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第3話 金髪少女と中坊マスター

バーに来るかそれとも直帰するか?圭人が出した答えはどっちでもなかった

正確に言えば両方だった。一旦家に帰って着替えてから徒歩でバーに向かうことにしたのだ

事務所があるオフィスから自宅はそれほど距離が離れていない。車で10分程度だ

事務所用のは使えないからプライベートの自家用車に乗り込む

型落ちのランボルギーニだがスピードはかなり出る。それに車高が低くて地面とエンジンの振動がビンビン感じられた

10分の運転の後高層ビル群のこれまた中心にあるマンションの地下駐車場に車を乗り入れる。車を降りて地下から直通のエレベーターに乗り込んだ

オートロックの部屋のドアを指紋認証で開ける。真っ暗な部屋の廊下に丸く光る小さな球が2つ圭人のもとへと音もなく近づいてくる

「ただいま、今日も独りきりにして悪かったな、チャム」

そう言って玄関の中へ一歩踏み込むとセンサーが圭人の存在を認識して自動で室内灯が点灯する

ウニャーと言って光る眼の代わりに現れたのは圭人の飼い猫のチャムだった。美しいグレーの毛並みとエメラルドグリーンの瞳を持つ雌のロシアンブルーで、品のある顔つき、緊張感漂う三角の耳、整えられたヒゲはまさにクールビューティーな女といった風情だ

チャムは部屋の中に入ろうとする圭人の足の周りを八の字に回り続ける

「何だよ、そんなに俺がいないのが寂しかったのか?・・・・俺もだよチャム」

圭人はチャムを抱き上げるとリビングへと向かった

圭人のリビングは彼の感覚に完全にカスタマイズされ、一切無駄なものが無く洗練されている。リビングの真ん中にはローテーブルとソファーだけがあり、モニター用の大きなテレビが正面の壁に掛けてある

テーブルの上には黒い筒状のスマートスピーカーがあるだけだ。基本的になんでも自分でやる圭人にとって唯一の必需品であると言える

チャムが身を捩ってやがるので床においてやるとそのまま部屋の隅にある木登りグッズの上の方に身軽に逃げた。全く、猫ってやつはホントに気まぐれだ

「でもまぁ、そこがいいんだけどな」

そう言って圭人は寝室へと向かう。今すぐ着替えれば8時半には出られそうだ

寝室もこれまた簡素で5畳ほどのスペースにベッドとクローゼットと小さなデスクがあるだけだ。デスクの上には写真立てに入った写真が1枚飾られていた

写真には小さな少年と少女が2人で笑いながらピースサインをして写っている

圭人は急いで着替えると写真立ての少女に軽くキスをして部屋を足早に後にした




店内には人がほとんどいなかった。カウンターの反対側で1人で静かに飲んでいる女性客だけだ。帽子を被っていて顔がよく見えないが金髪のツインテールであることだけはわかる

「マスターいつもの」

そう言ってカウンター席に圭人は腰かける。マスターは軽く頷いて木製の箱を目の前に置いて鍵付きの箱を開けて中を見せる

「今日は上物がキューバから入ったよ。どうする?」
「コイ―バか・・・・いくら?」
「5000円、と言いたいがあんたにはいつも贔屓にしてもらってるからな。4500円でどうだい?」

中に入っていたのは20本以上の葉巻だ。風味が命の葉巻は決して水分に晒されることがないように徹底管理されている

その中でもコイ―バというブランドはかなりメジャーで高級な部類だ

「それじゃ合うものを用意しないとな」

そう言ってマスターは氷を砕いてグラスにウィスキーを注ぎロックを作る。その間に圭人は葉巻の先端を丹念に火で炙り早速吸い込んだ

芳醇な香りが口いっぱいに広がる。俺は今日この時の為に生きているって気がするぜ

マスターは灰皿とウィスキーのロックを目の前に置くとつまみを作り始める。手慣れた作業で1分もしないうちに作り終える

「ほらよ、マスタースペシャルだ」

そう言って出されたのがクラッカーの上にクリームチーズと胡椒をふんだんに振りかけたつまみだった

「ありがとな・・・・・・」

そう言いつつも手を付けない圭人を見てマスターはいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、圭人に話しかけてきた

