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命名


「なっーーーー!」
「っ!」
「!」
「⁉︎」
「「ききっ⁉︎」」

 驚愕で言葉が出ない。
 全員が全員目を見開き、口を開けたまま言葉を失った。

「ば、馬鹿な! 何を勝手な!」

 最初に抗議したのはドンだ。
 さすが、この島の長なだけはある。
 しかしジークは邪悪な笑みのまま『そのドラゴンはその世界の神なんだろう?』と言い放つ。
 それに二の句を継げなくなるドン。
 そこで忠直も、理解した。
 してしまった。

「…………ショ、ショコラの……契約者、だからか? 俺が?」
『ハッハー! 気付くのが遅ぇ! 偶然とはいえ、そして幼体とはいえテメェはその世界で『守護神』に等しい存在の転生体と契約していたんだぜ? そんなテメェが俺に“言ってしまった”んだ。短慮だったなぁ? 実に浅はか!』
「…………っ」

 何でも集めよう。
 そうは言った。
 しかし、くれてやるとは言っていない。
 そうだ、と顔を上げる。

「や、やるとは言ってねーぞ!」
『はあ? じゃあやめるか? 俺は構わないぜ、テメェがその世界でそこのモンスターどもと飢えて死ぬか、【界寄豆】の実を食って狂ったモンスターに食い殺されるか……はたまたテメェら自身が実で狂い死ぬか!』
「っ!」
「ひ、卑怯よ!」
『卑怯だと? 交渉してきたのはそいつだぜ?』
「……くっ」

 事態が飲み込めず、オロオロと忠直とウィンドウを見比べるショコラ。
 まさか本当に、悪魔のような男と交渉してしまったとは。
 ふつふつと浮かぶ自分への怒りに、拳をきつく、握り締めた時だ。

「……む、むぅ……待て、竜王の契約者よ。……そこの小さき箱の者、問おう。そこまで言うからには、この世界を救う手立てを持ち合わせているのか?」
「!」

 冷静なドンの言葉に怒りがわずかに引いた。
 そうだ、この世界を救う手立てをこの男は持っているのだろうか?
 それがないのに『世界は俺のもの』などとは到底口には出来ないはず。
 話を聞いてからでも、怒るのは遅くない。

『無論だ。俺の世界は俺の好きにして良いという事』
「い、いや、待て、どうするつもりだ! 変な事するつもりじゃ……」
『使い道は色々ある。色々な。だが、今の状態では使えたものではない。【界寄豆】なんぞが世界を貫いているんだからな。とりあえず俺の私物に勝手に生え腐っとるどでかい雑草風情は、根の一本残さず消す』
「「「…………っ」」」

 全員が震え上がった。
 人の情の一欠片も感じない眼。
 忠直はこれまで生きてきて、これほど冷たい目を見た事はない。
 先程対峙したドンはまだ、怒りの感情を感じた。
 生きた感情。
 しかし今のジークの瞳にはそれすらない。
 相手が【界寄豆】だから良いが、もしこれが自分たちに向けられたのだとしたらと思うと息が詰まった。

「じゃ、じゃあ……まずは【界寄豆】をなんとかするのか?」
『なんとかしたいところだが、それは俺の事情でいささか難しい』
「?」
『それに、そのままだとそこに生息している生き物が【界寄豆】の実に狂ったまま弱って死んでいくだろう。サンプルも欲しいから生き物はそのままが望ましい』

 しれっと怖い事を言ったような。
 そう思うが、前半はまともな事を言っていたので押し黙って続きを聞く。

『だからまずは食糧の確保が急務だろう。食糧は生産、備蓄も同時に行う。この世界の食べ物に関してはーー』
「えっと、そうだな……ドン、教えてくれるか? この世界ではみんなどんなものを食べてるんだ?」

 やはり果物や草、木の葉っぱ、動物などだろうか?
 と、思うとドンは意外な答えを口にした。

「肉食のモンスターは葉肉、我々のような草食は草原の草を食べていた。……だが、あの木が生えてからというもの、草原は細り、葉肉も育たなくなり、いつしか肉食は草食の小型を狙うようになり……小型たちは姿を消していった。……残されたのはあの忌々しい木の実だけ……」
「……。その、葉肉というのは?」
「ん? 肉のなる木だ。契約者の世界にはないのか?」
「えーと……そうだな、聞いた事は、ないな」
『ほう、なかなか面白そうな植物があるな。それは是非お目にかかりたいものだ。種などはないのか?』
「種か……なくもないが……。しかし、あの木のせいでどうやら育たんようだしな」

 と、渋い顔をするドン。
 確かに、世界の養分を奴が吸収しているというのなら今植えても育つのは難しいだろう。
 振り返って【界寄豆】を睨みあげる。
 あの木さえなければ……。

