第4話 弁護士稼業終了のお知らせ
地上に上がると圭人は駅の方角へと向かう。夜11時で平日ということもありさすがの新宿も人は少ない
上着のポケットに両手を突っ込んで歩きながらタクシーを探す。今日はもう電車で帰る気分じゃない。駅まで近道をしようと路地裏に圭人は抜ける
路地裏はここが本当に新宿かと思えるくらい人気が無い。それに人がすれ違うのがようやく、くらいの狭さだ
向うから人影が近づいてくるのが見える。この狭さじゃすれ違うのがやっとだ
圭人は大人しく相手に道を譲った。フードつきのウィンドブレイカーを着ていて、路地の薄暗さと相まって顔がほとんど見えない
2人の人影が一瞬交錯する。その瞬間に圭人は腹に鋭い痛みを感じた
下腹部が猛烈にいてぇ・・・・
「え・・・・?はぁ?」
「ようやくとらえた、あの時の恨みだ。死にやがれクソ野郎が!」
フードの中の相手の顔を見ても全く誰だか分からない。髭面の中年、こんな男に恨まれる覚えはない。焼けるような腹の痛みだ
見ると大量の血が腹に刺さったナイフを伝って絵の具の水のようにアスファルトの上に落ちて弾けている。もう自分の体だという実感もない。あるのはただの熱のみ
「へへへ、俺が誰だかわからねーって顔してるな?このクズが。どうせ蹴り飛ばした石ころなんて覚えてないんだろ!?だがよ、こっちは一生忘れないぜ。だからここでこうしてその時の復讐をさせてもらったってわけさ」
「復讐だと?!おれ、は、テメーに、恨まれ、る、おぼえなんか、ねーぞ」
息も絶え絶えに圭人は反論する。体中に力が入らない。耳も聞こえない
髭面の男は何か喚いて圭人を思い切り蹴り飛ばした
バンっと思いきり後ろに飛ばされて受け身も取れず路上にあおむけに倒れる
男は圭人を見下ろすとこう言い放った
「テメーにとっては路傍の石ころでもよ。こっちはちゃんと生きてるんだ。大変だったぜこの3年間。お前とお前の依頼人にカモにされて俺の会社は倒産した。大量の借金を抱えて家族も従業員も、そして俺自身の人生も失った!全部・・・・テメーのせいでな!!!」
そう言って男は圭人の顔面に唾を吐き出した。べちゃっと生暖かいそれが顔を伝う
体温がどんどん下がっていく。寒さを感じ震えるはずの体が全く反応しない。そして死の匂いを鼻腔が感じ取った
―――おれは死ぬのか、こんなところで、こんな様で
足音がどこかに去っていくのだけは辛うじて聞き取れた。路地裏に再び静けさが戻る
視界が薄ぼんやりしていく中で誰かが近づいてくるのが見えた。ただの人影しか見えない
「因果応報ね、狩場圭人」
全精力を眼球に集中させてようやく相手の顔を捉えた。目の前でしゃがみながら自分を見ていたのはさっきバーにいた金髪少女だ
「お前はさっきの」
みなまで言わせず少女は指で圭人の口を押えてただこう言った
「言葉はここで入らないわ、懺悔の時間よ」
そう言って少女と圭人の姿は路地裏から消え失せた