御子柴のヤキモチ勉強会⑭
夜 家の前
どこにも行き場がなくなってしまった御子紫は――――結局、また彼に頼ってしまった。 日向の件と同様、また世話になると思うと悔しくなる。
だけど御子紫は、今の状況に耐えられなかった。 このままだと、自分を見失ってしまいそうな気がした。
だから、自分の話を親身になって聞いてくれそうな彼を選んだのだ。 家のチャイムを鳴らすと、奥からは『はーい』という声が聞こえてくる。
そして少年がドアを開けると、そこには御子紫が立っていたため少し驚いた表情を見せた。 だけどすぐ優しい笑顔になり、御子紫を気遣いながら言葉を紡ぐ。
「いらっしゃい。 よく来たな」
「・・・」
本当はあまり頼りたくないのに、どうしても仲間に頼ってしまう。 そんな申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが、この少年は御子紫を優しく受け入れてくれた。
そして何も言葉を発さない御子紫を、家の中へ入るよう促してくれる。 そんな彼の行為に甘え、中へ足を踏み入れることにした。
「で、何があったんだ?」
御子紫を机の前に座らせ、少年は目の前に飲み物が入ったコップを差し出した。
そしてどこか苦しそうな表情をしている御子紫に、優しくそう尋ねかけた少年――――真宮浩二は、対面するようには座らず斜め前の方へ腰を下ろす。
これはカウンセリングなどでよく使われることで、正面に座ってしまうと相談者は緊張して身を構え、本当の心を打ち明けにくい。
だが真宮のように相談者から見て斜め前のところに座ると、威圧感が感じられないため気を張らなくなり、相談事が話しやすくなるのだ。
そして真宮が聞く態勢になったことを確認すると、御子紫は小さな声で一人の少年の名を口にする。
「・・・コウの、ことで」
「あぁ、コウか」
「えっと・・・」
何から話そうかと迷っていると、真宮が慌てて口を挟んだ。
「あ、待って、言わないで。 俺が当てるから」
「え?」
突然そう言われ黙り込むと、彼はじっくり考えながらゆっくりと言葉を紡いでいく。
「コウといえば・・・自己犠牲をする奴だから、俺たちにまた迷惑をかけて悩んでいるのか・・・」
「・・・」
「もしくは、コウは完璧な奴だから・・・それと比べて自分がどんどん、ちっぽけな人間だと思い始めているのか・・・」
「ッ・・・」
「・・・後者の方か」
御子紫の一瞬の反応を見逃さなかった真宮は、小さな声でそう呟いた。
「何があったのか、話してくれないか」
なおも優しい口調でそう尋ねられると、戸惑いながらもゆっくりと自分の気持ちを語り始める。
「最初は・・・ユイと同じで、コウには強い憧れを持っていた。 容姿もよくて、優しくて、何でもできて、憧れていたけど・・・。
最近、コウと接する時に素直になれない自分が目立ってきて」
「うん」
「何つーか・・・コウを目の前にするとムキになる。 自分はコウみたいにはなれないけど“俺だってちゃんと存在しているんだ!”って、思わせたくなるんだ」
「・・・うん」
真宮は何も言わずに、御子紫の気持ちを聞き続けた。
「そう思うようになってから“自分という人間は一体何なんだろう”って、思い始めて・・・。
コウの前でいる俺は本当の自分なのか、それとも違う自分なのかっていうのも、分からなくなってきて・・・。
コウは周りから頼られたりしてちゃんと生きる意味があるのに、俺は何で生きているんだろうって」
「うん」
ここで御子紫は、別の少年の名を口にする。
「このことを、日向に話したんだ。 俺はコウのことをこう思うんだけど、お前はどう思うのかって。
・・・そしたら日向は『そんな完璧な奴がいたら俺は憎くて仕方がない』って、返してきてさ」
「・・・うん」
