9、正々堂々
「そういえば、1号も増田も誰が本庄を殺そうとしているのか知っているのか?」
知っているのならば解放する前に仕返しをする方が、返り討ちにならずに済むだろう。
増田がどんなスキルを使おうが、そう簡単には死なせはしないだろうしある程度気が済むまで殴らせてから回復魔法で怪我を直してやれば恩も売れる。
しかし、2人とも相手が誰であるのか確証はないらしい。
「そうか。ならば解放してどう動くか様子見するしかないな。1号、出してやってくれ」
1号が頷くと、分体達がわらわらと洞窟の外へと出てきて森の中に散っていった。
どうやら、俺達とは行動を共にせずに再び調査に行くらしい。正直あの数のきのこを連れて歩くとか無理すぎるので内心ホッとしたのは内緒だ。
「おい、きのこ! てめぇよくもやってくれたな!」
それからいくらも経たないうちに全身土で汚れたアスーの勇者達が出てきた。
俺達の姿を見つけるなり怒鳴ってきたのは、谷岡の取り巻きである宮田だ。
どうやら1号に手も足も出せないまま拘束された事実を認めたくないらしい。
「落とし穴なんて汚ねぇ手を使わなれなきゃな、てめぇなんぞにやられる俺達じゃないんだよ!」
「そうだそうだ! 卑怯者め! 正々堂々と勝負しやがれ!」
本田まで一緒になって喚き出す。こいつらに正々堂々とか言われてもなぁ。
自業自得とか考えないんだよな、こういうタイプって。反省しない困ったちゃんですこと。
どうあっても1号に仕返ししないと気が済まないと、全員で1号と増田を取り囲む。増田がまたオドオドとした態度に戻ってしまった。あの獰猛さはどこ行ったよ?
『正々堂々と、ねぇ……。体格差ありすぎる上に多勢に無勢、貴様らの方こそ卑怯というものではないか?』
「何だと?!」
俺はルシアちゃんから離れると、1号の前に降り立った。
俺の言葉に真っ先に宮田が釣れる。どちらが上かガツンと教えてやるためにも、奴らの敵意は俺が引き受けようじゃないか。
『貴様らを拘束するよう指示したのは俺様だ。正々堂々の勝負? 受けようじゃないか。格の違いってものを矮小なる貴様らに教えてやろう』
「誰が矮小だ! 雑魚竜にだけは言われたくねぇよ」
「こいつもやっちまおうぜ。暗黒破壊神にやられたってことにすれば良い」
「こいつの後は谷岡さんに歯向かう連中全員やっちまおうぜ」
よし、全員面白いくらいに釣れた。
1号と増田に下がっていろと伝えると、取り囲んでいたアスーの勇者達も邪魔はせず下がっている。二人が下がると再び俺が逃げ出さないようになのか四方を取り囲む。
正々堂々という割には、やはり全員で来るのだろうか? まぁ、それでも問題はない。
『ルシア、皆が巻き込まれないようもっと下がらせろ』
「は、はい!」
オーリエンの勇者達やエミーリオが下がるのを確認する。
それが合図になったようだった。どこからでもかかってこいと言いかけた時には、既にアスーの勇者達が迫ってきていた。
剣や槍が一斉に俺に向かって振り下ろされ差し出され、ガキィィン、と互いの武器にぶつかり金属音を響かせる。
炎の塊が前方から飛んできたと思ったら、後ろから水の塊が飛んできてそれを打ち消し水蒸気が辺りを濃霧で押し包む。
「てめぇら、俺の邪魔すんじゃねぇよ!」
「何よ、あんたこそ邪魔なのよ!」
「お前今わざと俺の魔法を打ち消しただろ!」
視界が効かない中で、醜い言い争いが始まる。
はぁ、やれやれ。これで最強を気取っているとか。いや、普段はそれなりにまとまっているのか? 今は俺に腹を立てすぎて周りが見えなくなっていると考えた方が良いのか。
『貴様ら、ふざけているのか? 全く連携ができていないではないか。これでは避けるまでもないぞ?』
「全員落ち着け。仲間割れはちび竜の思う壺だぞ? 訓練を思い出せ」
「はいっ、谷岡さん!」
さらに挑発をして自滅を誘おうと思ったのだが、谷岡の言葉に急に連携を取り戻した。
谷岡が手を手刀のようにして振り下ろすのを合図に本田を始めとする剣士が一斉に同じ動きで斬りかかり、避けた位置をめがけて槍が衝き出される。それを上空へと飛んで逃げるとタイミングを合わせて複数の炎弾が襲い掛かる。躱そうとすると風が渦を巻いて翼にまとわりつき、さらに炎弾を巻き込み炎の渦巻きを創り出した。
「リージェ様?!」
「やったぁ!」
「おい蜥蜴。素直に負けを認めて俺達の下僕になるってんなら助けてやるぞ?」
俺が炎に巻かれたのを見て歓声が上がる。ルシアちゃんの心配そうな声も聞こえる。
う~ん……。連携は見事だし、炎を打ち消さないよう水魔法ではなく風魔法で炎を大きくする作戦は良いんだが……火力不足だな。熱いことは熱いが、死ぬほどじゃない。
爆発鶏ほどの威力もない、こんなチョロ火じゃ俺は焼けんよ。少しくらい火傷をしたところで回復魔法で治せるしな。
『ふん、俺様を雑魚呼ばわりしていたからどれだけ本気を出せるか楽しみにしていたというのに、この程度か。期待外れだな。次はこちらの番だ』
炎の中から俺の声が聞こえたことで、アスーの勇者達の歓声が止む。
そんな、と狼狽える声も聞こえる。火力を上げろとさらに炎弾を追加する奴もいるが、やはりどうということはない。
俺は勇者達を殺さないよう精密に魔法を操作すべく、ゆっくりとイメージにありったけのMPを練り込んでいった。