13話 拳神の再来と呼ばれる男
肉だ! 肉だ肉だ肉だああああああああっ!
俺達は今、猛烈に腹が減っている。
昼飯も喰わずに野山を駆け廻り、夕方近くまで豚を追いかけ回していたんだから当然だ。
俺なんて熊と戦って右肩を爪で抉られたんだぞ。
一応、縫ってくれたけど、現代の縫合針や糸と違って雑な作りな上に、麻酔もなしにやるので超痛かった。
とにかく、俺は少しでも血を補給する為に肉が必要なのだ。
大人達がでかい鍋に、乱雑に切られた熊肉と、山で取って来た山菜や茸を無造作に投げ込んでいる。
俺達子供はお椀を抱えながら、熊鍋が早くできあがるのを今か今かと待ち侘びていた。
「ほーらガキ共、順番だ。こんだけあるんだそうそうなくならねえから焦らずに食えよ」
「ジョーンさんおかわりっ!」
「ロイム、おめえもう食ったのか? 落ち着いて食えって言ってるだろ」
「俺のおかげで肉が喰えるんだからいいだろべつに!」
まあ、俺が倒したわけではないが、カトルやシタールを逃がす為に俺がとった行動を、大人や他の拳奴達は皆口を揃えて褒めてくれた。
死ぬなら三人より一人の方がマシだってさ。酷くね?
あの後、カトルとシタールが大人達を連れて戻ってくると、皆が一様に驚きの声を上げた。
どうやら俺が熊を倒したと一瞬勘違いしたらしい。
しかし、すぐに俺以外にその場に居た人物に気が付くと、大人達は更に驚きの声を上げる。
セルスタ。
熊を葬った人物の名はセルスタ、年齢は17歳。
セルスタなら納得だと皆が口々に言っていた。
俺を助けてくれた人物は、どうやらOBらしかった。
“拳神の再来”と称されている今売出し中の若手拳闘士らしい。
すぐにその腕前を買われて、皇帝陛下の近衛兵団にスカウトされたシンデレラボーイだと言う。
それにしても拳の神様とはよく言ったものであると俺は思った。
まさか、生身で野生の熊を圧倒し、倒してしまう人間が本当に存在するなんて思いもしなかった。
セルスタは素手ではなかった。
拳には硬い鉄でできたメリケンサック(ナックルダスターやブラスナックルとも言うらしい)を付けていた。
しかも拳骨の部分には2センチほどの
熊の弱点は眉間だと言われている。
熊の肉は厚い脂肪に覆われていて更にその上には毛皮を纏っているのだ。
銃弾で撃ち抜くならともかく、打撃なんて話にならないだろう。
しかし、目と目の間の眉間部分はほとんど肉もなく、真っ直ぐ打てば頭蓋骨に当たる。
しかもセルスタはナックルダスター棘付きを装備していたのだ。
一撃目で眉間の肉を裂き、頭蓋骨に直接ダメージを与えた時点で、勝ちは確定していたと言っても過言ではないだろう。
勿論、口で言う程簡単なものではない。
正確に目と目の間を打ち抜く技術と、熊の巨体に押されない肉体の強さが必要なのは当然の事。
そしてなにより、それを実行する“
「それにしても、偶々セルスタが通り掛かって良かったな。でなかったらおめえ、熊の胃袋と一緒にこの鍋に放り込まれるところだったぞ」
縁起でもねえこと言いやがって。
まあ生きててよかったなと、ジョーンさんはニカっと笑って、俺のお椀に大量の熊肉を入れてくれるのであった。
その日の夜は、どこから持って来たのか。
誰かが持ちこんだ酒樽と熊鍋を囲んで大宴会となるのであった。
次の日……。
「くっそぉ……ほとんど眠れなかったぜ」
夜になると、ズキズキと肩の傷が痛みだした為に、俺はほとんど眠れなかった。
しかもなんだか少し熱っぽい気もする。悪寒もするし、傷の所為で発熱しているのかもしれない。
無理をするとかえって良くないので今日は練習を休もうと思い、俺はカトルのことを探した。
しかし、カトルの姿は見えなかった。
俺達ジュニア組は全員同じ部屋で、床に藁を敷いて雑魚寝をしている。その中にカトルの姿がなかった。
ついでにシタールも。
先に練習場に行ったのかと思うのだが、姿は見えない。
まあ、その内来るだろうと思い、俺は練習場の隅で膝を抱えて体育座りをしながらボーっと空を眺めていた。
今日は曇りかぁ……。
そんなことを思っていると、パラパラと雨が降り出してきてしまった。
今日は屋内練習だなと思い、俺は立ち上がると屋内練習場へと向かった。
集合時間になってもカトルは現れなかった。
シタールに聞いてみるのだが知らないと言う。一緒だと思っていたのだがどうやら違うようだ。他の奴らも知らないと言っている。
一体どうしたのだろうか?
そうこうしている内に、教官達がやって来て点呼を取り始めた。
それにしても、頭がぼーっとする。かなり熱が上がってきているようだ。点呼が終わったら体調不良と言って部屋に戻らせて貰おう。
そして、カトル以外の全員の名前を呼び終えると、教官達は神妙な面持ちになった。
「今日はおまえ達に、残念な報せがある」
なんだ? まさか、カトルに何かあったのだろうか?
俺は不安な気持ちを抑え込み、教官の言葉を待った。
「カトルは性別を偽っていた為に、この施設から退所することが決まった」
その瞬間、俺は意識を失いその場に倒れ込むのであった。