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30、式典

「あ、そうだ。楓からこれをリージェにって。探しているって言ってたの、こういうのでも平気か?」

 食堂で注文の品を受け取るのを待っている時、要さんが思い出したように小さな紙袋を取り出した。
 中身を出してもらうと、小さなイヤーカフだった。細くシンプルなリングタイプのシルバーデザインで、ワンポイントで水色に輝く小さな宝石が付いている。

『これを、1号が?』
「そう。香月に必要なんだって?」

 どうやら、ルシアちゃんとの会話を聞いていて、それを要さんに頼んだらしい。
 その話をしていたのって、けっこう遅い時間だと思ったんだけど。よく用意できたな。

「これ、実は日菜子……俺の奥さんが亡くなる少し前にお揃いで欲しいってねだられて買ったものでね。俺も日菜子も仕事の関係でピアスはつけられなかったから。これなら俺でも付けられるでしょって」

 持ってきてくれたのは奥さんが要さんに選んだもので、奥さんが死んでからずっとしまい込んでいたらしい。
 店も開いていない時間だったってのもあるが、それ以上に奥さんが守ってくれそうな気がするからと、大事な形見だろうに持ってきてくれたのだ。

『ルシア、この石を核に結界の力を籠められるか?』
「……大丈夫そうですわ。少し時間をいただけます?」

 イヤーカフに手を翳していたルシアちゃんは、頷くとそれを大事そうに両手で包み込み、祈りを捧げ始めた。
 ルシアちゃんができたと言って手を開くと、宝石の輝きが少しだけ強くなった気がする。

「つけてみてくださいませ」
「う、うん」

 母親の形見と聞いて複雑な顔をしていた本庄がそれを両耳のやや上方につける。
 似合うじゃないか、という要さんの声も聞こえないほど驚いた顔をした。

「聞こえない! あんなに、うるさかったのに!」
「え? 聞こえないって、大丈夫か?!」

 本庄の言葉に要さんが慌てたように本庄の肩に触れる。
 本庄はそんな要さんの顔を見上げて笑った。

「お父さん、僕、こっちに来てからあの力が戻っていたんだ。聞きたくなくても聞こえる。触れてなくても聞こえちゃう。そのくらい強くなって」
「!」

 要さんの顔色が変わる。やはり親だけあって、何のことかわかるのだろう。
 心配そうな顔は、本庄の満面の笑顔につられて笑顔に戻った。

「これ、つけたら今触れているお父さんの考えてることしか聞こえないんだ。だから大丈夫。前みたく、制御できると思う」
「そうか、良かった……。ルシアさん、何をしたかはわからないけれど、本当にありがとう」
「いいえ、うまくいって良かったですわ」
「ありがとう、ルシアさん! お父さんもありがとう! 僕、絶対なくさないように大切にするからね!」

 大量の料理を運んできた店主は、やたら盛り上がっている俺達を不審げに見ていたが、そのまま普通に精算してご機嫌に店を出ていく俺達を笑顔で見送ってくれた。
 さて、これで雑貨屋に行く理由はなくなったのだが。

『本庄、一つ聞きたい。昨日今日で街中を歩いてきて、明後日の勇者の出立式典を妨害しようとか、勇者を害そうとか考えている人間はいたか?』

 そう、これも街中を馬車も使わずに歩き回っていた目的の一つ。
 皇帝が調べてみるとは言っていたが、本庄がいるならばその能力に頼ったほうが早くて正確、信頼もできる。
 本庄は少し考え込むと、すぐに俺がオーリエンの式典のような襲撃を警戒しているのだと察して口を開いた。

「ううん、いないよ。昨日の本田達みたく、街の人に迷惑かけるのが多いから好かれているわけではないけれど。やっと出ていってくれるとか、もう戻ってこないでくれとかその程度」

 式典を邪魔して勇者をどうこうしようと目論む人はアスーにはいなかったらしい。
 なら、大丈夫か。


 心配事がなくなったため、その後は本庄と要さんのイチャイチャタイム。
 何だろうな。本庄って学校だと物静かでお節介な奴程度に思っていたのに、父親の前だとあんなにはしゃぐっつーか子供っぽくなるっつーか。
 高校生にもなってあんなファザコンこじらせてるのって珍しいな。
 そんな二人があちこちで楽しそうに色々買いこむのを見ながら、俺もルシアちゃんに抱かれてついて回る。

 夕方、素行が悪く周囲に迷惑をかけている奴を先に帰すから、たぶん本庄が日本に帰るのは最後の方になるという話をすると、要さんは楓から聞いていると言って、今後はちょくちょく来ると約束をして街を出ていった。
 街の外で人に見られないよう日本に帰るのだ。本庄が寂しそうに見送っていた。

『すぐにまた会えるのだ。そんな顔をするな』
「うん、そうだね。今日は本当にありがとう」

 門が閉じるまでその場で見送り続けた後は、またいつもの本庄に戻っていた。



 翌日は皇帝と式典の打ち合わせに呼び出された。
 式の衣装合わせから、式典の流れ、警備体制、懸念事項などなどの申し送り。

『おい、打ち合わせだろう? 何故俺様の身体を触るのだ』
「えー、だってこの魅惑のぷにぷにをもう触れなくなると思うと寂しくて寂しくて」

 何故か話す間ずっと皇帝が俺を抱っこして全身まさぐってくるので話が全く頭に入らない。
 暗黒破壊神討伐なんてやめてうちの子になってよー、と駄々っ子のようにぐでーっとソファで転がる皇帝の姿に臣下の面々が苦笑いをしている。苦労しているんですね……。
 いい加減にしろ、と言ってルシアちゃんの膝上に逃げると物凄く未練がましい視線で凝視してきた。

「コホン。話を戻すが、先日言われたような怪しい装身具の類は出回っていないそうだ」
『うむ、こちらでも街中で色々見聞きしたが、怪しい動きはなかった』

 勇者を狙う襲撃はないだろうということで皇帝と意見が合致した。
 集めた警備要員などの配置を若干変更し、空き巣などの軽犯罪の警戒をさせるそうだ。



 そして式典当日。
 久々に全員の前に姿を現した本庄の耳に光るイヤーカフに気付いた者達が、ルシアちゃんが(術をかけて)あげたという事実に驚いている。どうやら、本庄とルシアちゃんが付き合っていると完全に誤解されたようだ。
 目つきが危なくなった奴が数名いたが、本庄が他の勇者達から離れてルシアちゃんと同じ馬車に乗って行動することに文句をつける奴はいなかった。……いや、本当はいたけど、2人が付き合っていると誤解した女子達にやり込められていた。女子怖い。ふ、震えてなんかいないぞ!

 その後の式典でもやはり襲撃はなく、街の人が総出でフラワーシャワーを降らす中を出立した。
 本庄が言っていた通り、暗黒破壊神を倒しに行くのを労うというより、厄介者が出ていくことへの歓喜が強いらしく、皆一様に満面の笑顔で手を振っている。
 事情を知らないのは本人達のみ、か。見送られるアスーの勇者達は満足そうにニヤついた笑顔で武器を掲げていた。因みにオーリエンの勇者達は緊張したような面持ちで、照れたようにはにかんで手を振り返していたのが微笑ましかった。

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