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36話 襲い掛かる毒牙

 一時間のインターバルが終わると、いよいよ決勝戦が始まろうとしていた。

 俺達は観客席から闘技場に降りると一列に並ぶ。
 相手チームも同じように整列して俺達と向き合う形となった。

 その間ルクスはオドオドしたような様子で、如何にも気弱な性格を演技してはいるが、俺達はもう本性をわかっているんだ。

「ちっ、わざとらしく演技しやがって」

 ヤクが不快感を露わにすると、ディックやロワードも険しい表情でルクスを見据えていた。

「それでは決勝戦を始める、先鋒は前に出ろ!」

 決勝のレフェリーはボンゴエ教官が務めるらしい。
 そして今回の先鋒は俺が務めることとなった。

 試合前、バンディーニはルクスに俺をぶつけると言った。
 ロワードも自分が戦いたいと申し出たのだが、今回はロイムに譲れとバンディーニは頑なだった。

 たぶん、それほどまでにルクスは危険な相手なのだろう。
 ロワードでは対応できずに壊されてしまう可能性もある、それだけは避けたかったのだ。
 俺はいいのかよ。

 前に出ようとするとロワードに呼び止められた。

「ロイム、無茶はするなよ。危険だと思ったらすぐに降参しろ」
「へえ? 心配してるのかよ? さっきの試合のダメージが頭に回ったか?」
「そうだ」

 嫌味で言ったつもりなのだが、真顔でそう返されて俺は一瞬呆けてしまう。

「おまえはこんな所で潰されるタマじゃねえってことは、おまえに負けたことのある俺が一番知っている。でも相手は実践経験のある拳闘士だ、なにが起こるかわからねえ」
「わかってるよ。おまえの忠告、ありがたく受け取っとくぜ」

 俺はロワードに背中を向けると、右拳を軽く上げて闘技場の中央へと向かった。
 実戦経験のある拳闘士か……だったら俺も負けてねえぜ。

 中央に行くと相手チーム先鋒も前に出てきた。
 ルクス、いきなりのお出ましである。これは予想の範疇だった。
 相手チームのエース、スカルツヤは前の試合のダメージが大きいので、大将であることは間違いないと思っていた。
 そして他の二人、デブともう一人目立たない奴。そいつらを先鋒と次鋒に持って来てもなんの役にも立たない。
 向こうは第一戦を見て、雑草組のツートップは俺とロワードだと考えている筈だ。
初戦のように俺かロワードで一気に勝ち抜きを狙ってくると予想したのだろう。
 だから俺達を先に潰す為に、先鋒をルクスにしたんだ。

 向き合うとルクスは両手を突き出してきた。
 挨拶のつもりだろう。
 俺もそれに応えようとすると、上から思いっきり拳を叩き落とされる。

「おまえ、気が付いてるんだろう?」

 笑みを浮かべながら言い放つルクス。
 俺は無言のままルクスの目を見据えると、お互いの額が付くか付かないかの距離で睨み合いとなる。

「俺はおまえみたいな正義感丸出しの、なんにも知らねえおぼっちゃんを見るとムカムカしてくるんだよ」
「へえ、奇遇だな。俺も、おまえみたいな卑怯者の弱虫を見てると苛々してくるんだよ」

 相手の挑発に挑発で返す。
 俺とルクスは既に一触即発の状況だ。
 レフェリーは今にも殴り合いを始めそうな俺達を引き剥がすと注意をする。

「おまえらっ! 口じゃなくて拳でやり合え。始めっ!」

 ゴング代わりの合図で試合開始。

 今回は、フットワーク禁止令は出ていない。
 バンディーニの指示は、俺の今持ちうる技術を総動員して、ルクスに勝ってこいであった。

 俺はリズムよく身体を揺らすとステップを踏み始める。
 ルクスはそんな俺の動作をベタ足のままじっと見据えていた。
 仕掛けてくる気はないのか?
 俺はステップを踏みながらルクスの周りを時計回りにゆっくりと廻る。

 訓練生と他のギャラリー達は早く打ち合えとヤジを飛ばしてくるのだが、ルクスは俺の動きに合わせて方向を変えながらまるで動こうとしない。
 ならば先手必勝。
 前の四試合を見たところ、ルクスは確かに戦い慣れてはいるものの、これと言って脅威と思えるような技術は持っていなかった。
 手の内を見せないようにしているのかもしれないが、それでも問題はないだろう。
 俺との身長差は10センチ程、パンチを一、二発貰った所で大ダメージになることはない。
 気を付けるのは反則だけだ。

 まあ、それもやらせるつもりはないけどね。
 反則出来るものならしてみろ、俺のスピードについてこられるならな!

 俺はステップのリズムを早めると、右周り、左回りとルクスを翻弄する。
 ベタ足のルクスは動きについてこれず、一瞬俺を見失った。
 その隙を逃さずに俺は相手の間合いに飛び込むと、振り返ったルクスのガードが下がった所にジャブを二発、咄嗟にルクスが両腕で顔をガードしたところで、すかさず右のボディーブローを叩きこんでやった。

「うっ……」

 ルクスは低い声を漏らすと、その場に膝を突き腹を押さえながら蹲る。
 どうやらボディーが弱いのか、苦しそうに蹲ったまま中々立ち上がれなかった。

「なんだなんだあっけねえじゃねえかっ! ロイム、やっぱおまえは最強だぜ!」

 ヤクの声が聞こえる。ロワードとディックもなんだかホッとしたような表情で俺のことを見ていたのだが、その後ろでバンディーニだけは腕組みをしたまま険しい顔をしていた。

 それに気が付き振り返ると、ルクスはふらふらと立ち上がり、再びファイティングポーズを取り始めた。

「ルクス、まだやれるのか? 降参しないんだな?」
「あたり……まえだろ」

 ボンゴエの問いにそう答えると、ルクスは突然俺に向かって一直線に突進して来た。

 しまった!
 試合再会の合図をするかしないかの際どいタイミング。
 こういう所は経験が物を言う。微妙なタイミングであった為にボンゴエはルクスを止めない。

 そしてルクスは、俺の間合いに入るか入らないかの直前で拳を振り上げた。
 そんな所からパンチを打ったって、ルクスのリーチで届くわけがない。
 しかしルクスはそのままパンチを、いや、そのモーションはまるで野球のピッチャーのような、なにかを投げるような動きだった。

 次の瞬間、俺の左目に激痛が走った。

 砂だ。ルクスは手に握り込んでいた砂を俺の顔面目がけて投げつけたのだ。
 たぶんさっき倒れ込んだ時に手の中に忍ばせておいたのだろう。
 それも、投げた後に砂埃が舞わないような丁度いい按配の量を。

 俺は一瞬だが、左目を庇うように拳で覆ってしまった。
 その瞬間、ルクスが俺の視界から消える。
 左目を潰されている為に、右目では捉えられない死角に入られたのだ。

 左だ、ルクスは俺の左手側に居る。
 振り向こうとした瞬間、俺は左足の甲を思いっきり踏み抜かれた。
 痛みに声を上げる間もなく、今度は左わき腹に衝撃が走った。

 何が起きたのかわからなかった。

 俺は突然の出来事に半パニック状態であった。
 ボクシングではありえない足への攻撃を受けた。
 そしてそのまま左わき腹を撃ち抜かれた。

 俺は警戒していた筈のルクスの反則攻撃を、立て続けに受けてしまうのであった。


 続く。

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