『そうだな……分かった、ではこうしよう。伊藤、テメェそこに拠点を作れ』
「……は? はぁ?」
『俺も忙しい。毎日面倒見切れねーからある程度はテメェらでなんとかしてもらわねーと。で、やる事は最低五つだ』
「え、あ……」
『一つ、そこに拠点を作り、【界寄豆】の実で狂っている生き物のコブを燃やして保護する。二つ、保護した奴らに手伝わせて、食糧を生産する。……食糧生産の方法に関しては、俺がその方法を授けてやろう。格安でな』
「か、金取るの⁉︎」
『当たり前だろう、商売だ。三つ、町を作る。数が揃ってきたら、いくつかのグループに分かれて家を建てるなりなんなりしてそこに町を作れ。拠点を大きくする、という事だ。四つ、通貨を作る。分かるだろうが、通貨がある事で飛躍的に文明は発達する。手付かずの世界というのもいいんだが、それだけ知能が高ければ使いこなす事は可能だろう。五つ、ルールを作れ。いわゆるその世界の法律のようなものだ。その辺りは像、テメェが率先してなんとかしな。これまでバラバラの群れをまずは一つにして、島全体の生き物を統率する。そうして他の島々も開放していく、その土台だ』
「む、むむ……」

 ごくり、と生唾を飲み込む。
 瞬く間に決まっていく今後の方針。
 しかし、肝心な事がまだだ。

「ジ、ジーク、【界寄豆】はどうするつもりだ? このままじゃ……」
『無論、早急になんとかする必要はある。だが、さっきも言った通り俺は異世界に行く事は出来ない事情がある。……サポート用に流している、この魔力も本来ならよろしくねぇんだよ。なので、近いうち俺の代理を呼ぶ事にする。なかなか長期の仕事になりそうだからな……面倒くせぇ』
「え、ええと……すまん?」
『それはそれとして【界寄豆】だ。【界寄豆】を破壊するのに手っ取り早いのはそのドラゴンをさっさと【厄災級】に成長させる事だろう。幸い経験値増し、というスキルがある。実際成長もかなりの速度だ』
「…………」

 ショコラを見下ろすと、首を傾げる。
 そして、まだどこか不安げな表情をしていた。
 その頭を、優しく撫でる。

「そうだな……ショコラはかなりレベルが上がるのも早いし……」
『だからテメェは拠点作りをしながら、生き物の保護……まあ、ここに来るまでやってきた事を、島にいる生き物を保護する名目の下続ければいい』
「! そうか! この世界の生き物を助けながら戦っていけば、ショコラは強くなる……。【界寄豆】を倒せるほどに、強くなればいいのか」
『まあ、そういう事だ』

 ショコラの手で。
 やはりこの子が世界を救う鍵。

「……そうか、そうだな。うん、大丈夫だ、お前を一人にはしない。パパが一緒について行く」
「! パパ、ショコラ、パパと離れなくていいの?」
「ああ」
『…………』

 ジークの沈黙は呆れから来るものだろうか。
 だとしても、抱き締めた異種の娘は、それでも忠直にとってもう娘だった。
 幼い我が子を一人で戦いに置き去りになど出来るものか。

『で、それとはまた別に伊藤、テメェに確認だ』
「なんだ?」

 振り返ると鋭い眼差し。
 それに驚いて、口をきつく結ぶ。

『お前に俺が突き付ける選択肢は二つ。この世界で腰を据えて生きるかーー、俺の会社の社員登録をして、この世界と本来の世界を行き来する過労死覚悟の地獄の生活をするか』
「……!」
『ちなみに俺の会社……まぁ、ギルドとも呼ばれているが……『異世界事案対応組合』はこういった事案に一般市民が巻き込まれた場合、警察組織に秘密裏だが創設された『後処理係』っつーのに協力したりされたりしている。要請があればそれなりに忙しい事もある会社だな。普段は今回のような偶然出来た空間の裂け目を塞いで、人がうっかり落ちねぇようにして回っている。まあ、俺としても他人事じゃねぇからな……』
「く、空間の裂け目……そんなに多いもんなのか?」

 あの黒い渦のような穴。
 ショコラが出てきた穴であり、自分が飛び込んだ不気味な穴を思い浮かべて口を手で覆う。
 あんなものが、いくつもどこかに?

