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水を求めた山道で


「このままでは明後日には口止め料が尽きる! ので! 今日は全力でビニールハウスを完成させる!」
「「「おーーーー!」」」

 が、しかし、【界寄豆】が世界に根を張っている状況では作物は育たない。
 今生えている森も、次第に枯れ始めている。
 他の島の【界寄豆】はここよりも育っているので、より緑は減り続けている事だろう。
 心配なのは他の島のモンスターたちだ。
 早く助けに行ってやりたい。
 だが、それにはまず自分たちだ。
 これから組み立てるビニールハウスはジークのお手製で、結界の役割も持つという。
 このビニールハウスを建て、その中に畑を作り種を蒔くとその中は霊脈から魔力が通う仕組みでどうたらこうたらと言っていた。
 途中から難しくなり、忠直は覚えるのを諦めたのだが……恐らく問題はないだろう。
 天井にスプリンクラーが付いているので井戸が完成すれば、とりあえずそこから水を拝借して撒けば水撒きも簡単。
 そして、立地は川の跡地の側。

「んん、川がほとんど干上がってんのか」
「最大の問題はこれであろう。根を張った【界寄豆】とやらが吸い上げておるのだ」
『なるほど、水もか。……いや、水がこうだから、食用の葉肉とやらや草原も枯れたんだろう』
「うむ」

 頷くドン。
 ではこれは、まずどうしたら良いのか。

『水脈を確保する。わずかに流れが残っているのなら、上流に源泉はあるはずだ。そこに【界寄豆】の根が侵入しないように、あるいは、すでに到達している根を排除してその付近に結界を張ろう』
「よし。ショコラ! シロ! 来てくれ! 川の上流に行って源泉を確保する!」
「はーい!」
「了解だ、マスター!」
「うむ、山道となるゆえ気を付けてな」
「ありがとう。ビニールハウスと拠点作りは頼む」

 川を遡り、源泉の涌く山へと向かう。
 案内はシロだ。
 一匹狼だったというシロは、この島の隅々までよく知っていた。
 岩の突き出た山道を、えいこらえいこらと登って二時間ばかりが過ぎただろうか。

『! 生物反応! 急速に近付いて来るぞ! 数は三!』
「! ショコラ、シロ!」
「うん!」
「お任せあれ!」

 ジークが指し示した方向は山頂付近。
 そこから飛んで急降下して来るようだ。

『これは……全て別の種類のモンスターか⁉︎ 速い! 三十秒後に一体目が接触!』
「分かった! シロ! 前方に吹雪!」
「吹雪!」

 ゴォ、とシロの口から吹雪が巻き起こり、坂を登っていく。
 その吹雪の中を、小型の鳥が突き破って現れる。
 それは——。

「鷹⁉︎」
「パパ! 足のところにコブがあるよ!」
「やはりコブ持ちか! 助けるぞ!」
『次が来る! さっきのよりでかい!』
「!」

 鷹は素早く急回転し、再び襲う態勢。
 だというのに、二体目。
 次に現れたのは——。

「よ、妖精だとぉ⁉︎」
「あの子は腰のところ!」
「くっ!」
『次が一番でかい!』

 シロの吹雪を勢いで突き抜けてきた、最後の保護対象。
 それは大きな翼、鳥のような足、そして、人のような顔と体。

「なんじゃありゃ!」
『ハーピー!』
「は?」
「あの子は肩!」

 ショコラが鷹のつつきを避けながら指差す。
 ハーピーと呼ばれる鳥人の右肩には、大きな黒いコブ。
 全てのモンスターがコブ持ち。
 いや、そんな気はしていたが。

「でかいやつからなんとかするぞ!」
『全部素早さが高い! 足止めしろ!』
「おう! ……でも、どうやって……」

 アイスグラウンドは地面を凍らせる技だ。
 空中の敵には効かない。
 吹雪も速度を利用して突き抜けられてしまった。

「…………試してみるか……いくぞショコラ!」
「うん!」

 ぺろ、と舌を出し、唇を濡らす。
 最初に狙うのは先程から何度も高速で鋭い爪でこちらを引っかこうとする鷹。

「サンダーショック!」
「きぇえぇ⁉︎」

 ショコラの体から雷撃が迸る。
 その電撃を受けて、鷹は一発ノックダウン。
 その隙にファイヤーブレスで足元にあったコブを焼き払う。
 その間、シロが二人をカバーして守る。
 これで二対二。

