第1話 不良弁護士登場
「お願いします、どうか、どうかこの条件だけはやめていただきたい」
目の前には下請け中小企業のいい年した社長が床に頭をこすりつけて土下座している。禿げた頭頂部が哀愁を漂わせている
「いやぁ、葛西社長いくら土下座されてもわたしにはどうしようも出来ない訳ですよ」
おっさんをいじめるようないやーな仕事をしているのは俺、「
サイドを3ミリくらいのツーブロックで若干顎に髭を生やしている21歳若手のイケイケ弁護士、それが俺だ。
「大体ね社長、最初に違約があったのはそちらの落ち度でしょう?それを私たちに責任転嫁されてもね」
圭人はそう言って応接室のソファーにどかっと座って足を組んだ。嫌な役回りだ。こんな嫌われものを演じるっていうのも。だが俺は受任者だ。依頼人の望みを果たさなければならない。
「そんなっ、責任転嫁だなんて思ってもいません!ただ納期をほんの少し遅れたくらいで総ての依頼を引き上げるだなんてそんなの酷すぎますよ」
足元にはもう涙目になっている社長がいる。俺がただの不良だったらここで雨に打たれないように制服の中に入れて家まで持っていくんだろうけどな
だが俺は弁護士だ。そんな情に流されるような真似はしない
「わたしはですね葛西さん。今回の一件について全権を委任されています。ということはあなたの会社も生かすも殺すもわたし次第、ということになりますねぇ?」
「は、はぁ?」
そういいつつ俺は頭の中でこずるい計算をした。依頼人には今までの料金の7から8割で手を打つように言われている。
「わたしは依頼人の企業様に代金を7割で契約を更新し直すように言われています」
「な、7割なんて・・・・そんなことをされてはうちは潰れてしまいます!どうか、どうか何とかしていただけないでしょうか?!」
くくぅとおっさんは遂にむせび泣き始める。それを見て多少とも気の毒だと思わない人間はいない。もちろん圭人もその口だ、だが・・・・
「そこでですね葛西さん。今回はいいお話を、ウィンウィンとなるお話をわたしがまとめて差し上げましょう」
その一言を聞くと葛西の目がパッと輝いた。まさに地獄に仏と言った表情だ。だが残念ながら目の前にいるのは仏面した鬼なのだが。
「代金は従来の7割8分としましょう。これは特別ですよ、葛西さんのお人柄がわたしをそうさせたんです」
一ミリも思っていないことをいけしゃーしゃーと言える自分が怖い。職業病なのだろうか?
「本当ですか、ありがとうございます。これでわが社も救われます!」
この次の一言を提案したとき、自分の心の隅で黒い魔物が
「ただしですね、提案があるんですよ・・・・」
圭人は15分後その会社を出た。後ろではいつまでも頭を下げて感謝している社長がいる。
「ホント、時々自分のやってることが嫌になってくるぜ」
圭人はほんの15分前に自分が提案した内容を脳内で反芻<<はんすう>>した。
圭人が相手に提案した内容は依頼人である元請けには今までの8割の額で納入する。そして残りの2%を圭人個人へのキックバックとして要求した。つまり依頼人の会社は20%得、圭人自身は2%、そして葛西の会社は8%損失を抑えることが出来たというわけだ
しかし、これは完全に依頼人に対する背任行為(依頼内人に対する裏切り)に当たる。
「ばれたらクビどころか刑事事件にもなりかねねーな」
そう言って会社の前の路肩に停めた高級外車に圭人は乗り込んだ。運転手が事務所まで一気に車を走らせる。
東京虎の門━ 東京の中心にして弁護士の聖地。大手と言われる巨大弁護士事務所が軒を揃える弁護士業界最激戦区がここだ。
そこの一等地にある一際高いビルの中ほどに圭人の事務所はある。
エレベーターをおりて目の前のオフィスには「狩場弁護士事務所」と黒い縁取りの金色の文字でデカデカと書かれている。
扉を開けてオフィス内に入ると受付の「
「あ、お疲れ様です。圭人さん」
そう言って若菜は小柄な体でとととっと駆けて来る。美しい黒髪がなびいて結構いい匂いがする。顏は一級品だが体型はちょっとロリ寄り、こんなこと言ったら頬を張られそうだが。
「はいこれどーぞ。午後からの仕事です」
渡されたのタブレットと分厚い資料の山。両手で持っても落としそうになる。
「了解、ところで若菜これの関連資料合っただろ?」
そう言って圭人は指先で3番目の資料を指さす。すると若菜はにっこり笑ってこう言った。
「もう奥の部屋の机の上に置きましたよ、それにタブレットにも関連のパワポ、入れておきましたから」
流石に可愛いだけじゃなくて仕事も出来る有能さを兼ね備えている。
満足して圭人は奥の応接室に行って資料を確認する。細かい書き込みや資料をプレゼンする効果的な順番まで書き込まれている。
「相変わらず有能過ぎんのよねあいつは」
実際なぜ俺のところにやって来たのか不思議になるくらいの優秀さだ。勢いだけある実績も実力もいまいちの自分の所に来るよりなら他の大手事務所に行っても仕事があったはずだ。
資料に目をやりながら胸元のポケットから煙草を取り出す。仕事前や大仕事をした後は必ず煙草を吸う。圭人のルーチンだ。
紫煙を吐き出しながら午後の一時を一瞬だけ楽しむ。業務完了メールをさっきの依頼人へと送る。
数字は当然8割、仕事の範囲内。それなのに今後葛西の会社が依頼人から受注を受けるたびに2%が自分の懐へ何もしなくても入って来る。それなのにあの社長は感謝さえする
「理不尽な世の中だよな。まったく」
そう言って圭人は煙草の吸殻を灰皿へと捨てた。