第15話 砂糖の話
商業ギルドでの用事も終わったので、四人を元孤児院まで送り、もう一度借りた店舗まで戻る事にした。
もう元孤児院の扉を開けた瞬間に、咽る甘~い匂いで入る気がしなかったから、少し出てくると伝えて中には入らずに出てきた。
まだ【星の家】に帰るには時間があったので、時間を潰すために店舗までやって来たのだ。
「あの匂いの中では何を食べても胸焼けしそうだよ。皆、よくあの中にいられるもんだな」
誰もいないのに、ついひとり言を零してしまった。それぐらい強烈な甘い匂いだった。
さ、気を取り直して、改装しよっか。
まだ明るいけど、通りに人は今のところ見かけていない。
今のうちに入り口さえシートで隠してしまえば中で何をしてるか分からないだろう。
《衛星、入り口と窓に中が見えないようにシートを掛けて》
『Sir, yes, sir』
衛星がさっとシートをかけてくれた。
建築の工事現場でよく見るアレだ。『○○組』とは書いて無いけどね。
さて、改めて見てみたけど、流石にこれは広すぎない? ゆったり使っても百人入れそうなんだけど。
しかも、二階まであるし、元々何屋さんが使ってたんだろうね。
廃棄物を見る限り飲み屋のような食堂のような、そんな気がするけど、この規模でやってて潰れるって、一体何があったんだろね。
ま、今は俺がオーナーなんだから、俺の好きなようにカスタマイズさせてもらおうかな。
《衛星、床と壁と天井を綺麗にケーキ屋に似合うようにリフォームして。窓は大き目のガラスにして滅多な事では割れないものを使ってね。天井と壁は白がいいな、床は木目調ね。明かりはシャンデリアにしてスイッチで調光できるものがいいな。四人掛けのテーブルを二十席と壁側にはカウンター席を作って、入り口横にはサンプルを入れるショーケースをガラスで作って。二階は半分を事務所を、もう半分を更衣室を作って。トイレは二階に上がってすぐのとこがいいな》
『Sir, yes, sir』
待つ事十分。
注文通りに改装が終わった。たぶん二階も終わってるんだろう。
今までより早かったような気がするし、床材も張り替えてたと思う。早すぎて色んな所を見る暇が無かったのもそうだけど、俺が立ってるとこだけ床材が違うからね。これは移動してあげないと完了できないね。
俺が少し移動すると、さっきまで立ってた所も他と同じ張替えがなされ、改装が完了した。
テーブルも椅子も照明も素晴らしい出来だ。
あとは。
《衛星、あとは厨房をケーキ屋仕様にしてくれる? ケーキが沢山作れる厨房にして欲しいんだ。もちろん、調理器具や大型冷蔵庫と別に大型床下冷蔵庫もいるよ》
『Sir, yes, sir』
ちょっとアバウトな部分も入れてのお願いもあっさり了解してくれる。
こちらも十分程度で終了。
凄いね、まるで新築の店みたいだ。
電気も無いのに明かりが点いてたり、冷蔵庫が冷えるのがよく分からないけど、目の前に実際あるんだから疑っても意味が無い。
魔法の世界って凄いな。
いや、魔法の世界でもこれほどの事はできないかも。これは衛星が凄いんだな。
後は外装だけど、これはオープン前まででいいだろうし、この町の業者にやってもらった方がいいかもね。でも、中を見られるのと変に思われるか。先にやってしまったしなぁ。ちょっと早まったか。
周辺を散策し、周りにどういう店があるのかも確認したけど、食べ物系の店は肉屋と八百屋さんぐらいだった。
時間になったので、男組を連れて【星の家】に帰る。
食事はどっちで摂るか決めてない。
