第14話 店を決める
「それでケーキとはどんなものでしょう」
ケーキ屋を始めるので、その店舗を借りたいと告げた所、帰ってきた答えがこれだ。
「ケーキとは、ですか」
やっぱり知らないんだな。どう説明したらいいんだろ。
冒険者ギルドで配った人達もケーキの事は知らなかったし、今回の元奴隷達も知らなかったもんな。この世界には無いものなのかな。少なくともこの町には無いみたいだし、この国にも無いんだろうな。
後の四人に一度振り返り、誰か説明してくれる? と目で訴えたが皆ポーカーフェイスだ、我関せずって感じ。
まだ出会って日が浅いし、アイコンタクトは無理だったみたい。
仕方がないので上手く伝える自身は無いけど、俺が説明した。
「えーっと、ふわふわの柔らかい甘いパンというイメージのものですね」
俺の回答に満足行かなかったのか、後から小さな声が聞こえてくる。
「最高の幸せの味」
「世界の頂点」
「夢の世界に旅立てる食べ物」
「至高の食べ物」
「至高の食べ物はエ・イ・ジ様の料理」
「そう、マヨネーズは最強」
「塩・胡椒は使い放題」
「私はマスタード」
「トンカツソースは必要不可欠」
「私はウスター派」
「醤油レジェンド」
「目玉焼きには醤油」
「そこでも私はマヨネーズ」
「それは邪道、私はソース派」
「塩・胡椒でシンプルイズベスト」
「タルタルソースも捨てがたい」
興味津々じゃないか! さっきのポーカーフェイスはなんだったんだよ。っていうか、途中からケーキ関係無くなってるし。
家でやってる目玉焼き論争をここまで持って来るんじゃないよ。
見てみろ、マスターのボダコリーさんも今後担当してくれるセシールさんもキョトンとしてるじゃないか。
後の四人を静かにさせ、二人にお詫びをした。
「どうもすみません。騒がしくしてしまいまして」
「いえ、皆様が料理に対して非常に興味がおありな事が分かりました。しかもケーキというものは美味しいようですね。料理のお店という事は食堂をされる店舗をお探しという事でよろしいですか?」
「あ、説明不足でした、すみません。食堂ではなく、テイクアウト専門のお店にしようと思っています。お持ち帰り販売ですね」
「おや? お持ち帰りの販売ですか……食堂かと思っていましたが、食材の販売という事ですか?」
「いえ、出来上がったものを販売します」
「所謂、屋台の串焼きのようなものを売られるんでしょうか」
調理済みの食べ物を売るのは屋台だけなの? 肉の串焼きは甘くないよ?
どう説明したら分かってくれるんだろうね。今まで無かったものを説明するのがこんなに難しいとは思わなかったよ。
「エ・イ・ジ様?」
「ん? ローズ? どうしたの?」
「実際に食べてみて頂いては如何でしょうか。そうすればイメージしやすいのではないですか?」
「あ、試食ね」
確かにそうだね、百聞は一見にしかずとも言うし食べてもらうか。
これぐらいの事がすぐに出てこないとは、俺も知らないうちにテンパってたのかな? 優秀な相棒がほしいな。
ハッと思いついたクラマとマイアの顔を振り払った。
ダメダメ、あいつらは助手ってより、俺の邪魔をしてるだけだから。前回の護衛依頼でも役に立ったのは天馬を紹介してくれた事だけだもんな。
あとは、我ままばっかり言ってたし、従者の癖に俺を従者みたいに扱うし。相談相手や助言をくれる人っていないもんかな。
収納バッグからイチゴホールケーキを出すと、「ほぉ、それがケーキですか」とボダコリーさんが感想をくれるが、後からの殺気が凄い!
