拠点作り
『設計図と必要な材料を転送する。材料となる木材は近くの森から採取してくればいい。石はそこに転がってんだろ。必要な工具は有料な』
「くっそう、やっぱりかよ!」
『それが嫌なら工具系を最低限にしたウッドハウスにすればいい。あとテメェはまず社員登録と契約書だ。モンスターたちが素材集めに行ってる間に頭に叩き込みな!』
「は、はい」
というわけでショコラたちをチーム分けして見送った。
石を集めてくるチームはショウジョウたち。
木を倒してくるチームは、ドンとショコラ。
ジークが見つけてくれた水脈を井戸として利用する為に、穴を掘るシロ。
ねぎまは忠直の護衛という事で、側にちょこんと座っている。
石の上に座り、提示された契約内容を読み進めていくと色々なところが異世界関係に変えられた一風変わった個人会社……のような感じだった。
ちなみに副業はあり。
活動拠点が異世界なので、労働基準法は適応外。
まあ、これは仕方ない。
怪我や病気、死亡の保障はあり。
また、会社独自の保険もあり、保障内容に不安がある場合は保険に加入し、保障を増やす事も出来る。
同じく希望者には日本制度における社会保険料と年金手続きや引き落としも行う。
(すげぇ。その辺の会社よりホワイト……)
まあ、この辺りは副業……というか本業(居酒屋)の事もあるので保険系は希望しない事にして……いやしかし異世界の事もあるのに居酒屋を始めたあとの財務処理とかどうしよう、などと頭を悩ませつつ、ジークに相談を繰り返す。
『まあ、お前の場合はサポート契約でいいと思う。『結晶島』での作業を円滑に進める為に、マネジメントとサポートを当社が行う、的な』
「ああ、それなら分かりやすいな。それでも保険とかは入れるのか?」
『ああ、可能だ。保険の内容もまとめて居酒屋の中に置いておくから帰ってきたら目を通しておくといい。今日は仮契約っつー事でここにサインだけして、契約書の内容に疑問点があればその都度メールか電話で確認して……』
「パパー!」
「っと、もう帰ってきた」
形としてはすでにジークがこの世界『結晶島』の所有者。
忠直はジークに依頼されてこの世界の救済活動に参加する。
その保障とサポートを、ジークが全面的に行う。
ただし、一部有償。
そういう契約内容でまとまりそうだった。
(異世界は現実か。……ほんとその通りだなぁ)
そう思いながら帰ってきたショコラたちを迎える。
そして、ジークが送ってくれた設計図を腕時計で地面に書き写し、その通りに建設を進めていく。
砂利を敷き詰め、土台を作り、ドンが倒してきたというよりも引っこ抜いてきた木の枝を取っ払い、重ねて床にした。
工具がないので加工が出来ずにいたが、その辺りは元の世界に……地球に戻ってからホームセンターで買ってくればいい。
「ち、ちなみに経費とかで落ちたりしないのか? 工具……」
『給料から差し引いていいなら』
「…………店のリフォーム代の一部で請求してみるかな……」
給料に関しても後で話を聞かねばならないが、ジークに『そろそろ午後五時半を回る』と告げられてギョッとした。
もうそんな時間になったのか。
『そうだな、じゃあ最後に転移門(ゲート)だけ設置しておこう。明日か明後日か……ま、行き来するのであればないと話にならん。霊脈の位置は拠点の中になるようにしたから、腕時計をその位置へ置け』
「ここか?」
拠点の内部となる、真ん中の一番後ろ……出入り口となる玄関からまっすぐ一番奥。
丸で囲ってあるそこへ、腕時計を置くと魔法陣が二つ、広がって回転する。
しばらく回り続けると『カチ』と奇妙な音を立てて動きがゆっくりになった。
『これでオーケーだ。登録も完了。霊脈安定を確認。そこに乗ればこっちに帰ってこれる』
「そ、そうなのか、スゲーな」
『こっちに残るモンスターたちは引き続き作業を継続してほしいが……』
「みんな腹減ってるよな?」
「「きゅー」」
ショウジョウたちが眉を下げて腹をさする。
ドンも耳が下がった。
皆空腹で、いい加減動けないだろう。
「待ってろ、すぐ飯作ってきてやるよ。えーと、ドンとねぎまとショウジョウたちは草食で、ショコラは雑食、シロは肉食、だったよな?」
「うん! そう!」
「ごはん! ご主人様!」
「は、はい!」
「よし、分かった。じゃあ、ちょっと作ってくるから。水で我慢しててくれ」
そう言って、少しドキドキしながら魔法陣……転移門へと乗る。
体が宙に浮くような感じの後、目を開くとそこは従業員控え室。
「お、おお……」
「ただいまー、ジーク!」
「⁉︎ ショコラ⁉︎ お前付いてきたのか⁉︎」
「? うん?」
ダメだったの? とばかりに見上げられて頭を抱える。
