御子柴のヤキモチ勉強会⑮
月曜日 日中 沙楽学園1年1組
『コウは、人間だよ』
―――・・・ッ。
昨日真宮から言われたこの一言。 どうして自分は、あの発言に反応してしまったのだろうか。
かつてこの言葉は椎野にも似たようなことを言われたことはあるのだが、昨日も聞いたあの言葉とは捉え方が違った。 コウは当然人間である。
だけどどうして、こんなにも心には違和感しか残らないのだろうか。 胸中が――――ざわめき出す。
―――俺は・・・何がしたいんだよ。
苦しさのあまり、御子紫は右手で左胸のところに手を当て服を思い切り握り締めた。 だけど御子紫は、ただ気付いていないだけである。
自分がコウに対しての思いが変わり、苦しんでいる原因。
それは――――コウがあまりにも完璧な人物だと強く思い込んでしまったがために、今自分が苦しんでいるということを。
そう、これは全て、御子紫が彼に対してそう思い込んでいるだけだった。 もしここで完璧な存在だと認めていなかったら、今こんなにも苦しむ必要はなかっただろう。
コウに対して憎く思う気持ち、自分が惨めになっていくこの気持ち――――
こうなってしまったのも、御子紫が“コウを完璧な存在だと認めているから”ということだった。 彼の評価がもっと低ければ、こんな気持ちにはなっていない。
この本当の原因を――――この時の御子紫は、まだ気付いていなかった。
今日はテスト一日目。 昨日真宮と一緒に最後の勉強の追い込みをし、何とか無事にテストを終えることができた。
苦手な数学のテストは今日であり、コウのことで思い悩んでいる中、自分の感情を無理矢理押し殺しテストに集中する。
“コウのことは後で悩めばいいから、今はテストに集中だ”と、自分に何度も言い聞かせながら。
テスト一日目の3教科、苦しい気持ちと葛藤しながらも何とか全て一通り解き終えた。 そして学校は午前中で終わり、今日はもう解散。
昨日真宮は『昇降口で待っていてくれてもいい』と言っていたが、御子紫は今一人になりたかったためそのまま帰ろうとした。
北野たちは今日もこの後、最後の勉強会を開くのだろう。 だけど御子紫は彼らに会う気持ちにはなれなかったため、素直に自分の家へ向かおうとした。
バッグを持ち、教室から出る。 そして廊下の角を曲がろうとした、その瞬間――――
「御子紫!」
「ッ・・・」
突如、聞き慣れた声に呼び止められた。 当然御子紫は、振り返らなくても相手が誰だか分かっている。
だから振り向かずにその場に足を止め、彼から出る次の言葉を待った。
「俺、何かした?」
「何もしていない」
なおも振り返らないまま、冷静な口調で言葉を返す。
「じゃあ、だったら」
「コウ何をしているの! 体調悪いなら、早く帰らないと! 早く家行って休まなきゃ」
再び聞き慣れた違う声が聞こえると、御子紫は思わずコウのいる後ろへ振り返ってしまった。
「え・・・。 コウ、体調悪いのか?」
「あ、御子紫! ちょっと昨日から、コウの体調が少しおかしくてね。 ところで、二人で何を話していたの?」
コウの隣にいた優が御子紫の存在に気付き、コウの代弁する。 そしてそのまま二人に向かって尋ねるが、その問いには互いに答えなかった。
「御子紫。 俺に不満があるなら言ってくれ」
「・・・は」
「言ってくれなきゃ、俺は分かんねぇよ」
優の質問をスルーし、コウは御子紫に声をかけ続ける。 だが御子紫はその言葉を聞いた瞬間、それが気に障り――――思わず大きな声を張り上げてしまった。
「別に不満なんてねぇよ! 自分勝手で悪いけど、しばらく俺には関わらないでくれ! ・・・そんなに俺を、見下しやがって」
「え・・・。 あ、御子紫」
そう言い放した後、返事も聞かずに早足でその場から立ち去る。 コウはそんな御子紫を止めようとするが、その気持ちはこちらには届かなかった。
―――頼むから、もう俺には関わらないでくれ・・・!
―――そうしないと、俺がどんどんおかしくなっちまう・・・ッ!
