初日
依頼を受けるにはまず依頼選びから。依頼の紙が貼ってあるボードのところには、人がちらほら集まっていた。
駆け出し冒険者の私は何を受ければ良いかな?
簡単な採取の依頼から、雑用や弱いモンスターの討伐依頼もある。人気なさそうな雑用をしてあげたほうがいいかも。
雑用は基本E〜Dランク。駆け出し冒険者レベルが多い。
パッと見たところSランクなんかの討伐依頼も今の私なら出来るけど、ランクアップしてからでも良い気がする。急いだって意味ないもんね。
えー、どの雑用依頼にしよう。迷うなぁ。
「新人か?」
後ろからいきなり声をかけられた。
「今登録したばかりなので、そうなりますね」
振り返ったら、ニカッと笑ういかにも冒険者らしい人がいた。隣には細身の男性もいる。
「そうかそうか。雑用からやるってのは良い心がけだぞ。
大概はちと難しめの討伐依頼なんかを受けて大して準備せず乗り込んで、結局は初っ端から怪我して帰ってくるやつばっかりだ」
「ああ……」
なんだか、想像がつく。
私が思い浮かべたことを察したのか、目の前の人はガッハッハと豪快に笑った。
やっぱり、いかにもな冒険者だなぁ。想像してた通り過ぎると言うか。『いかにも』過ぎる感じ?
「雑用は似たり寄ったりだから選びにくいだろ」
「はい」
「ははは! だろうな! んー、優先度としちゃ、これとかこれが高いぞ」
数枚の依頼紙を指差してくれる。
なになに? 国立図書館の本移動のお手伝い、教会の給仕のお手伝い、1週間パン屋の店番。
え、雑用というかそれ、ただのボランティアなんじゃ……? き、気にしたらダメだね!
「じゃあ全部受けときますね」
「ん? まあ出来んことはないだろうが、確実に1週間は潰れるぞ? いいのか?」
「別に大丈夫です。焦ってないので」
目をパチクリさせたかと思うと、大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でて来た。フード脱げるからやめてー!
「こりゃ、先が楽しみな新人が来たこった。なんか困ったことがあったら言いに来い。俺はBランク冒険者のレドだ。こっちの無口なのは、同じBランクのリーズ」
リーズさんがペコっと頭を下げた。
Bランク。冒険者では立派とされる部類。結構すごい人だった……。
「さっき登録したばかりでEランクです。名前はクラリスと言います。よろしくお願いします」
「おう」
親指をグッと立てて笑ってくれる。あ、今なんだか歯が光った気がした。
依頼の受付を終わらせて、まずは早い段階で宿を取っておくことにした。
宿、宿、宿……。どこが良いんだろう? 目についたとこで良いかな。ちょうどすぐそこに宿の標識見えたし。えーっと、なになに? 宿屋アム?
「いらっしゃいませー」
入ってみたら、私と同い年くらいの女の子が迎えてくれた。短いツインテールで、そばかすがチャームポイントになってる。笑顔が可愛い。
「宿泊ですか? お食事ですか?」
「宿泊で」
「かしこまりました。何泊ですか?」
「とりあえず、2週間で」
「えーっと……7,000ギルになります」
1日500ギル。お手頃価格。
|この世界《ティオラ》の時間感覚は日本に似ていて、1分60秒・1時間60分・1日24時間・1週間7日・1ヶ月4週間・1年12ヶ月(336日)になってる。
2週間が14日で、割り算したら1日で500でしょ?
お金の感覚も似てる。1ギルが1円。
けど物価はこの世界の方が低め。特に食べ物は安い。本とかはちょっとお高めかな。まあ買える値段ではあるけど。
カウンターに案内されて、ぴったりお金を出す。流石にちょっとはお金持ってきてるよ……?
「はい、丁度お預かりしますね。お客様の部屋は3号室です。2階に上がっていただいた右手側になります。
こちらは鍵です。失くされますと弁償していただくことになるのでお気をつけください。外出の際はカウンターにお預けください」
「わかりました」
部屋の鍵を受け取って、階段の方に歩き始める。
「ごゆっくりどうぞ!」
店員がいい……。素直にそう思った。
「んー!」
ローブを脱ぎ捨てて、硬いベッドに横たわる。
羽毛布団なんてお貴族様だけ。平民のベッドは基本的に硬い。……あれ? 今思うと、私の残されてる知識って結構偏りある気がする。まあいっか。
「ギルドカードにルールとか書いてあるんだっけ?」
内ポケットからギルドカードを取り出して見てみる。
パカパカ開けられるタイプで、表紙にはランクと名前。開けた左面にはその他冒険者としての情報が書かれてあった。
受注中の依頼とか、討伐した魔物とか、結構いろいろ。
右面はルールとか説明とか。あと、これでステータスも確認できるみたい。至れり尽くせり……。
裏表紙は戦闘ギルドのマーク。
ルールを読んでみたけど、まあそりゃあそうだよねって感じのことだけ。実力主義って雰囲気がヒシヒシと感じられた。
え、時計機能もある……。
本当に凄いね、このカード。スマホレベルじゃないかな? まあ電子機器じゃなくて魔道具だけど。
まだ朝の7時。依頼、どれから終わらせよう?
私のこの世界での生活はこうして始まった。人に紛れ人らしく冒険者を務めるはずだった私が、世界を巻き込み始めるのは……まだまだ、先の話。