他のモンスターたちは大きさもさる事ながら、いわゆる世界の異物としてこちらの世界に来れば弱るだろう。
唯一『忠直と契約』しているショコラは、我が家のように店舗の中を駆けていく。
「こ、こら、走ったら危ないだろう!」
「ああ、戻ったな」
「わ、わあ……」
客用テーブルの一つがノートパソコン四台に占拠されている。
しかし、そのどれもが一般的な家電量販店などに売っているものではない。
なにせ、全てのパソコンのウィンドウが立体化して数十枚のモニターとして稼働しているのだ。
こんな光景はあと三十年後でも見られるかどうか……。
改めてこの男の持つ科学力には驚かされる。
本当に一体、どうなっているのやら。
「な、なんかすげー事になってんだが……」
「心配しなくてもここの店の電力は使ってねーよ。そんな事したらこの町の電気を根こそぎ使う事になるからな」
「…………」
聞かなかった事にしようと思った。
「あ、そうだ。これからあいつらの飯作ろうと思ってたんだ! ジーク、お前も食べてくか?」
「…………そうだな、昼飯食ってねーし」
「あ、ああ、そうだな、俺もだ」
思い出したら急に腹が減ってきた。
店の厨房に慣れる為にも、と大きな業務用冷蔵庫から唐揚げ用に漬け込んでいた鳥もも肉を取り出し、油を注いだ鍋を熱して揚げていく。
「イヌ科に油物はどうかと思うぞ」
「シ、シロにはドッグフードを持ってくよ。ショコラと同じもんになるけど……」
「ふーん」
「ドックフード! ショコラ好き!」
マジか。
と、カウンターから顔を出すショコラを見てしまう。
厨房には立ち入り禁止である。
「問題はドンだよなぁ。絶対めちゃくちゃ食いそうだ……」
「野生の像の一日平均摂取量は150キロ。ちなみに動物園で飼育されている像は乾草を主食に果物などを食べて平均50キロ前後だそうだ」
「ごじゅ……い、いやでも、ドンは普通の像よりでかいぞ?」
「じゃあ倍ぐらいじゃねぇの?」
「…………どうすっかなぁ……」
頭が痛い。
これは弱った。
と、唐揚げを皿に載せ、刻んだキャベツを盛る。
カウンターに出してショコラへジークに持って行ってくれ、と頼むと満面の笑みで「任せて! パパ」と皿を運んでくれる。
天使かな。
「……ホームセンターでウサギの餌でも買ってくれば良いんじゃねーの? ウサギとかって草食うんだろ?」
「そうか、それもあり…………そ、そんな金あったかな……」
「口止め料の残り、百万振り込んでおいてやるよ。口座は?」
「え、マジか助かる! コンビニで下ろして、買ってこれれば……」
「……けど二キロで平均二千円らしいぜ。まあ、ネットだと」
「……………………」
絶望を感じた。
「普通に畜産用の干草ロールの方が安いかもな。まあ、居酒屋の店主がこんなん欲しがれば百パー不審がられるだろうけど」
などとスマホをいじりながら笑うジークの言う事がごもっともすぎて目が遠くなる。
たかが干草、されど干草。
『ジーク、それならジンの世界からしばらく食糧を援助して貰えばいいんじゃないかい? あの世界、今は安定しているようだし』
「ああ、そういえばそうだな」
「? 誰だ?」
ギベインの声だが、相変わらず姿は見えない。
白米を茶碗によそう前に、朝作った味噌汁を取りに行こうとした時にそんな話をされる。
「ジン……真堂刃。お前と同じく俺がサポート契約してる顧客の一人だな。まあ、あいつはこっちに戻るわけじゃなくあっちの世界に完全に居着いているが……」
「その人から食糧援助を受けられるのか?」
「交渉はしてやるよ。恩も借金も多分に背負わせてあるから嫌とは言わねーだろう」
「…………それは、脅しなのでは……」
明日は我が身のようでめちゃくちゃ気が引き締まった。
「……いや、そうだな……良い機会かもしれない……」
「?」
「何にしても明日以降はガチで食糧確保の為に朝から晩まで働く必要があるだろう。仲間増やしも必要だが、今の数でやれる事をやった方が良いだろうな。あ、味噌汁いらねーからなんか甘いもんよこせ。そろそろクラクラしてきた」
「⁉︎ わ、分かった!」
確かにあのパソコンの量を見るとクラクラもしそうだな、と慌てて白米を茶碗によそい、ついでに冷蔵庫に作り置いておいたプリンを出した。
少ない、と文句を言われたのでプチパフェを作ると、それも少ないと言われる。
『ジークは胃がおかしい甘党だからそれの五倍ぐらい甘い物を差し出さないと納得しないと思うよ』
「ええ……」
ギベインの助言に基づき、店にあった甘い物は全て出したがそれでも足りず、ホームセンターでついでに買ってくる事になった。
仕方ない。
練習で作った物を置いておいたのだから。
(まあ、処分が出来て良かったと思うべきか、な?)
ちなみにペット用の干草などで三十万が消えた。