『多い、というわけじゃないが……境が曖昧になつているのは間違いない。それは、この世界の事情。空間の修復は限られた奴にしか出来ない。俺のような、な。だから俺はこの世界から動く事は出来ない。有事の際に、この世界にいなかったとあっては……色々まずいからな』
「う……そ、そうか……それは、そうだな」
『たが、それでもやはりテメェのようにうっかり関わり、異世界を夢の国か何かのように思って行きたがったり、勘違いして『救ってやる』とイキるアホが必ずいるんだ。漫画やラノベの読みすぎだよな。……異世界は楽園なんかじゃねぇ。その全てが『現実』だ』
「…………ああ」

 風が通り過ぎて行く。
 空気を吸い込み、空を見上げる。
 青く、高く、雲が流れていく。
 周りを見渡せばモンスターがじっとこちらを見つめていた。
 それに、微笑んで返す。

「分かっている。それは」
『…………。……俺の会社は、まあ、そこへ行く前に色々契約をしたな? それをよりきちんとした形で結び、保障やアイテムの貸し出し、行き来する場合の転移門の設置などなど、まあ、サポートは万全……を心掛けてはいる。それでも異世界は異世界。この世界とは全てが違う場合が多い。準備はいくらしたってしたりない事はないぐらいだ』
「ああ……」
『だがそっちに永遠に腰を据えるっつーんなら、通信機器のみを置いてあとはそっちに全て任せて穴は閉じる。……好きな方を選びな』
「……それってつまり、この世界で一生生活する、って事か」
『そうだ』
「…………」

 それは、出来ないな。
 と、目を閉じた。
 同時に「なるほど」とも思う。
 この世界で拠点、そして……町を作り、他の島を救いに行く。
 となれば……確かにどれほどかかるか分からない。
 店はまだ市役所に飲食店許可証をもらっていないので、オープンも決まっていない状況。
 たが、店を出す事はサラリーマン時代のささやかな夢だった。
 せっかく手に入れた土地と建物。
 それに、何より息子と娘が結婚相手を連れてきた時にきちんと会ってやりたい。
 孫の顔も見たいし、親の墓参りも……など、色々考えているとジークに急かされた。

「出来れば行き来したい。色々やり残した事もあるし……」
『なら、一度戻って手続きが必要になる。会社の説明とか、諸々だな。だが、それなら拠点作りの他に霊脈探しをしておけ。霊脈を使って転移門(ゲート)を作って空間を固定しなければならない。それに転移門を設置したら警察の方に登録申請もしなきゃならんし……』
「い、色々やる事が多いって事だな?」
『そうだ。社員登録、社員研修、健康診断、適性検査、転移門(ゲート)は担当社員の代わりになるからその扱いについての規約をしっかり覚え……まあ、労働基準法は適応外の事柄しかないから、訴えようってんならそのまま始末するけど……その辺もしっかり会社説明会の時に説明はするが……』
「…………」

 選択を間違えた気がしてきた。
 全てを終えるのにどれほどかかるのか。
 確か、かなり急ぎめで食糧の確保を行わなければならないはずなのに。
 これは、本当に過労死覚悟で挑まなければならないかもしれない。

『ああ、そういや登録にはその世界の名前が必要なんだった。その世界の名前は?』
「え?」

 ドンを見上げる忠直。
 見上げられたドンは、狼狽える。

「な、名前? 名前など、この世界には……」
「それって今すぐ必要なのか?」
『まあ、申請する時に必要になるからな』
「そ、そうか。困ったな……」
「パパが付けて!」
「⁉︎」

 ショコラがズボンの裾を掴む。
 そして、嬉しそうに「パパが付けて」と繰り返す。

「そうだわ、それがいいわ。箱の中の訳わかんないオトコよりご主人様が付けてくれた方が嬉しいわー」
「俺も同じ意見だ。竜王の転生体の契約者なのだ、マスターがこの世界に名を与えるべきだ! そうだろう、ドン」
「……そう、だな。うむ、儂も異論ない」
「「ききっききー!」」
「うっ」

 ねぎまとシロも同意して、ドンもショウジョウたちも飛び跳ねて喜んでいる。
 これはもう逃げ場がない。
 世界の名前を考えるなんて、とんでもない大役だというのに……。

『で? どうする? 早くしろ、やる事が山のようにあるんだぞ』
「ぐ、うーーーーーっ……け、『結晶島』……」
『じゃあそれで登録しておく』

 まさかの一発オーケーに、困惑した。
 名前は、地図を思い出して付けたが、ショコラたちは目をキラキラさせて忠直が叫んだ名前を繰り返す。

『結晶島』

 雪の結晶のように、島が形を成していたから付けた名前だ。
 次第に両手を挙げて「結晶島、結晶島!」とはしゃぎ出すモンスターたち。
 頭を掻いて、照れを隠した。

『では早速拠点作りから始める。モンスターどもは木を倒してここまで運んでこい。立てる位置はその大岩から二十メートル東の位置。草も生えていない平地があるだろう。そこに石を積んで基礎を立てて……』
「わ、分かった。よ、よし! みんなやろう! ジークは、まあ、確かに性格は最悪そうだが言ってる事は正しい。この世界をあの豆の木から救う為に、今いるみんなで協力していかなきゃならん。だから……始めるぞ! 反撃だ!」
「「「おおおおおおーーーー!!!」」」

しおり