「どうした狩場さん。いつもよりも口数が少ないみたいだな?なんだ女か?ふられてショックが通用するのは中学生までだぜ」

軽いジョークに今日は笑えない。クラッカーに伸ばした手がそのまま固まる

「おいおい、ホントにふられたのかよ・・・・」

このままじゃあらぬ方向に勘違いされると思った圭人は急いで表情を取り繕って返答する
「いやいやいや、そんなことじゃ落ち込まないよ。そうじゃない仕事のことなんだ」
「仕事ぉ?でも狩場さん弁護士先生なんだろ?金だって地位だって持ってるっていうのに何を悩むんだよ?」

不思議そうにマスターが問いかける。だがこれ以上話す気にはなれなかった。大体なんて説明すればいい?俺が依頼人裏切る真似をして人がよさそうなおっさんをカモにしているなんて言ったところでどうなるんだ?

やっぱり今日はいい、帰ろう

そう思った時に反対側の席でマスターを呼ぶ声がした。それにタイミングをずらされて圭人は立ち上がらず再び座り直した

向うの席では酒を注文する相手の顔が一瞬だけ見えた。かなり整った顔つきで若干釣り目、それにかなりの童顔(ベビーフェイス)だった

完全に未成年じゃないかあの子?

こっちの視線に気がついた少女(?)がきっと睨みつけてきたので圭人は慌てて視線をそらす

「すまんすまん、話の続きだったかな?」

マスターが慌てて戻って来て会話を続けようとする。何だよ、そんなに俺と話したかったのか?

だがそのひょこひょこ行ったり来たりする小動物的な様子がマスターの容姿とのギャップで図らずも笑ってしまった

「まぁ、なんだ、大した話じゃない。この世界でやってると色々と、その、誘惑的なものが多くてな。それで今日は仕事関係で悩んでた」

ここまで言うとマスターはしたり顔でははーんと頷く。結構腹立つなその顔。

「何だよ、誘惑って。はっきり言えばいいじゃないか。女だろ?お・ん・な。じゃあ俺の言ってたことは当たってたわけか」
こいつダンディーな顔して頭の中はオ○○―覚えたての思春期中学生か!

アホらしいと思い圭人は再び席を立ち上がろうとする。だが今度は真面目なトーンでマスターがこう言った

「悪かったよ、からかって。それで、その誘惑ってやつに今回は勝てたのか?」

そのセリフに一瞬ドキッとして顔の表情が固まったがすぐに平静を取り戻した

「ああ・・・・・・いや、ダメだったかもな」
「だめ、か?何があったんだい」

なぜこんなことを名前も知らない他人に話しているのだろうと思いながら圭人はポツリポツリと話し始める

「そんなつもりはなかったんだがな・・・・俺は、俺はどうしてもあそで都合のいいことばかり考えてしまった。人を騙して、・・・・自分の利益を優先したんだ・・・・でも、でもよ、俺には時間が無かった!俺のせいか?!俺が、おれがっ」

話している内にすっかり大声で支離滅裂なことを喋っているのに気が付いて少し恥ずかしくなる。マスターは何も言わずただ黙って聞き続けるだけだ

時計がボーンとなって11時を告げた。予想より時間が経っている。1時間近くここにいた計算だ

明日も早い、そろそろ出るかと今度こそ席を立つ

と同時に向う側でも金髪ツインテ童顔の少女が立ち上がった。やっぱりかなり小柄だ。170センチ前後の圭人よりも大分小さい。中学生だと言っても通用する

マスターは先に少女の会計から済ませる。自分の後ろをツカツカと高いヒールの靴で通り過ぎて階段を上る少女を尻目に圭人は財布を取り出して尋ねる

「いくら?」
「あー、5万だな」
「オマエチョットマテ」
結局支払いは葉巻と酒代の合計で5500円だった



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