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第08話 スラム街

 翌朝、朝食を摂ると、ノワールにマスターと二人乗りで町へと向かった。
 ノワールは天馬の三頭の中では一番小さいけど、それでも馬の倍近くはある。まだあと一人ぐらいなら乗れそうだよ。

 昨夜、皆が寝静まってから、マスターはゴソゴソと夜中に一人で外を歩き回っていたそうだ。
 三精霊のサーフェとプーちゃんがマイアに報告をして、それをマイアが俺に教えてくれた。

 別に何をしたってわけじゃないみたいだけど、家の周りや倉庫の周りを歩き回っていたそうだ。
 散歩にしては、足音を忍ばせたり調べ物をしている雰囲気があったというから、実際なにか調べていたんだろう。

 確かに他人から見た俺って怪しいと思う。
 最近現れて、レベル1なのに沢山の素材を納品買取したり、こんな場所に家を建てたり、薬草を栽培したり、鑑定用水晶も持ってたり。水晶は作ってもらったものだけど持ってた事にしたからね。
 得体の知れない奴だと俺でも思うよ。

 でも、どこをどう調べても何も出てこなかったと思うよ、元は衛星だからね。
 家も畑も作った後に見てもおかしな所は無いと思うよ。作る所を見なければ、分からないと思うな。作る所は異常だけどね、特に早さが。

 町への道は三十分も掛からなかった。
 ノワールにはゆっくりいってもらったけど、歩いても一時間程度の道のりだ。ノワールだったら軽く駆けても三十分も掛からなかった。

 町には問題なく入れたので、マスターを冒険者ギルドで下ろし、俺はノワールに乗ったまま町を隅々まで探索する事にした。
 何かヒントでもあれば儲けものと思ってたんだけど、そうそううまく見つかるはずも無い。

 困った時の衛星頼み?
 でもなぁ、さすがにこれは無理だろう。
 だって何て聞いたらいいんだよ。子供達の人間不信を治すものを見つけてくれってお願いするの?
 いくら衛星でも、それはアバウト過ぎて無理だろう。

 でも、一回試しに聞いてみる? もしかしたらって……無理だろうな。でも、衛星が失敗するところも一度見てみたい気もするし、言ってみよう。

《衛星、今から言うのはかなりアバウトなお願いだから出来なくてもいいんだけど、できるんなら【星の家】の子供達が、今人間不信で困ってるんだ。それを改善できるものを探してるんだけど、何かあれば教えてくれない?》

 流石の衛星も困ってるみたいだな。
 何の返事もせずに五個の衛星が真上に上がって行ったよ。
 あっ! 一個の衛星を残して四つの衛星が四方に飛んで行った。

 待つ事十秒。
 四方に散った衛星のうち一個が戻ってきた。少し遅れて残りの三個の衛星も戻ってくる。

『Sir, yes, sir』

 え!? まだ降りてきてないけど?
 どの衛星が返事してるのか分からないけど、今は下で一緒にいる衛星が返事したような気がしたな。
 衛星同士は連携してるんだろうから、通信はお互いにできてるのかな? 謎すぎて分からないよ。

 上に上がっていた五個の衛星が下りてくると、一つの衛星が前を先導するように動き出した。
 以前に商人ギルドで追いかけられた時に先導してくれた時と同じだ。
 これはついて来い事だよな。

「ノワール! あの衛星について行って!」
『#御__ぎょ__#…い? エ、エイセイとは……』
 ノワールが念話で返事をしようとしたけど、衛星って俺しか見えないから何の事か分からなかったみたいだ。
 キョロキョロ探してくれてるけど、見えないよね。
 そうだった、ゴメンね、ノワール。

「ゴメン、ノワール。指示するから言われた通りに進んでくれる?」
『御意』
「じゃあ、まずはこのまま真っ直ぐ行って」
『御意』
 ノワールは指示通り走ってくれる。俺は衛星に集中し、進行方向の指示を出す。ノワールは周囲に気を配りながら指示通りに走ってくれる。

 俺が走るより断然早い。安全面が気になるけど、ノワールにそんな気遣いは無用だった。
 出会い頭で事故る事もなく、誰かと接触する事も無く。衛星が案内する目的地まで危なげなく到着した。


 衛星に案内された場所は、貧困層が群れて暮らすスラム街だった。
 どこをどう通ってきたかよく覚えてないけど、ボロボロの家が建ち並んでいて、少し臭い。
 表で座り込んでいる者達がこっちを伺っているみたいだけど、子供まで皆ガリガリで目がギョロっとしている。
 
 シュッ! ゴンゴンゴン!
 シュッ! ゴンゴンゴン!
 シュッ! ゴンゴンゴン!

