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御子柴のヤキモチ勉強会⑰




真宮はそう口にするが、彼は誰よりも先に行動に移した。 なおもベンチに座っている御子紫をその場に残し、真宮は一人でコウのいる病室へと入っていく。
「コウ。 目覚めたみたいでよかったよ」
「ありがとう。 心配かけて悪いな」
今も寝た状態でいるコウに対してそう口にした後、彼は優しい表情でそう言葉を返した。 どうやら今は、優と何かを話していたみたいだ。
だが優は一度もこちらへは顔を向けず、ずっとコウのことを見たままでいる。
「優、一度廊下へ行こうか」
「え?」
ここでやっと、優は後ろへ顔を向けた。 病室のドア付近には御子紫が立っており、更にその後ろには椎野がいて、彼らを静かに見守っている。
「嫌だよ、俺はコウとずっと一緒にいる!」
「いいから、少しだけだよ」
「でも」
真宮は優をここから退室させ、御子紫とコウを二人きりにさせてくれるようだ。 
嫌がってこの場から離れようとしない優を説得し続けると、彼は何かを察したのか素直に言うことを聞いてくれ、渋々病室を後にした。
そんな優に続くよう、真宮もこの病室から出ていく。 そして椎野も事情を察してくれたのか、何も言わずに廊下へ出て、ドアを静かに閉めた。
彼らのおかげで今ここにいるのは、なおもベッドの上で横になったままこちらを見ているコウと、なおもドアの前で一人突っ立っている御子紫だけ。
そこで御子紫は覚悟を決め、コウの方へゆっくりと近付いていく。 
椅子に座る気分ではなかったのだが、コウがずっと高い位置のものを見ているのは厳しいだろうと思い、仕方なく優の座っていた椅子に腰をかけた。
そしてそんな御子紫のことを、不思議そうな表情でコウが見据えていると――――御子紫は俯いている状態から一気に顔を上げ、彼のことを見据えながら強い口調で言い放つ。

「コウ! お前、どうして倒れたりなんかしたんだよ!」

「・・・え?」

突然な言葉にコウは思わず聞き返してしまうが、御子紫の怒りは簡単には治まらない。
「どうして・・・どうして、倒れたのがコウなんだよ! コウは・・・完璧な存在なんだから、倒れないはずだろ!」
少し目に涙を浮かべながらそう発した声は、力強いものではあったが少し震えていた。 
声だけでも十分に御子紫の思いは伝わるのだが、その様子を見たコウは少し視線をずらし、小さな声で一言を返す。

「だって俺・・・完璧じゃないし」

「ッ・・・」

その放たれた言葉の意味は――――御子紫でも、理解していた。 だが、そんなことでは彼に対しての怒りは治まらない。
「じゃあせめて! せめて俺の前では完璧でいてくれよ! 俺は・・・コウのことを、完璧な奴だと思っているんだ。 だからッ・・・その夢を、壊すなよ・・・!
 簡単に壊すなよ!」
「・・・」
「俺は、いつも通りのコウでいてくれなきゃ、嫌なんだ・・・。 そうじゃないと、俺がどんどんおかしくなっちまう・・・!
 コウが完璧な人間じゃないと、俺はおかしくなっちまうんだよ! なのに・・・なのにどうして、倒れたりなんてしたんだ・・・ッ!」
「・・・」
自分の怒りをコウにぶつけた御子紫は一度少しの間を置き、再び彼のことを鋭い目付きで見据え言葉を放した。
「早く俺を殴れよ」
「・・・どうして」
「俺がコウの喧嘩相手になるって言っただろ! だったら早く俺でも殴って、たくさんストレスを解消して、早く元気になっていつも通りのコウに戻ってくれよ!」
その言葉を聞いて、コウは視線をそらしたまま小さな声で呟く。
「それは無理だ」
「どうして!」
「御子紫が避けなかったら意味がない。 ただの置物に殴る趣味なんてないし、相手が避けたりする喧嘩だからこそ本気になって戦って、ストレス解消ができるんだろ」
「じゃあこれからもずっと、ストレスを溜めていく気かよ!」
そして、その言葉を聞いたコウは――――小さく、溜め息をついた。

「・・・分かったよ」

「・・・?」

突然発せられたその言葉の意味が分からず、御子紫は怒鳴るのを止め口を噤む。
「分かった。 言えばいいんだろ」
「言うって・・・。 何を」
そしてコウは――――一度大きな深呼吸をし、もう一度大きく息を吸ったところで――――御子紫のことを初めて睨み付け、強い口調で言葉を吐き出した。