元孤児院で摂る事もあれば【星の家】で摂る事もある。
元孤児院で摂った時は、【星の家】で作ってもらってたものは収納するんだけど、元孤児院で作ってもらってた場合は、俺の分は皆で分けるようにしてもらってる。
盛り付け前だし、余る事も無いようだよ。
最近、というか来てから何日でもないけど、ピエールが同年代がいるという事もあって【星の家】の子供達と仲が良くなった。
その関係もあって、何日かに一度、【星の家】に残って作業の手伝いをしている。
仲がいいのはいい事だけど、こういうのって給料を払ってあげないといけないのかな。ピエールは俺が買った奴隷じゃないからね。
その辺は院長先生に丸投げしてやろう。
面倒だからじゃないんだよ? 俺より子供の扱いが上手いだろうと思ってね。
夕食も終わり、家に戻るといつも通りクラマとマイアと俺の三人になる。
偶にキッカ達も来るんだけど、泊まっていく事は無い。今はケンが解体修行中で、キッカとヤスは周辺探索をする事が多く、レベリングにはあまり行ってない。たぶん領主様から出されてるこの周辺の調査依頼を受けてるんだと思う。
それぐらいなら、今の二人なら問題無さそうだし、本人達も無理をする気は無いとも言ってたし大丈夫かな。
「マイア、砂糖の原料となる植物って知ってる?」
「砂糖? 砂糖とは何でしょうか」
そこからか、確かに加工したものを精霊が食べるってのもおかしな話かも。
「甘い植物から作る白くて甘い粉なんだ。これだよ」
衛星が作ってくれていた砂糖を収納から出して見せた。
「一つまみ舐めてみて」
マイアが摘むとクラマも同じように横から手を出して摘んだ。
「むっほー! なんじゃこれは! 美味い、甘いのじゃー!」
「まぁー! 本当に凄く甘いのですね。これはいいです、好きです」
二人共、大喜びだ。商業ギルドではあるけど高いって言ってたから、この世界でもあるんだろうけど、魔物の世界や精霊の世界には出回ってないんだろうね。当たり前と言えば当たり前か。
「それでね、マイアにこの砂糖の元になる植物について何か分からない?」
二人共、砂糖に夢中だね。砂糖だけ食べるって人間でも子供の時に一度は経験するよね。気持ちは分からなくも無いけど、後でね。
砂糖を取り上げて収納する。
恨めしそうにする二人をスルーして話を続ける。
「これの元になる植物なんだけど、マイアは知らない? サトウキビってのと、まだ他にもあったと思うんだけど」
「サトウキビ! サトウキビから砂糖が作れるのですか!? あと、あとはどんな植物から作れるのですか!」
「いや、それを俺が聞いてるんだけど」
興奮し過ぎだよ。
「まずはサトウキビですわね。分かりました、薬草畑を潰してサトウキビ畑にしましょう」
「おい! 何言ってんだよ! そんなのダメだって」
「いえ、麦とジャガイモはエイジが作ったものですから仕方ありませんが、薬草畑の薬草は私が植えました。私が植えたものをどうしようと私の勝手です」
なんだよ、その俺様モードは。
「ダメだって。畑を増やしてやるからそっちに作るようにしてよ」
「! わかりました。そういう事ならそちらに植える事にしましょう」
もう、どっちが主か分かんないよ。
「して、マイア殿。これ程ではないが、#妾__わらわ__#は山の中腹より上で甘い大根を食べた事があるんじゃが、あれは何か知らぬか?」
「甘い大根…それはてん菜ですね。どちらかというと寒いところで育つ植物です」
てん菜? 確かそれでも砂糖が作れたんじゃなかったかな?