振り向くとすぐ後まで乗り出してきてる。
「ハウス! お前達は毎日食べてんじゃん!」
俺の言葉で少し後退するが、無言でケーキを睨みつけたままの四人。ゴクリと生唾も飲み込んでいる。
「まぁ、切り分ければ人数分はあるからいいけど、ボダコリーさん、うちの者も一緒に食べてもいいですか?」
「ええ、結構です。皆様の様子を見る限り、相当美味しいもののようですね」
「エ・イ・ジ様が作るケーキは別格」
「形も美しい」
「口当たりも最高」
「ふんわりふわふわ」
そりゃ、料理は得意かもしれないけど、初めての料理だし。衛星には敵わないって。
ケーキと取り分け、全員で試食。
試食気分なのはボダコリーさんとセシールさんだけで、うつの四人は試作中だから毎日何個も食べてるのにね。
『『美味しい!』』
全員が賞賛する。
「イージ様! これを売り出すつもりなのですか!?」
「イージ様、これは一日何個作れるのですか?」
「これは、いくらで売り出されるのですか?」
「このケーキのレシピを売る気はありますか?」
ボダコリーさんとセシールさんが興奮して順番に代わる#代__が__#わる質問をしてくる。
「ちょっと落ち着いてください、そんなに一度に言われても分かりません」
俺に言われてハッと我に返った二人がようやく黙った。
「し、失礼。あまりの美味しさ広がる可能性に、不覚にも興奮してしまいました」
「失礼しました。私も同じくです。こんな美味しさ初めてです」
「いえ、美味しいって言われるのは嬉しいです。これでケーキはどんなものか分かってもらえましたか?」
「はい、素晴らしいお味でした」
「はい、凄く美味しかったです」
満足な二人。
後で同意して深く頷く四人。
「それで、これをお持ち帰りできる店を作りたいのです」
「「……」」
俺の言葉に商業ギルドの二人も後の四人も黙ってしまった。
何か考え込んでるようだし、じゃあ、この間に残りを片付けるか。
「エ・イ・ジ様?」
「なに?」
「それはどうされるのですか?」
今、片付けようと手に持ったケーキを見てローズが尋ねて来た。
「え? 片付けるだけだよ。だって皆一つずつ食べただろ?」
「余っているのなら私が頂きます」
「「「!!」」」
「待て」
言い合いを始めそうな四人に手を出し声を掛けて制止する。絶対、私私って言い合うのが目に見えている。
ここは家じゃないんだから騒ぐなっての!
「残り物ですけど、食べますか?」
ここはやっぱり女性のセシールさんに声をかけた。
「是非!」
ホールケーキを八等分して七人いるから残ってた一つをセシールさんに渡した。
おーい、ボダコリーさーん。そんなにガン見されたら食べにくいって!
口も開きっぱなしじゃないか。あんたも欲しかったのかよ。
「ボダコリーさん、これ手を付けてないんでなんなら……」
俺が皿に手を出す前にボダコリーさんが俺のケーキを掻っ攫っていった。
「ありがとうございます。もふもふ」
そこはせめて俺の手からもらおうよ。もう食ってるし。
後ろでは「あああああ」って言ってるし。この世界の人達はどんだけ甘いもの好きなんだよ。
毎日試食で、もう食べたくなかったんで、俺は手をつけてなかったんだ。
この三日、ケーキの食べすぎで夕食を食べる量も減ってるんだ。もう甘い匂いだけでお腹が一杯になる。
ケーキ屋さんって、どうしてたんだろうね。毎日、こんな甘い匂いでずっといれるのかな。
ボダコリーさんは二個目のケーキを完食すると、キラキラした目で俺に話し掛けて来た。
セシールさんは飲み物を持って来ますと言って出て行った。
飲み物……無かったね。それで二個完食ですか。
ボダコリーさんはキリッとした顔付きで変わり、商売の話を始めた。
さっきのを見てるからね、今更キリッとされても……
「イージ様、このケーキ屋という店を開くのは大成功間違いなしです。商業ギルドとしても一枚かませてほしいぐらいです。材料の仕入れルートは出来ていますか?」
「はい、メインとなる小麦粉は確保しているんですが、卵と砂糖は確保していません。どこか紹介して頂けると助かります」
毎回衛星に材料を出してもらう訳にも行かないからね。ちゃんとやってるっていうのを見せるためにも仕入れルートはちゃんとしておかないとね。
「砂糖! このケーキには砂糖が使われていたのですか! そんな高価なものだとは知りませんでした。それでは、ケーキは一個金貨五枚以上でないと採算が取れないでは無いですか!」
金貨五枚って、砂糖ってそんなに高いの?
「い、いえ、実は砂糖のルートは持ってました。ケーキはカットして売る分とホールで売る分に分けますが、ホールでも銀貨三枚程度で考えています」
だってそうだろ? 一般家庭が金貨二枚で暮らせると言ってるのに、ケーキ一個を金貨五枚なんかで売ってたら誰も買ってくれないよ。
「そ、そんなに安くて大丈夫ですか?」
「はい、ですから卵のルートだけお願いできますか?」
これは【星の家】に帰ったら畑を広げて砂糖が作れるかマイアと相談だな。
「卵ですね。何の卵でしょう」
何の? 鶏じゃないの?
