないけどね。神界なんて。ごめんなさい、レドさん。
「リーズ。お前はどこだと思う?」
あっ。これはリーズさんの声を初めて聞けるかも?
「知らない」
「そう言うと思っ、ぐえっ」
リーズさんの鋭い肘鉄がレドさんの横腹を貫いた。
リーズさん、案外声は低めだった。
でもテノールとボーイズソプラノの間くらい。高い印象だったけど、そこまで高くもなく。普通よりちょこっと高いだけ。
もちろん似合ってる。
リーズさんは美春みたい。こそこそビクビクしてて、自分に自信がないの。
クラリスと、美春。同じはずなのに全然違うよなぁ。
「因みにどんな依頼だったんですか?」
「ん? ああ。村の湖をどうたらこうたらーってやつだったぞ」
「湖? 慈愛の妖精は何したんですか?」
「水属性の適性があるから、魔法でちゃちゃっと。魔法のレベルが高すぎなんだって、あれは」
「へぇ。魔法が主なんですね!」
「ああ。それも、水と風の二属性持ち」
一属性が基本だから、二属性はちょっと優遇されたりするこの世界。
まあそんなに差もないけどね。ただ、魔法職だったらさすがに差はある。冒険者は戦闘職だけど。
慈愛の妖精リディガー。
SSランク冒険者で水と風の二属性持ち。美形でファンクラブもあって……勝ち組って感じかな。
鼻高さんか、それとも逆に苦労人か。どっちなんだろ?
「ん? リディガーの話してんのか、レド?」
「おう」
隣の席で飲んでいた冒険者が話に加わって来た。
「レド。お前聞いたか?」
「何をだ?」
「リディガーな、今日ワイバーンを10も狩って来たらしい」
「ワイバーンをか!?」
「おう。いやぁ、やっぱ違うよな、天才は」
「自信なくすわぁ……」
「アホか。比べるもんじゃないっての」
「それもそうだけどな!」
見知らぬ冒険者とレドさんの会話を聞きつつ、より一層リディガーという青年への疑問が増えていった。