「〜〜!」
「⁉︎」

 妖精がなにかを喋る。
 まるで人の言葉のようにも聞こえたそれは、どうやら呪文だったらしい。
 ごお、と吹雪をも巻き込む竜巻が現れ、忠直たちへと襲い掛かる。

「ぐっ!」
『風は炎に弱い!』
「っ、ショコラ! ファイヤーブレス!」
「ファイヤーブレス!」

 小規模とはいえ竜巻が炎を巻き上げ、ゆっくりと消えていく。
 それに目を剥いた妖精。
 どうやら驚いているらしい。
 そして、これにより妖精の属性が分かった。

「シロ! 今のうちにハーピーへアイスシャワー!」
「アイスシャワー!」

 シロへも新技の指示を飛ばす。
 飛び回り、足の鋭い爪で襲いかかって来るハーピーは、突然空から降って来る氷の雨……雹に次第にその高度が落ちて来る。

「今のうちに……ショコラ! 妖精に特大のファイヤーブレス!」
「ファイヤー! ブレスーーー!」
「キキィー!」

 ちょろちょろ逃げ回る妖精。
 だが、魔法が通用しなかった事に余程驚いていたのか、それとも高熱の炎が恐ろしいのか次第に動きが弱っていく。

「ファイヤーブレス!」
「ギャァー!」

 妖精の腰に炎が当たる。
 当てたファイヤーブレスは、手加減したもの。
 火力もかなり弱い。

「最後だ! ショコラ!」
「ファイヤーブレス!」
「カァ!」

 シロが高度を下げてくれたハーピーが気付いた時には、目の前に炎が迫っていた事だろう。
 慌てて回避しようにも、頭上からはバラバラ雹が落ち続けている。

(ちなみにこのアイスシャワーってめちゃくちゃ手加減してるんだよな)

 と、忠直がほくそ笑む。
 アイスシャワーは本来五センチ代の氷塊が恐ろしい勢いで、雪崩のように降る技だった。
“昨日”試して、その威力にドン引きしたものだ。
 ちなみに昨日の氷塊は、ドンに井戸用に掘った穴へと運んでもらってショコラの炎で溶かして水にさせてもらった。
 当面の飲み水はそれで間に合いそうだな、ハハハ、と笑っていたがこんな使い方も出来る。

「かぅうう……」
「…………ふう……」

 倒れた三体。
 コブは燃やした。
 こうなったら、この三体も保護して待っていてもらうか、あるいは一緒に連れていくか。
 とりあえずは近くの石に座って、ショコラたちのステータスを確認する事にした。

「パパ! 大変大変! ショコラまたレベル上がったよ!」
「マジか⁉︎ スッゲーな!」
「さすが竜王様!」


【ショコラ】
 種族:ドラゴン(幼少期)
 レベル:22
 HP:4723/4723
 MP:1250/1250
 ちから:2031
 ぼうぎょ:1921
 すばやさ:1123
 ヒット:56
 うん:160
[戦闘スキル]
『ファイヤーブレス』
『ドラゴンパンチ』
『ドラゴンキック』
『ドラゴンクロー』
『ドラゴンテイル』
『ファイヤーボール』
『ウォーターボール』
『ウインドショット』
『グランドボール』
『エナジードレイン』
『メタルパンチ』
『アイシクル」
『サンダーショック』
『ブラッドボール』
[特殊スキル]
『力強化』
『防御強化』
『鱗強化』
『素早さ強化』
『経験値取得増』
『全属性耐性』
『毒耐性』
『裂傷耐性』
『火傷耐性』
『凍傷耐性』
[称号スキル]
『竜王の転生者』
 効果①経験値取得量を増やす。
 効果②敗者を従属化させる。
 効果③レベル15以上で全属性の技が取得可能。
 効果④————
 効果⑤————
 効果⑥————
 効果⑦————

【シロ】
 種族:フェンリル
 レベル:29
 HP:600/600
 MP:153/93
 ちから:129
 ぼうぎょ:72
 すばやさ:203
 ヒット:61
 うん:23
[戦闘スキル]
『かみつく』
『引き裂く』
『アイシクル』
『氷爪』
『アイスグラウンド』
『アイスシャワー』
[特殊スキル]
『素早さ強化』
『吹雪』


「……『ちから』がついに二千を超えたか……」

 昨日、ドンとの戦いの後一気にレベルが20を超えた。
 シロなどレベルが一つしか上がらなかったのに。
 まるで、まだ伸び代はこんなものではない。
 まだまだ強くなる、と言わんばかり。
 相手が相手なだけにあのレベルの上がりぶりは納得いくものではあったが、まさかここまでとは
 思わなかった。

「うーん、特に今回はスキルが増えたとかはないんだな」
「そうみたい。もっと強くなりたいのにねー」
「スキルだけが強さではありません、竜王様」
「はぁーい」

 シロはすっかりショコラの補佐官のようだ。
 ショコラも、竜王様と言う呼び方を思いの外あっさり受け入れている。
 不思議ではあるが、それがかつて『竜王』だった名残なのならば合点はいく。

