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40話 スポーツとビジネスと

 それからはあっけなかった。
 当然そのまま試合を続けられるわけもなく次戦は俺の不戦敗。
 そして次鋒としてロワードが出ることになった。
 ロワードはデブと地味な奴を簡単にKOすると、スカルツヤは前の試合のダメージが大きい為に不戦敗を宣言。
 そうして、俺達のチームの優勝が決まったのである。


「痛ててて」
「うん、どうやら切れているのは瞼の上みたいだね。傷もそれほど深くない。これなら視力には影響もでないだろう」

 今俺は医務室でバンディーニの治療を受けている所である。
 バンディーニは安堵の表情を見せると、俺の右目瞼に薬を塗り綿を押し当てその上から包帯を巻いた。
 傷が深かったら視力が低下してしまう可能性もあった為に一安心といった所だろう。
 それくらいに目の怪我と言うものは、ボクシング選手にとっては致命傷になりかねないものなのだ。

 一通りの治療を終えた為に席を立とうとすると呼び止められる。

「なんだよ、説教かよ?」
「ああそうだ、そんな長くならないから座れロイム」

 再び向かい合うように座ると、バンディーニは俺に頭を下げてきた。

「な、なんだよ急に?」
「すまなかったロイム。ルクスのことは私の判断ミスだった」
「い、いやあれは、俺が皆の忠告を聞かずにルクスのことを舐めてかかったからで、自業自得と言うかなんと言うか」

 すると、バンディーニは頭を上げて俺の顔を真剣に見つめる。

「私は君のトレーナーだ。そしてセコンドでもある。それがなにを意味するのか、君もプロなら理解できるだろう。リング上でのボクサーの失態はセコンドの責任でもあるんだ。反則を受けたのはボクサーの責任で、自業自得だと言うセコンドなんかいるわけがないだろう?」
「そ、それはまあ、そうかもしれないけれど。しょうがないだろ、インターバルがないんだから、注意のしようもないんだし」

 俺の言葉にバンディーニは自嘲気味に笑うと険しい顔になる。

「君が打たれている時に、私はあろうことか祈ってしまったんだ。こんな所で終わるわけにはいかないと、ただ祈って試合を止める事すら忘れてしまっていた」
「らしくねえな、あんたがそんな冷静さを失うくらいだったのか?」
「当然だっ!」

 バンディーニは声を上げると立ち上がる。

「君が壊されるかもしれなかったんだぞ! それなのに私は君のことを守ろうともせずに、ただ傍観してしまったんだ! セコンドとしてトレーナーとして私は失格だよ」
「まあそこまで自分のことを責めなくても。実際、あんた達の言葉で俺は立ち直れたんだぜ」
「私達の言葉?」
「ああ、ルクスの反則に心が折れそうだったけど。俺の欠点を心配してくれたロワードに、それにあんたが俺のパンチなら、KOの山を築くことができると言ってくれていなかったら。俺は最後にあんなに強引に攻める事はできなかったよ」

 結果、それが起死回生のファイトを見せたと言えなくはない。
 バンディーニは驚いたような表情をすると、「そうか」と呟き納得したような笑みを見せる。

「なんにしてもよかった」
「ああ、結果オーライってやつだ。それにしても、ルクスの奴は大丈夫なんだろうか?」
「それなら心配いらないよ。ロゼッタお嬢様も言っていただろう。彼ももう立派なマスタングの拳闘士なんだ、無下に扱われることなんてないさ」
「それならいいんだけどね」

 俺はなんだかやるせない気分だった。
 ルクスの語った拳闘士達の現状、考えるだけでも胸糞が悪くなる。
 それでも、それが現実だ。

 マスタングは冷酷だが、管理はしっかりしている。
 俺が候補生の訓練所に居る間もそうだった。
 食事は毎日食べられるし、週に一度風呂にも入らせて貰えた。
 そもそもこちらの世界では、上流階級の人間も毎日の入浴などしないそうだ。

 そして大部屋での雑魚寝であったが、屋根のある室内であること自体がもう破格の扱いであった。
 他の施設の奴隷達は、壁に囲まれたなにもない場所で、地面の上に横になるのがほとんどだと言う。
 そもそも拳闘士を育てようなどと言う気はないのだ。
 適当に腕っぷしの強い奴を闘技場に連れて行って、ファイトマネーを貰う事を考える主人がほとんどで、負けたらそこで処分をすると言うのだ。
 中には負けた直後に猛獣と戦わされて、そのまま死んだ拳奴も居るらしい。

「マスタングさんはそんな環境を変えようとしている。勿論我々を救うのが目的ってわけではないけどね」
「どういうことだよ?」
「彼は現状の拳奴達が使い捨てであることを、利益効率が悪いと考えているのさ」

 俺はバンディーニの言おうとしていることがなんとなくわかってきた。

「質の良い管理と、質の良いトレーニングで、質の良い拳闘士を作る」
「なるほど、セルスタみたいな常勝無敗のチャンピオンを作り出せば、それだけ利益を生み続けることができると」
「ああそうだね。まあセルスタなんかは例外だけれど、強い拳闘士を作ることができれば、それだけ儲かると言う仕組みさ」

 これは実に理に適った考え方である。
 つまりマスタングは目先のはした金よりも、長期的に見て拳闘士達が生み出す利益の方が儲かると考えたのだ。
 これは、現代ボクシングにも通じるものである。
 スポーツ興行は慈善事業ではない。客を呼び利益を産まなければ成り立たないのだ。
 スポーツマネジメントの世界では当然にして行われていること。
 つまりマスタングは、将来的に利益を生み出しそうな拳奴(おれ)達に先行投資を行っているのだ。

「ロイム、我々は今最高に恵まれた環境にいるんだ。マスタングの目指す拳闘士によるビジネスと、我々の目指す拳闘の近代ボクシング化。これは違う道のりのように見えて、必ずいつかは交わる道なんだ」

 俺は黙ったまま頷き返す。

「だからこそ、君にも協力してもらいたい」
「ああ……、拳闘士を商品の様に言われるのは癪だけど。だったら、今のこの環境を逆に利用させてもらうってもんだぜ」
「そうだロイム、だからこそ君にやってもらいたいことがあるんだ」
「俺に? ボクシング以外で?」

 不思議そうな顔で聞き返すと、バンディーニはニヤリと笑って言い放つ。

「君には、ロゼッタお嬢様を口説き落としてほしい」

 はあ? なに言ってんだこいつ?

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