 い、いきなり襲って来るか!? 衛星が迎撃したぞ! 治安が悪そうな所だな。
 迎撃されて倒れている者を【鑑定】で見たけど、気絶していてHPはかなり減ってるが命には別状無さそうだし、放っておくかな。襲われたのはこっちだし、誰も助けに来ないみたいだし、それぐらいいいよね。

 窓からこっちを覗いてる人達もいるけど、やっぱりガリガリだな。着てる服もボロボロだし、衛星はここで何をしろって言うんだろ。衛星の事だから意味があって連れて来たんだろ? 俺に何をさせたいんだろ。

 衛星を見ると止まったままだ。ここが目的地って事なんだろう。
 でも、こんな場所もあったんだね。町の中央から門までが行動範囲だったからね。少しははずれでもアイファの家までだし、あの辺りは中流家庭って感じだったから、この町にこんな場所があるなんて想像もして無かったよ。

 しかし、ここにいつまでいても仕方が無いし、調べるにしても……
 ノワールから降りる勇気が無いんだよね。
 だって、凄く治安が悪そうだし、今だっていきなり襲われたわけだし。ここで降りるのって怖いんだよ。

 降りる勇気と衛星が守ってくれる安心感とは別物だよ。だって、皆ガリガリのボロボロなんだよ? 彼はゾンビです。と言って紹介しても納得されそうな奴らなんだよ? 食われそうで怖いじゃないか。

 例えば、お化けには襲われないから安全だよと言われても態々墓地に行かないよね? ここには目には見えないけど強化ガラスが張ってあって、奥にいる猛獣に襲われる事は絶対ありませんって言われても、そんな所は通りたくないよね? それと同じだよ、俺はこの場所でノワールから降りたくないんだよ。


「旦那、もしかしてうちに御用でございますか?」
 ビビッてノワールから降りられず、かと言って衛星が連れて来てくれた場所から動けない。そんな俺に声を掛けてくる者がいた。

 その男は、この場には全く場違いな燕尾服を着て、洒落た片メガネ、所謂モノクルと呼ばれるものを掛けた小太りの背の低い男だった。歳は三十過ぎぐらいだろうか、そんな男が俺に声を掛けてきたんだ。
 因みにハゲてはいなかった。

 これって衛星の思惑と違うんじゃない? 別イベントがダブった?

「旦那、立派な馬でございますなぁ。おや!? こ、これは天馬! 天馬が持ち馬とは……さぞや良家の方なのでしょう。さ、さ、むさ苦しい所ではございますが、まずは私どもの店においでください」
 卑下た態度で話してはいるが、屈強な二人の男を後ろに従えるその男の目は、油断無く俺を探っているように見える。決して愛想よく笑っている目でない事は俺にでも分かった。

 それによくノワールを天馬と見破ったな。目立ちたくないから隠したいけど、隠すために何かしているわけではない。だから鑑定されるとバレバレな訳なんだけど、今までバレた事も無いから油断もあったけど、この人は鑑定スキルを持ってるのか? この人は一体何者なんだろ。

「さ、さ、天馬はこちらが責任をもってお預かりしますので、まずはこちらにお越しください」
 油断はできないが怖くは無いので、小太りモノクル男に言われるまま、ノワールから降りた。

「ノワールはこのままここで待っててね。おじさん達、ノワールはここに待たせておくから周囲を見張っててくれればいいよ。ノワールってこの馬の名前ね。でも気を付けてよ、何も手を出さなければ大人しいけど、手を出すと命の保証はないからね」
 キッパリと注意しておく。実際、天馬達は強いんだよ、俺よりちょっと弱いぐらいの強さなんだ。キッカ達と同じぐらいね。ステータス平均が1000程度。
 一般の人でステータス平均が30~80。この屈強な男二人はステータス平均300と強い事は分かるが、ノワールの一蹴りで町の外まで飛んで行ってしまいそうだね。

 で、小太りモノクル男について行こうとした時に、別の襲撃があった。

「姉ちゃんを返せー!」
 小太りモノクル男に向かって男の子が飛び出して来た。
 うわ~、イベントの上に別案件発生だー、二重イベント? いや、三重イベントか?

 飛び出して来た男の子は、屈強なガードの男に簡単に捕まった。無謀過ぎるよ、どこにも隙なんか無かったし、あったとしても何も持って無いじゃん。この子は何がしたかったんだ?

 でも、こういうのって最後のイベントを解決すると、芋蔓式に全部解決ってのがお決まりパターンだよな。
 という事は、この子を助けないといけないのか?

「離せー!」と叫ぶ男の子は、そのままガードの一人に抱きかかえられて店の扉を入って行った。
 店? よく見ると店が一軒ある。この男達は、その店の者だったみたいだ。
 周りの雰囲気と似ているボロボロな感じの店構えだけど、汚れているだけで壊れてはいないな。態と古く見せているようにも見える。
 でも、この男達は、そんな汚れている店には似つかわしくない綺麗で高級そうな服装をしている。サングラスをかけてればギャングに見えるような黒の上下。
 ネクタイまではしてないけど、こんな服装ってあったんだね。今度、俺も衛星に作ってもらお。
 どうせ俺がバトルになる事は無いんだし、もう装備も無駄なんじゃないかと最近思ってるから。

 小太りモノクル男に案内され、俺はその店に入って行った。

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