第2話 バブみの極み
午後の仕事は滞りなく終わった。
3件の企業法務(企業の法的問題を解決したりアドバイスしたりする仕事)を片付け終わったころには8時を回っていた。
圭人は応接室のソファーに腰を下ろしてふーっと一息つく。
ぼぉーっと午前中のことを考えていると若菜が部屋に入ってきた。
「お茶はいりましたよ。冷めないうちに飲んでください」
小さいからだを精一杯使ってちょこちょこっと若菜が紅茶を運んできた。圭人はそれを受け取ってどもっと小さく礼を言った。
しかし猫舌のせいで上手く飲めない。ふーふーっと必死に冷ましていると若菜が横を向いてくすっと笑った。
「何だよそんなに面白いか?」
「え、・・・・ああすみません。あれだけお仕事をバリバリ頑張ってるのに紅茶を猫舌で飲めないなんて可愛いなと思ったもので」
「何だよからかうなよな。まったく」
小声で照れるだろ、と聞こえないように言いつつ、圭人は机の上においてある煙草に再び手を伸ばした。
しかし指先が箱に届くかどうかというところでビシッと若菜に手を叩かれる。
「めっ!ダメですよぅ、体に悪いものなんですから今日はもうおしまい」
若菜は指を左右に振って俺をたしなめるとそのまま煙草の箱を取り上げてスーツの胸ポケットにしまう。体型の割に大きな胸が煙草の箱の形で若干へこんだ。
こ、これはこれでなかなかいいものが・・・・・・
圭人が鼻の下を伸ばしているのを若菜は女の勘で鋭く察知する。
「なーんて顔してるんですか?全くもう、エッチなのは絶対ダメなんですからね。セクハラですよ」
「い、いや俺は別に」
そんなこと言いながらも若干が声は上ずっている自分自身を感じる圭人だった。
「圭人さん、何か心配事でもあるんですか?」
若菜は今度は女性特有の優しさがそうさせるのだろうか?圭人が午前中からずっと引きずってきたものがあることをやんわりと指摘する。
このあまりにも甘すぎる優しさに一瞬むせ返りそうになる。だがここでは泣けない。だって俺にはそんなことで力を減らしている余裕はないから。
「いや何でもないよ。ただ疲れてるんだ。一過性のものだから帰って寝れば治るよ」
「そうですか・・・・ならいいですけど辛かったらいつでも言ってくださいね」
「じゃその時はその超絶魅惑ボディーでバブみの極みを・・・・」
「エッチなのは訴訟案件ですから!!」
強烈な拒否反応を真っ赤になりながら若菜は示した。やばい、いい女ってのはこういうのを言うんだろうな
圭人は笑いながら立ち上がって部屋を出た。この一笑いで一気に疲れが吹き飛んだ気がした。
上着を羽織ってこの後家にまっすぐ帰るか、バーによって一杯やっていくかを考えながら若菜にさよならを言ってオフィスを後にする。
そしてこの時が若菜をこっちで見た最後だった。