「寒い所、なるほどじゃ。それで中腹以上の寒い所にあったのじゃな。エイジ、そのてん菜だとどうなのじゃ、砂糖は作れぬのか」
「イマイチ記憶がはっきりしないんだけど、できるんじゃないかな」
「そうか! では、場所の確保をするゆえ、後はマイア殿に頼もうかのぅ」
「ええ、砂糖ができるというのでしたら、私も協力は惜しみません。クラマ、場所の確保は任せましたよ」
「承知したぞえ。確保後の事はマイア殿、頼みますぞ」
「ええ、お任せください」
ふっふっふっふっふ
ほっほっほっほっほ
不気味な二人の女の笑い声がレッテ山に木霊する。
何の悪巧みだよ! 別に何の悪巧みでも無いけど、今のお前達二人を見てると悪者にしか見えなかったよ。
俺としては砂糖が欲しかったから助かるけどね。
お前達ってケーキを食べた時も美味そうに食べてたけど、そこまでハマってなかったよな。
砂糖って依存症があるらしいから、これから作って行く上で不安になるよ。
畑の方は拡大という事でいいでしょ。
滅多に誰も訪れない所みたいだし、正式に領主様から認定を受けた冒険者になれば俺の管理になるみたいだし、先に作っててもバレなきゃ問題ないよね。
「あ、そうだ。明日、領主様の所に行くんだけど、たぶんその後、王都に行く事になると思うんだ。二人はどうする?」
「そんなの行くに決まっておるのじゃ!」
「当然です! 私も行きます」
「い、いや、だって、砂糖とか、他にも……」
「#妾__わらわ__#は何の問題も無い! さっきの話も明日一日も掛からん! 何を#妾__わらわ__#から逃げようとしておるのじゃ」
別に逃げようなんて思ってないよ。
「そうです、私も半日も掛かりません。一人でいい思いをしようとは、何て主なのでしょう」
いい思いって…王都ってそんなにいいとこなの? まだいい思いをするかどうかも決まってないんだけど。
「いいとこなのかどうか俺も知らないん……」
「そんな事はどうでもいいのじゃ!」
「どうでもいいのです!」
「え? ……」
「主を一人で行かせるわけにはいかぬのじゃ」
「当然です。呪われた主を一人で遠出などさせるわけには行きません」
「だから呪いじゃないから……」
「それでもです」
「当たり前なのじゃ」
なんなのこれ、変則的なツンデレ? 一人で行くより話し相手がいた方がいいし、断る理由も無いしね。
「うん、じゃあ一緒に行こう。途中でいくつか寄り道をする予定だけど」
「やっぱり何か企んでおったか」
「自分だけいい思いをしようとしていたのですね」
「そ、そんなんじゃないし、お前達も知ってる地図の件だよ」
「言い訳はいいのじゃ」
「そうです、見苦しいです」
「なっ」
なんで、俺が悪者になってんだよ! そこまで言うならもういいや。
「……いい」
「ん?」
「なんですか?」
「もういい、一人で行く。今日からは寝るのも町で寝る。畑だけは作っておくから後は勝手にやってくれ」
「「!!」」
「ちょ、ちょっとした冗談じゃよ。エイジそんなに怒るでない」
「そ、そうです。ちょっと悪ふざけが過ぎました」
「……」
バタン
もう無理。そこまで言われて付き合う必要なし。
俺は結構我慢したと自分では思う。だったらそれでいい。俺は頑張った。もうこれ以上は我慢できない。
「エイジ!」
「エイジ?」
クラマとマイアが家を出て追いかけて来た。
《衛星、今だけでいいから二人を俺に近づけないようにしてくれ》
『Sir, yes, sir』
「むむっ、なぜ押し返される⁉」
「あー! エイジが離れて行きます」
見えない壁に押し戻されるようにクラマとマイアが家の方に押し戻される。
「ノワール!」
呼ぶとすぐに来てくれた。
「ノワール、悪いんだけど町まで送ってくれる?」
『御意』
「あ、ダメか。この時間だと門もしまってるね。だったらどこでもいいや、でもその前に薬草畑を潰されても嫌だから畑を作っておこうか。南の麦とジャガイモの畑の端まで行ってくれる?」
『御意』
衛星にお願いして、畑の続きに更に同じぐらいの畑を作った。これだけ広ければいいだろ。後はあいつらが勝手にやるんじゃない?
そう思ったら、二人の顔を思い出してしまった。
あー、思い出しただけで腹が立つ! もう当分帰ってやらない!
ノワールに町の近くまで送ってもらい、後は護衛依頼の時に作った家があるからそれで寝ると言ってノワールは帰らせた。
念話で呼んで頂ければいつでも参上します。と嬉しい言葉を残してノワールは帰って行った。
ホント有り難いね。ノワールが人型になれればいい従者として仕えてくれるのにね。
町から一キロほど離れた森の中で小屋を出し、夕食を衛星に作ってもらい、風呂に入ってすぐに就寝した。