そして御子紫は、家に帰る気にはなれず正彩公園へと足を運ぶ。 明日もテストがあるため、結黄賊のみんなは今日も家へ帰って勉強することだろう。
だから誰もここへは来ないと思い、この公園へ向かったのだ。 気分転換を、するために。
―――・・・どうして俺は、素直になれないんだろう。
公園のベンチに座り、感情的になった気持ちを何とか静めようとした。 そして数分後、大分気持ちが落ち着くと今となって後悔する。
―――何で、あんなことをコウに言っちまったかな。
―――コウを憎む以前にあんなことを言っちまうなんて、それこそ最低じゃんか・・・ッ!
先程のコウとのやりとりを振り返り、御子紫はより強く確信した。 自分はやはり、彼の前では素直になれない――――と。
―――俺は本当に・・・何がしたいんだよ。
御子紫がベンチに座り、一人頭を抱え悩んでいる中――――突如、一人の少年が現れた。
「あ、いたいた。 御子紫ー!」
「・・・?」
突然名を呼ばれゆっくり顔を上げると、そこにはこちらへ向かって片手を上げながら走ってくる椎野の姿が目に入る。
ここで来たのが椎野ではなくコウだったらより気まずかったと思うと、来てくれたのが彼でよかったと少し安心した。
「先に帰るなよ。 帰る時はいつも一緒だろー?」
「あぁ・・・。 悪い」
「でもよかったよ、今回はすんなりと見つかって。 つか、ここにいるなんて見つけやすいな」
そう言って隣に腰を下ろすと、肩にかけているバックを御子紫の前に差し出す。
「はいこれ。 御子紫が北野の家に置いていったバッグ。 今日もこのまま北野の家に行くならいいけど、今日は行く気分にはなれないんだろ?」
このバッグの中には、御子紫がコウの家に持っていった時と同じものがそのまま入っている。 勉強道具がたくさん。
このままだと勉強ができないと思ったのか、椎野が御子紫を見つけわざわざ届けにきてくれたのだ。
「それは、誰のバッグ?」
自分のバッグを受け取ると、椎野は今御子紫が持っている違うバッグに気付き、そのような質問をしてくる。
「これは真宮の」
「あぁ・・・。 真宮か」
これは昨日、真宮が『手ぶらで学校へ行くのもあれだから、俺のバッグでも持っていけよ。 教科書なら貸してやるからさ』と言ってくれたため、彼から借りたものだ。
真宮は『俺はノートがあれば十分』だと言ってくれ、学校指定のバッグはあるものの沙楽学園はバッグが自由なためそうすることにした。
椎野はその名を聞いて、昨日の事情を何となくだが察してくれたのだろうか。 御子紫のことを優しい目で見据えながら、こう口にした。
「御子紫。 ・・・どんな困難に阻まれて大きな壁にぶつかったとしても、自分だけは見失うなよ」
「・・・あぁ。 ありがとう」
「・・・本当に大丈夫か?」
その発言に素直に礼を言うが、苦笑しながら椎野はそう言葉を返す。 ここで御子紫は『俺は一体何なのか』ということを尋ねようとした。
悩んでも答えは出ないため、仲間に聞こうとしたのだ。 意を決し、口を開いてその言葉を発しようとした途端――――
~♪
いきなり鳴り響く携帯電話。 テスト中は当然電源を切っており、先程電源をつけたばかりだった。
「誰から?」
鳴った携帯の持ち主は御子紫であり、携帯は取り出したが電話にはなかなか出ない御子紫を見て、椎野はそう尋ねてくる。
「・・・夜月から」
「出ねぇの?」
「・・・出たくない」
「じゃあ俺が代わりに出てや・・・あれ、切れちゃった」
椎野が代わりに出ようと御子紫から携帯を受け取ろうとしたが、電話に出る前に切れてしまった。
彼は『まぁいっか』と言いながら今日終えたテストの話をし始めようとするが、ここでまた着信音が鳴り響く。
またもや鳴ったのは御子紫の携帯だったが、今度は電話をかけてきた相手が違った。 先程は夜月からだったが――――今は、真宮から。
彼には昨日かなり世話になり、今持っているバッグのことか、もしくは先に帰ってしまったことについて何か言いたいことでもあるのかと思い、御子紫は電話に出ることにした。
「・・・もしもし?」
『あぁよかった、繋がったよ』
「?」
電話越しから、真宮が少し焦ったような声を出す。 そして――――
『御子紫大変だ。 今すぐ沙楽総合病院へ来てくれ。 ・・・コウが、倒れた』
「・・・え」
御子紫の耳に届いたのは、聞きたくもなかった―――――その言葉だった。