「ねえねえ、パパはステータス出ないの?」
「俺? 俺はどうなんだろうなぁ? ステータス」

 試しに言葉にしてみる。
 すると……。

【伊藤忠直】
 種族:人間
 レベル:3
 HP:210/156
 MP:0
 ちから:56
 ぼうぎょ:32
 すばやさ:12
 ヒット:1
 うん:52
[戦闘スキル]
 なし


(よっっっわ……⁉︎)

 知ってたけど。
 弱い。

「パパよわーい!」
「グサッ!」

 ショコラの無邪気な一言で、心が打ち砕かれるかと思った。
 しかし……。

「でもショコラ、パパ大好き! だからパパはショコラが守るー!」
「ショ、ショコラ……」
「だから昨日作ってくれたからあげまた作って!」
「……随分気に入ったんだなぁ、唐揚げ」
「うん! すっごく美味しかった!」

 そうかそうかー、と頭を撫でる。
 昨日ジークに作った後、自分の夕飯にと唐揚げをまた揚げた。
 ドッグフードを食べた後、ショコラが興味深そうに見てきたので試しに一つだけ食べさせたのだ。
 その時の顔といったら——。

「でもな、パパはもっと色々な料理が作れるんだぞ」
「そおなの⁉︎」
「そうとも。でも、あんまり味の濃いものばかりじゃ体には良くない。野菜もちゃんと食べなきゃダメだぞ」
「うーん……パパが美味しくしてくれるならショコラ野菜も頑張って食べる」
「お、言ったな? それじゃあ今夜は鍋にでもするかな」
「ナベ?」

 ジークも食べていくか?
 と、腕時計に話しかける。
 先程まで戦闘のサポートをしてくれていたジークは、うんともすんとも言わなくなった。
 首を傾げつつ、心配になって声をかけ続ける。

「ジーク?」
『うっせぇ、今別の仕事中だ殺すぞ黙れ』
「すみません……」

 ガチギレされてしまった。

「別な仕事とは……ジーク殿は何をなさっておいでなのだろうか」
「さぁな。けど、色々やる事が多いのは俺も同じだからな」
「契約書の内容確認、昨日いっぱいしてたよねー」
「ハハハ……まだ終わってねーんだけどな……」

 多分意味は分かっていないだろう。
 しかし、ショコラの言う通り昨日はとにかく確認するものが多かった。
 昨日レンタルしたものを返却したり、受けるサポート内容や、会社の説明を延々受け、疑問を投げればジークはそれに全て的確に答えてくれる。
 異世界関係は言わば『未知への冒険』。
 その分手厚い保障が付くものの、完璧ではなく、予想外の出来事で契約者が亡くなる事も少なくない。
 それでも「装備なしでエベレストを登るよりは、装備ありの方が生存率が上がる。これらの保障はそういう類のものであるという事を、しっかり心に刻め」と言われて納得しきりだった。
 ジークという男は、恐らく邪悪なんだろう。
 だが、真面目で仕事に対しては誠実だ。
 命を軽んじるところはどこか排他的であり、そして達観しているようにも思えた。
 悪い奴ではないが、いい奴でもない。
 それが昨日、仕事を通してジークに抱いた新しい印象だ。

「あのね、パパ、ショコラ、ジークが食べてたパフェも食べてみたい」
「パフェ?」

 ドラゴンがパフェをご所望とは。
 恐らく相当変な顔をした事だろう。

「うーん、まあ、じゃあ……」
「やったぁ!」

 果物を多めにしてやれば大丈夫だろう。
 栄養士の資格もあるので、ショコラが食べてはいけないものがあるのではないかと案じてみたものの、ジークにその辺りは昨日、唐揚げを食べさせる時に——

『ドラゴンは雑食だ。人の血肉の味を覚えなければ大丈夫だろう。……まあ、中には人を食った後も好みに合わないというドラゴンもいるようだが』

 ……らしいので、人間と同じものを食べさせるのは意外に問題はないらしい。
 とはいえドッグフードを「美味しい!」というショコラなので、あまり濃い味のものは良くないのではないかと思っている。
 ドッグフードは人間の料理に多く含まれる塩分や油分を排除して、薄味だという。
 唐揚げの他にもリンゴやバナナもショコラは好むので、本当に雑食。
 ただし、野菜はあまり好まなかった。
 野菜嫌いとは、本当に人間の子どものようだ。

「……」

 おすわりしていたシロが立ち上がり、ショコラと忠直を庇うように背を低くする。
 彼が見据えたのは起き上がったハーピー。
 大きな翼で頭を抱え、それから顔を上げるとハッとしたようにショコラを見た。
 立て続けに鷹と妖精も目を開ける。
 これは、そろそろいつものやつが来る頃だろう。


『ハーピーとフェアリーとソードホークが仲間になりたそうにこちらを見ています』
『ハーピーとフェアリーとソードホークを仲間にしますか?』
【はい】 【いいえ】


「……もちろん」

 迷う事なく、肺を選択した。

しおり