「鶏?」
「なぜ疑問形なのか分かりませんが、鶏の卵でいいんですね?」
いた、鶏が通じたよ。
「はい、それでお願いします。因みに一個おいくらでしょう」
それによって原価も変わって来るからね。
「卵は一個銅貨二枚です。数を多く購入していただけるのでしたら、もっと勉強させます」
おお! 普通だな。それなら問題無いよ。大量購入で安くなるんならそうしようかな。
「では、他の物を作るのにも卵はたくさんいりますので千個は用意してもらえますか?」
「わかりました、お任せください。他には何かありますか?」
「紙の箱がほしいんですが、こういう物を安く作ってくれるところはありますか?」
最近、冒険者ギルドでケーキを渡す時に使ってる箱を見せた。
「こ、これは紙ではないですか! しかも綺麗で厚い。これを安くとは…私の見立てでは金貨一枚は掛かるでしょうな」
そんなの意味ないじゃん! 中身の価格を抑えられたかと思ったら箱で金貨一枚って。
「もっと安くは……ならないですね。ケーキを入れるもので何かありませんか?」
「それはお持ち帰り用で考えてらっしゃるのですよね? なぜお持ち帰りなのですか?」
いや、特に意味は無いんだけど、接客が面倒だから?
「店で食べる方がいいですかね?」
「それはそうでしょう。料理を持って帰るなんて、パンか屋台ぐらいです。これ程美味しいケーキが安く見られてしまいますよ。私としては、お持ち帰りはお勧めしません」
店で食べる食堂のスタイルか。人数はいるからいいんだけど、数が捌けないんじゃない? 十八人、いや十九人の食い扶持を稼がないといけないんだから、ある程度は数を捌かないと。
金額設定をもう少し上げる? でもケーキだろ? 銀貨三枚ぐらいにしておかないと、誰も買えなくなるんじゃない? 切り売りにしたら少し割高にして、1/4を銀貨一枚とか?
それは後で考えるか。
「まだありました、バターとミルクはルートがありますか?」
「バター? とはなんでしょうか。ミルクはございますよ」
「では、ミルクも確保してください」
バターはミルクから作るしかないか。
「イチゴはありますか?」
「はい、あります」
このリアクションだとそんなに高くないな。
他にもフルーツで気になるメロンやミカンやリンゴなども聞いておいた。
続いてはメインの建物の話だ。
「ケーキだけを売るお店でいいですか?」
「他にもありますが、今の所ケーキだけですね」
他の物を売って、誰かの食堂が潰れたって言われたら嫌だからね。今はケーキだけでいいんじゃない? 他はおいおいね。ポテチとかピザとかお好み焼き、たこ焼きなど粉もんは小麦粉が沢山あるから作れるし、ケーキ屋で上手く行けば、それから考えよう。
「はい、今のところはケーキだけでいいです」
「店で食べるとなると…何人集客できるお店で考えてますか?」
「じゅ……にじゅ……さ……ご?」
数を言おうとするたびにボダコリーさんが睨むんだよ。
最後の”ご”でやっと笑顔になってくれたよ。
五十人も集客する店って、相当デカくない?
「五十人…でいいですか?」
「それぐらいは最低必要でしょうね。このケーキならメイン通りでなくとも、すぐに有名になるでしょうから、立地条件は悪くても安くて大きい場所を探してみましょう。資料を持って来ますので、少しお待ちください」
ボダコリーさんは席を立つと資料を取りに行った。
その間、さっきセシールさんが持って来てくれた紅茶に口をつける。
「そうだセシールさん。今のうちにこの四人の登録を済ませてくれませんか?」
後ろの四人の登録の件を言ってみた。
「そうですね、ではそうしましょうか。皆様、私に付いて来てください」
セシールさんに連れられ四人が出て行くと、入れ替わりにボダコリーさんが帰って来た。
いくつか見せてもらった中で、元孤児院の場所からそう遠くない場所にいい物件があったのでそれに決めた。
建物を決めている間に登録を終えた四人も帰って来た。
カードを見せてもらったが、#銅__ブロンズ__#カードだった。
普通は、#銅__ブロンズ__#カードから始めるそうで、俺の場合は特例だった。
商業ギルドへの登録は登録料がいるそうなんだけど、今回は俺の関係者という事で、登録料の銀貨五十枚はタダにしてくれた。
登録料に銀貨五十枚もいるんだね、高いと思うけどタダならなんでもいいや。
タダほど高い物はないって言うけど、今回の場合はそうは思えないね。ラッキーって思っとこ。
ボダコリーさんとセシールさんに連れられて店舗となる物件も見に行き、問題無さそうなので、その場で決めた。
二人で案内してくれたんだ。もう至れり尽くせり。これでこけたらいいピエロだよ。
年間契約で金貨四十八枚。高いのか安いのか。たぶん安いんじゃないかと思う。
だって、四人テーブルが二十とカウンターが取れるぐらい広かったから。
集客百人って……お客さんが誰も来なかったらと思うと不安が大きくなって行く。
だって店を経営なんてした事無いんだからね。本当に大丈夫なんだろうか。
ま、失敗してもお金に余裕はあるし、別の店にしてもいいんだから。なんせ年間契約しちゃったし。
金貨四十八枚は即金で支払い、権利証も貰った。
やる事がまた増えたよ。
明日は領主様に呼ばれてる日だから、明後日から店のオープンまで、また大変だな。