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12話 森の王者②

 どうしてこうなってしまったのか。

 俺は今、巨大な熊と対峙している。
 農場から脱走した豚を摑まえる簡単なクエストの筈だったのに、気が付いたら熊討伐の乱入クエストに変わっていたんだ。

 と、冗談はさておき。

 とにかく、カトルとシタールを逃がす為に、時間稼ぎをすると言った手前いきなり弱音は吐きたくないが、ぶっちゃけ超怖い。

 まずこの熊がデカい、むちゃくちゃデカい。
 立ち上がるとゆうに2メートルを越える化け物である。
 俺の身長が今148センチくらいだから、俺の上に中学生が一人乗っかっているくらいのデカさだ。

 そして、あの手だ。16オンスグローブを付けているくらいの素手の先にナイフみたいな爪が生えている。
 そんでもって牙、あれが怖い、もうとんでもなく怖い。
 あんなので腕とか噛まれたら、一撃で引き千切れるだろう。

 そんな熊を相手にどうやって時間を稼ぐかって。
 そりゃもうとにかく逃げ回るしかないだろう。
 戦って倒せる相手じゃないなんてことは火を見るよりも明らかだ。
 だいたい俺の攻撃なんて当たるわけがない。

 俺の知る限り、生身で熊と戦って勝ったのなんて鷹○守くらいだ。
 あの人だってミドル級のボクサーで、相手はツキノワグマ。同じくらいの身長で、腕の長さ(リーチ)だって同じくらいだから、攻撃も当たった。
 て言うか漫画の話だ。

 ミニマム級の俺がヘビー級のボクサーと戦った場合、平均リーチ差は約30~40cmくらいになる。
 この熊とはそれ以上の差がでるのだ。当たるわけがない。
 と言うか、俺の体重で打ったパンチが効くわけがない。

 というわけで、今はとにかく逃げ回るしかない。
 幸いこの身体(ロイム)は、小さくて小回りも利くし、なにより前の身体(本田)の時にはなかったリズム感が非常に良い。
 これは練習中に気が付いたのだが、以前よりもフットワークが軽快に踏める気がしたのだ。

 フットワークを駆使して全力でアウトボックスをし続けてやる。

 俺は恐怖心を抑え込むようにステップのリズムを上げていく。
 熊の呼吸に合わせるように、相手の攻撃のリズムを掴むんだ。

 次の瞬間、熊の右フックが飛んできた。
 俺はバックステップでそれを躱すと、熊の右手側に回り込んで背後に逃げる。

 よし、相手の攻撃は見えるぞ。

 これは、集中できているのもあるし、熊の攻撃はボクサーのパンチのように洗練されたパンチではないので、初期動作がわかりやすかった。
 この調子で躱し続けていれば、すぐに大人達が駆けつけて来るだろう。

 熊は俺の方へ向き直ると再び爪で攻撃。
 その攻撃も難なく躱す。

 そんな感じで二度、三度、熊の攻撃を躱しては距離を取ると言うのを繰り返した。

「へっへー、バーカ! 誰がそんなテレフォンパンチをもらうかよっ!」

 舌を出して挑発するのだが、熊に言葉が通じるわけがない。

 すると熊は両手を地面について四足の態勢になる。
 それでも頭の高さは俺よりも20cmくらい高い。

 あれ? て言うか、こんな態勢の相手と戦ったことなんてないな?

 そんな風に思っていると、熊は口を大きく開けて吼えると威嚇してきた。

 動物の威嚇行為、あれは本当に意味があるのだと俺は思った。
 殺気の籠った野生の攻撃的気配を浴びた瞬間、文字通り俺は足が竦んでしまった。

 それはほんの一瞬であった。
 本当に一瞬の隙だったのに、熊はそれを見逃さなかった。
 俺の足が止まった瞬間熊は猛突進。
 俺はすぐに立て直し突進を躱したと思ったのだが、熊の爪の先が右肩を掠めていた。

 ほんの少し先っちょが掠っただけなのに、俺はまるでブロックレンガで殴られたかのような衝撃を受けると地面を転がった。

 なにが起きたのかわからなかった。
 新人王戦の時に戦った相手、坂本の右フックもこれくらいの威力だった気がする。
 あれは防げたのに、ああそうか、今の俺は体重が軽いもんな。

 そんなことを考えながら俺は地面に横たわっていた。

 俺はもう、熊のことなんて目に入っていなかった。
 脳裏に浮かぶのは、新人トーナメントで戦った強敵達の姿、そしてチャンピオンの姿。
 それが走馬灯のように……って、これ走馬灯じゃん!

 やべえやべえやべえ! え、俺また死ぬの? 転生してまだ半年も経ってないのに?
 嫌だ、死にたくない。せっかくこっちの世界にも慣れてきたってのに、あいつらにもまだ教えたいことがいっぱいあるのに。
 こんな所で、熊に喰われて死ぬのなんて嫌だ!

「死ねるかよおおおおおおおおっ!」

 俺は立ち上がると再びファイティングポーズを取る。
 ふざけんなよ、ただで死ぬかよ。せめて一矢報いてやるぜ熊公。
 てめえが飛び掛かってきた瞬間、カウンターを目にぶち込んでやる。

「こいやああああ! この獣がああああああああっ!」

 叫んだ瞬間、俺の気迫に気圧されたのか熊は一瞬たじろぐのだが、突進する態勢に入った。

 さあ来い! 渾身の右をお見舞いしてやるぜ。

 覚悟を決めたその時、頭上から声が響いた。

「ナイス闘志だ、ぼうず」

 そして、山中に悲鳴が響いた。

 それは俺の悲鳴ではなく、熊の咆哮であった。
 目の前の熊は仰け反ると、眉間から真っ赤な血を噴き出している。
 そして、俺の頭上には真っ直ぐに伸びた白い腕と、その先にある拳であった。

 俺はゆっくりと振り返る。
 そこには、金髪碧眼の美青年。
 まるでギリシャ神話を描いた絵画のような、そんな青年が拳を突き出して立っていた。

 革の鎧を着こんだ青年は俺の頭を撫でると、羽織っていた白いマントを俺に投げつける。

「すぐに終わらせるからそこで見ていろ」

 そういうと青年はファイティングポーズを取った。

 熊の闘志もまだ衰えてはいない、眉間から血を流しながらも青年を威嚇すると再び突進してくる。
 青年は再び、熊の眉間に拳を叩きこむ。二発、三発、四発、左右の連打だ。
 素手だと思っていたが、メリケンサックのようなものを拳に嵌めていた。
 あのパンチをもし人間が喰らったら、一撃で頭蓋骨は粉砕されるだろう。

 気が付くと、熊はよろよろとよろけて、前のめりに突っ伏してダウンしていた。

 それでも青年は手を止めない。
 最後に全体重を乗せた右拳を、地面に向かって熊の頭に叩きこむと、熊は血の泡を噴きながら絶命するのであった。

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