御子柴のヤキモチ勉強会⑦
昼休み 廊下
午前の授業を終えた後、御子紫はスクールバッグを肩にかけ教室から出る。 昼休みはいつも結黄賊の仲間と昼食をとっているため、今から空き教室へ向かおうとしていた。
そこは5組の隣にあり、御子紫のクラスの1組からは一番距離が遠い。 そんな長い廊下を俯きながら歩き、先刻日向と話していた内容を思い出す。
―――コウが・・・憎いだなんて・・・。
―――俺は、そんなこと・・・ッ!
『もしも本当にそんな奴がいるとしたら・・・俺は、ソイツが憎くて仕方ないけどな』
日向に言われた、最後のこの一言。 この一言だけが、先程からずっと御子紫の脳内でリピートされている。
―――コウが憎いだなんて、俺はそんなこと・・・思うはずがないだろ!
「あ、御子紫!」
―――俺はコウに対して・・・何がしたいんだ。
―ドスッ。
「いたッ・・・」
「あぁ、悪い」
「・・・」
俯いて歩いていると、突然すれ違った男子とぶつかった。 だが軽い接触のため、相手は適当に謝り御子紫の横を何事もなかったかのように通り過ぎていく。
―――・・・何か今日の俺、ついていないな。
「御子紫、大丈夫か?」
「え? あぁ・・・。 ユイか」
ふと声がした方へ視線を向けると、そこには廊下で一人立っている結人の姿が目に入った。
「さっきも呼んだんだけど。 つか、ぼーっとしていたけど本当に大丈夫か?」
心配そうな表情でそう尋ねてきた彼に、やる気のない声で返していく。
「俺は平気。 てより、ユイは教室へ行かないの?」
「今から行くよ。 課題やるのを忘れていて、さっき授業中に全部終わらせて今先生に提出してきたとこ」
相変わらずの結人の不真面目さ聞いて、御子紫は安心し少し表情を緩ませた。
「御子紫は、テスト勉強進んでいるか?」
「え、どうして?」
突然話がテストのことへ切り替わり、御子紫の心中は次第にざわめき出す。
「いや・・・。 テスト期間に入った時から、御子紫の様子が何かおかしいって・・・真宮が」
「・・・」
言いにくそうな表情をしながらそう口にした結人。
―――真宮は何でも気付いちまうんだなぁ・・・。
そんなことを思いつつも、いつもの調子で彼に向かって笑いかけた。
「だから、俺は大丈夫だっての! 元気もりもり100%! テスト勉強もちゃんと進んでいるし、もうへっちゃらさ」
「・・・」
御子紫は空元気が得意なため、自然の笑顔を結人に見せる。 だが彼はその様子を見て、苦笑を返した。
「御子紫は、そのままでいてくれよ」
「え」
その言っている意味が分からず、御子紫はキョトンとした顔で言葉を詰まらせる。 すると結人は、続けて口にした。
「いつも元気で明るい御子紫。 そんな性格は、御子柴だけなんだから。 だからそのままでいてくれよ。 ・・・じゃなきゃ、俺が困るからさ」
「ッ・・・」
そう言い放った後、みんなが集まる教室へと足を進めていった。 だが御子紫は後ろを付いていかず、なおもその場に立ち尽くしたまま考える。
―――俺は、元気で明るい・・・。
―――そのままでいろって、言われても・・・。
先刻言われたその言葉を考えていると、ふとコウのことが頭に浮かんだ。 もしかして彼は“コウみたいにはならずに今のままの自分でいろ”という意味で言ったのだろうか。
―――俺は、一体・・・。
何がしたいのだろう。 何になりたいのだろう。 自分は一体、何者なのだろう。 それすらも――――今の御子紫には、分からなくなっていた。
そしてやっとの思いで足を進め、仲間のいる空き教室へ入る。
「御子紫ー! こっちこっちー!」
着くと早々、椎野が手を振ってきた。 それを見て、自然と彼の方へ足を進める。
結黄賊のみんなは輪になっているわけではなく、適当な席に座り各自昼食をとっていた。 いる場所が遠くても、ここには結黄賊しかいないため大きな声で仲間に話かける。
だから、席なんてものは決められていなかったのだ。
御子紫はいつも北野と椎野の席の近くで昼食をとっているため、今日も変わらずに彼らのいる付近の席に腰を下ろした。
「早く飯を食っちまえよ。 もう俺、優を呼び出す気満々だから!」
眩しい程の笑顔でそう口にする椎野。 そんな彼に微笑み返し、御子紫も昼食をとり始める。
そして数分後、昼食を食べ終え――――
「御子紫、頑張ってね」
北野の応援に小さく頷くと、早速椎野が行動を移し出した。
「よし、行ってくる! 優ー! ちょっとさ、面白い話があるんだけどー」
「面白い話? 何々!?」
「ちょっとまず、見せたいものがあるんだ。 こっちへ来てくんね?」
「行くー!」
窓付近でコウと楽しそうに話をしている優に向かって、椎野はこの教室から離れるよう上手く誘導する。
その行動を見ながら彼に感謝をした後、御子紫はコウの方へ目をやった。
優が椎野の後ろを付いていくと、コウは一人になったところでバッグの中からさり気なく本を取り出す。
テスト期間だというのに、彼は学校では勉強する姿を一切人に見せない。 そんなことでさえも、御子紫はカッコ良いと思い憧れていた。
―――・・・よし、俺も行くか。
椎野が優を呼び出しているうちに、御子紫も行動を起こそうとコウの方へ足を進める。
「コウ!」
「? 何、御子紫」
名を呼ばれたコウは視線を本から御子紫へと移す。 彼は優しい表情をしながら、こちらを見据えていた。
まるで今から言う言葉を、全て受け入れてくれるかのように―――― 御子紫はコウを前にして少し躊躇うが、意を決して言葉を放った。
「コウ! 俺に勉強を教えてくれ!」
そう言って、軽く頭を下げる。 その様子を見て、彼はすぐに返事をした。
「ん、いいよ」
「え、マジで!?」
「何で俺が断らなきゃなんねぇんだよ」
驚いた表情を見せる御子紫に、コウは苦笑を返す。
彼がOKしてくれる確率は確かに99%以上だと推測してはいたが、こんなにも早く返事がくるとは思わなかったため、流石に御子紫でも驚いてしまった。
勉強を教えてくれるOKが出た後、もう一つコウに頼み込んだ。
「あと、その・・・できれば、二人がいいんだけど」
「もちろん。 俺は構わないよ」
「・・・え、でも、優は」
またもや優しい表情でそう答えてくれた彼に、我慢できず優の名を口にした。 するとコウは一瞬素の表情を見せるが、再び優しい表情になりこう答える。
「優? あぁ、優には俺から言っておくよ。 御子紫と勉強するから、その時は悪いって」
「え、いいのか?」
「問題ないさ。 それじゃあ、勉強するのは・・・あ、明日でもいいかな。 明日は土曜日だし、一日かけて」
「もちろん!」
「帰りが遅くなりそうだったら、俺ん家泊まっていってもいいよ。 つか、泊まっていく?」
笑いながらそう尋ねてきたコウ。 彼は素直に御子紫を受け入れてくれ、家に泊まることも歓迎してくれた。
コウは優のものだと思っていたが、彼は常に仲間のことを見ていて平等に接してくれている。 そこも、彼のいいところだった。
そんな今のやりとりをして、御子紫は更にコウに対しての憧れが強くなっていく。