御子柴のヤキモチ勉強会⑯
―――どうして・・・どうしてよりにもよって、倒れたのがコウなんだよ!
御子紫は真宮からその連絡を聞いた後、すぐ椎野と一緒に病院へ向かって駆け出した。 “今はコウと会いたくない”という理由はつけられない。
何故ならば、今の彼は命に関わる状態なのだから。 だから当然御子紫は、仲間のいる病院へ向かった。 だが――――
―――あれ・・・俺は、コウのことを心配してんのか?
御子紫は、分からなかった。
―――いや、違う・・・。
―――コウのことを心配してんなら、何なんだよ、この違和感・・・。
―――何でこんなに、胸が熱くなって苦しくなるんだよ!
そう――――御子紫はコウの心配よりも、コウに対する怒りの方が強くなっていたのだ。
今コウは倒れて病院にいるというのに、どうしてこんなにも怒りが込み上げてくるのだろうか。 その理由は――――自分でも、分かっていた。
「真宮!」
病院へ着くと、病院の入り口付近には数人の仲間が集まっていた。 今ここにいるのは、北野、夜月、真宮、結人の4人だ。
コウが倒れたという連絡を聞いて、ここへ駆け付けてきたのだろう。
「御子紫、椎野! 来るの早かったな」
「そんなことより、コウはどこだ」
真宮が二人の存在に気付きそう口にするが、御子紫は着いて早々コウの居場所を尋ねる。
「いいよ、俺がコウのいるところまで案内する」
そう言って、4人の中で代表して真宮が導いてくれることになった。
御子紫と椎野が彼を先頭にして付いていく中、真宮が二人に向かって口を開く。
「コウの病室にみんながいると邪魔だと思ったから、入り口で待っていたんだ。 コウのところには、今優がいるよ」
―――あぁ・・・優か。
優がコウの隣にいるということを聞いても、今の御子紫は何も感じなかった。 普段ならここで少しでも嫉妬をするところなのだが、今はそれどころではない。
そしてコウのいる病室の前まで着くと、真宮がドアをノックして先に中へと入っていく。 御子紫も彼に続くよう、病室の中へ足を踏み入れると――――
「ッ・・・」
真っ白なベッドと真っ白な布団の中にいる、眠ったままのコウの姿が目に入り――――思わず、言葉が詰まってしまった。
コウの左腕には一本の管が繋がれており、今はきっと点滴をしている最中なのだろう。
「・・・まだ、目覚めていないんだな」
真宮がその姿を見ると、小さな声でそう呟く。 ということは、コウが倒れてからまだ一度も目を開けていないということなのだろうか。
彼は独り言のつもりで言ったように聞こえるが、コウが寝ているベッドの横には椅子があり、そこに座っている優に向かって声をかけていた。
そして優は振り向かずに、なおも眠っている少年を寂しそうな目で見据えながら、小さな声で言葉を発する。
「・・・だから『無理はするな』って、あれ程言ったのにね。 ・・・自業、自得だよ」
「「「・・・」」」
この発言は、優の強がりがかなり強調されていた。 彼の顔が見えなくても、震えていてか細い声から“強がってそう口にしている”と、ここにいる御子紫たちには分かる。
本当はきっと、優は泣き叫びたくて仕方ないのだろう。 いつも隣にいたコウが、今は――――病室で、静かに眠っているのだから。
優の発言に対しこの場にいる彼らは黙り込んでしまうが、真宮がふとあることを思い出し御子紫と椎野に向かって口を開いた。
「あ、でもコウは心配ないって。 ストレスで倒れたらしい」
「・・・ストレス?」
「あぁ」
「ストレスで倒れることなんてあるのか?」
御子紫の言葉に返事をし、次に椎野がそのようなことを尋ねる。 その問いに対し、真宮は先刻医者から聞いたことをそのまま二人に伝えた。
「えっと確か・・・ストレスが原因の、血管迷走神経反射、だっけ」
「何それ?」
「自律神経系が急に機能を失うと、血圧とかが低くなるから脳に血液が循環しにくくなって、めまいや失神を起こす病気って、さっき先生が言っていたよ」
「へぇ・・・」
「ストレスで倒れることとか、よくあるみたい」
「マジで?」
「うん。 でもこの点滴が終わったら、そのまま帰ってもいいってさ。 ・・・つっても、本人が目覚めてくれなきゃ話になんないんだけど」
椎野と倒れた原因を話し、彼は最後に苦笑いをする。 一応“帰れる”という言葉を聞いて、みんなは安心したのだろう。
コウが本当に重たい病気で目覚めないのなら、この病室で見守っているはずだ。 だから倒れた本当の原因を聞けば、みんなはロビーにいてもおかしくないと今となって思う。
「俺たちが、コウのストレスに気が付かなかったのがいけないのかな」
その発言を聞いて椎野が悔しそうな顔でそう口にすると、真宮はすぐさま言葉を返した。
「いや。 仮に俺たちがコウの異変に気付いたとしても、コウのことだからどうせ『大丈夫』の一点張りだろ」
「・・・そうか」
そう返した後、真宮は御子紫の方へ視線を移動させ口を開く。
「御子紫。 ・・・ちょっと、廊下で話そうか」
先刻からずっと黙ったままでいる御子紫を気遣い、病室には優と椎野を残して二人は廊下へ出た。
コウの病室から10メートル離れたところにベンチがあり、同時にそこへ腰を下ろす。
「まず、来てくれてありがとな」
「・・・」
優しい表情をしながら真宮はそう言うが、御子紫は複雑そうな顔をしたまま俯いた。 それを見て、直球で尋ねてくる。
「コウが倒れたって聞いて、どう思った?」
「え?」
「御子紫いわく、コウは人間じゃないんだろ」
「ッ・・・」
その言葉を聞いて、一瞬動揺を見せた。
「コウは・・・人間、だったんだ・・・」
「俺は最初からそう言っていたよ」
御子紫はこの時“コウは人間である”と確信した。 人間でなければ、倒れたりなんてしない。
だから今の彼の状態を見て“倒れたのは本当だったんだ”と思うと、そう確信せざるを得なかった。
だけど御子紫は――――そんなコウが、許せなかったのだ。
「俺は・・・許せない」
「ん?」
「・・・どうしてコウが倒れたんだよ。 どうしてコウが倒れたりなんかしたんだよ! 俺は今までコウのことは完璧な存在だと思っていた。
倒れたりなんてしないし、当然風邪も引かないと思っていた! ・・・実際、今までもそうだったじゃないか。
コウが風邪を引いているところなんて一度も見たことがないし、喧嘩以外で倒れたところも見たことがない。 なのに何で今となって、倒れたりしたんだよ!」
その言葉らを聞いた真宮は、優しい口調で言葉を返す。
「その怒りを、コウが目覚めたら直接ぶつけてやれ」
「・・・」
感情的になっている御子紫を落ち着かせるよう、そう言葉を放った後――――二人の前に、椎野が現れた。
「ちょっといいかな? お二人さん」
「「?」」
“口を挟むのが申し訳ない”という表情をしながらそう言ってきた彼を、二人は同時に見据える。 そして――――
「コウが、目覚めたよ」
「ッ・・・」
その言葉を聞くと、少し反応してしまう。 そんな御子紫に、真宮はもう一度口を開いた。
「ほら、御子紫。 行ってこいよ」