「御子紫は、俺のことを過大評価し過ぎだ!」

「え」

コウは――――自分の本心を、綴っていく。
「俺は御子紫が思っている程、完璧な存在じゃねぇ。 だから当然、体調だって崩す。 御子紫はどれだけ俺に期待してんだよ。 
 期待されればされる程、それに対するプレッシャーが大きくなるんだ。 俺はプレッシャーに強くはないから、何度もそれに押し潰されそうになる。
 それに“いつか期待を裏切ってしまうんじゃないか”って、不安にもなる。 そのせいでストレスが溜まっていくこともあるんだ。
 だからそういうのは、できることなら止めてほしい」
「ッ・・・! ・・・ごめん」
御子紫はこんなに強い口調で物を言うコウを、この時になって初めて見た。 いつもと違うコウが、今自分の目の前にいる。 
そのことがあまりにも衝撃的で、素直に今の状況を受け入れることができない。 だからとりあえず御子紫は、動揺した気持ちを持ち合わせたまま謝罪の言葉だけを述べた。
「そういう風に言ってくれるのは嬉しいし期待されんのも嬉しいけど、俺にとってはただ負担がかかるだけなんだ」
「・・・悪い」
少し嫌そうな表情をしながらそう口にしたコウを見て、御子紫は徐々に罪悪感に包まれていく。 だが次の瞬間、彼の表情は少し和らいだ。
自分の思いを吐き出せてスッキリしたのか、コウは御子紫のことを優しい目で見つめながら口を開く。

「御子紫いわく、俺は完璧な存在って言うんなら・・・俺が言う全ても発言も、正しいと思うか?」

「え? そりゃあ・・・もちろん」

その問いに戸惑いながらもそう答えると、彼はこう言葉を返した。
「じゃあ、俺が御子紫の存在を認めればいいんだな」
「・・・それは、どういう意味?」
するとコウは、優しい表情を見せてくる。
「前にも言ったけど、俺は御子紫に憧れている。 だから俺は、今の御子紫のままでいてほしい」
「・・・」
「ほら、今俺は御子紫のことを認めたよ? これで、満足だろ」
なおも優しい目で見据えながらそう口にされると、御子紫は即座に反論した。
「でも俺は! 俺は・・・コウと比べて何もできないし、自慢できることもない。 何でもできるコウを見ると、どんどん自分が惨めに思えてくるんだ・・・」
視線をずらし、少し身体を震わせながらそう吐き出した御子紫を見たコウは――――それでも優しく、言葉を返していく。
「そう思っているのは、御子紫だけさ。 御子紫が俺なんかに憧れて、もし俺みたいになったりでもしたら・・・俺は自分のことが嫌いだから、御子紫のことも嫌いになるよ?」
「ッ、それは・・・! ・・・嫌だ」
「なら、俺の理想である御子紫を、自ら壊すなよ」
「ッ・・・」
そこまで言われてしまうと、何も言えない。 先刻似たようなことをコウに言ってしまったため、今言われた言葉を否定すると平等ではなくなってしまうからだ。
だけど御子紫は、そんな言葉は簡単には受け入れられず――――

「でも、俺は・・・」

「俺の言うことは、絶対なんだろ?」

「ッ・・・!」

そう言われコウの方へ視線を戻すと、彼は優しい表情でこちらを見ていた。 コウは完璧な存在。 
だから当然、彼から発せられた言葉は全て正しいものであり、認めなくてはならない。 そんなコウの最後の一言に、御子紫は本当に何も言えなくなってしまった。
だけど御子紫の心には――――変化があった。

―――コウは・・・今の俺のままでいいって、言ってくれた。
―――俺のちっぽけなこの存在を、認めてくれた。
―――だったら・・・もう少し、自分に自信を持っても・・・いいのかな。

「分かったよ、コウ」
少し目に涙を浮かべながらも、御子紫も負けじと笑顔を見せる。 その笑顔を見たコウは、視線を天井へ戻し、管で繋がれていない右手を天井へ向かって突き出した。
「あー、スッキリした! 本音を言ったの、何か久しぶりな感じがする」
その発言を聞いて、御子紫は確信する。

―――やっぱり、俺に向かって言ったことは全て本音だったんだ。
―――最初は驚いたけど・・・コウの本当の気持ちが、聞けてよかった。

そしてコウは御子紫の方へ視線を戻し、続けて言葉を発する。
「優にも、あまり本当の気持ちは言わないんだぜ。 ・・・今の御子紫になら、言えると思ってな。 迷惑だった?」
申し訳なさそうな表情をしながらそう言われると、御子紫は慌てて首を横に振った。
「ううん。 コウは・・・やっぱり、人間だったんだな」
「え?」
苦笑をこぼしながら言った最後の発言はコウには届いておらず、そのことに関しても御子紫は再び首を横に振る。
「いや、何でもない。 やっぱりコウは、完璧だよ」
眩しい笑みでそう口にした御子紫を見て――――コウも優しい表情になり、言葉を返した。
「俺のことをそんな風に言ってくれるなんて、御子紫は本当にいい奴だな」
コウが今日、倒れてくれたり本当の気持ちを打ち明けたりしてくれてよかった。 
結論を言うと、コウは何でもできて、優しくて、完璧な奴だと思っていたけれど――――ちゃんと、人間らしいところもある。 だけど――――

―――きっと俺の中では、コウは“完璧な存在”として、これからも生き続けるよ。

そして御子紫とコウの仲は、以前よりも大分深まった。 自分が憧れている者との距離が、今回の件で物凄く近付いた気がする。
だけど、そんな幸せに思っているのも束の間――――突如、この部屋にノックの音が鳴り響いた。
「御子紫、コウ」
病室のドアが開くと、そこに姿を現したのは結人であり――――御子紫とコウがその方へ目をやると、彼は二人に向かって真剣な表情で言葉を放つ。

「大変だ。 ・・・未来と悠斗が、不良に囲まれた」


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