「俺はずっと、コウが憎いだなんて思ったことがなかった。 でもさっき、コウに直接聞かれたんだ。 『御子紫は俺のことが憎いか?』って・・・」
「・・・」
「俺は、ダチであるコウを憎むなんて最低なことだと思う。 だからそんなことはしてはいけないんだ。
だけど・・・コウに言われてから“本当に俺はコウのことを憎んでいないのか”って、思い始めて。
ダチを憎むなんてことはしちゃいけないのに、でも俺は、コウに対してどう思っているのかよく分からなくなって」
「ッ・・・」
「不安で仕方ないんだ。 憎んでは駄目だ、憎んだら俺は最低だ。 だけど心のどこかで、コウに対して憎んでいる部分があるのかもしれない。
そう考えると、俺は自分が怖くなって、不安になって、俺は、俺は・・・ッ!」
「分かった、もういいよ。 話してくれてありがとな? 御子紫の気持ちは、十分伝わったから」
徐々に感情的になっている御子紫を制御するよう、真宮が自ら口を挟み落ち着かせてくれた。
そして御子紫が冷静になったところで、彼は自分の思いを綴っていく。
「コウは何でもできて、自分が惨めな人間に思えるのは俺も同じさ。 多分この思いは、他のみんなも持っていると思う。
だけど御子紫の場合、他のみんなよりもそれを強く意識し過ぎているだけ。 だから御子紫が思っていることは全然最低なことではないよ。 大丈夫」
「・・・」
「でも、これだけは言わせて」
「・・・?」
一度そこで溜めると――――彼は真剣な表情をして、御子紫のことを見据えながらある一言を放つ。
「コウは、人間だよ」
「ッ・・・」
御子紫はこの時、何を思ったのだろう。 何を、感じたのだろう。 だけど真宮は、御子紫の気持ちは何となくだが分かっていた。
「御子紫がどこまでコウのことを思っているのかまでは分からないけど、コウは人間だ。 宇宙人でもないし、人型ロボットでもないんだよ」
「その証拠はどこにあるんだよ」
「コウの性格に、ちゃんと欠点があるだろ」
「ッ、それは自己犠牲をすることか! 自己犠牲をいいように言えば、ただの優しいお人好しじゃんか!」
「そうかな。 俺はお人好しのこと、悪い意味でしか捉えることができないんだけど」
「ッ・・・」
そして真宮は――――コウについて、語り出した。
この時の彼は、何を考えてそう口にしたのかは分からない。 御子紫のことを思って、コウをわざとけなしていたのか。
それとも――――真宮はコウのことを、本当にずっと前からそう思っていたのか。
「お人好しを言い換えると、優柔不断で自分で決断することができなくて、とりあえず相手の意見にすぐ乗る人。 ・・・うん、まさにコウだな。
その面に関しては、俺はコウのことを尊敬することができない。 コウみたいに人に流されるより、御子紫みたいに自分の意見をちゃんと言える人の方が、俺は尊敬するし好きだよ」
「ッ、真宮・・・」
「・・・自分が憧れている人。 コウのことを悪く言った俺が、嫌いになったか」
「そうじゃ、ないけど・・・。 ・・・本当にコウは、俺たちみたいにちゃんと欠点がある、人間なのか・・・?」
「コウが人間じゃなかったら、一体何なんだよ」
「・・・」
その質問に思わず黙り込んでしまうが家に来た時と比べて大分表情が柔らかくなった御子紫を見て、彼は少し安心した表情を見せる。
「まぁとりあえず、しばらくコウとは距離をおけ。 明日はテストだし、コウとは会う確率少ないだろ。 放課後一人で帰りたくなかったら、昇降口で待っていて」
そして真宮は立ち上がり、御子紫のことを優しい表情で見据えながら言葉を付け足した。
「御子紫のことが心配だから、今日は俺ん家に泊まっていけ。 飯も食わせるし風呂も貸すから。 風呂から出た後は、最後のテスト勉強をするぞ」