第07話 不人気のマスター
お泊りが決まったマスターを院長先生が案内して回った。
まずは部屋を決めた。まだ部屋は余ってるから、その中から適当に選んだみたいだ。空き部屋でもベッドと机と明かりは完備してるからね。
その後、倉庫を見学して回った。
マスターの世話は院長先生に任せて、俺は自分の家に戻った。
そのマスターはというと、驚きの連続だったようで、夕食時に食堂で会った時は昼より疲れた顔をしてたからね。
一緒にいた院長先生からその理由を教えてもらった。
院長先生に連れられて見学したマスターは、初めに連れて来られた一つ目の倉庫では、大量に積み上げられているジャガイモが入っている篭と麦穂に驚き、二つ目の倉庫では働く子供達に驚いた。
麦穂を脱穀機で麦を取る作業をする子供。次に籾殻取り機で作業する子供。小麦を袋詰めする子供。製粉する子供。製粉された小麦粉を袋詰めする子供。それらを運ぶ子供。
どの子供達も笑顔で作業している。でも、マスターに気が付くとその笑顔が消え、隠れる子まで出る始末。
かなりダメージは受けたみたいだ。
マスターと院長先生は旧知の仲のようで、そんなマスターの様子を面白おかしく話してくれる。
横で疲れているマスターはもうやめてほしそうだが、話を続ける院長先生を止める事はできなかった。
マスターは他にも、馬車で麦穂やジャガイモを積んで運んで来る子供も見つけた。
馬車の腕前の大したもんだと思ったが、荷馬車からジャガイモや麦穂を降ろせるのかと心配して見ていたら、子供達が軽々と運んで行く。途中、子供がいない所でもフワフワとジャガイモや麦穂が飛んで行くのを見た時は、何の魔法だと驚いていた。
妖精が見えないマスターには、子供が魔法で運んでるように見えたんだろうね。
そろそろ見えるようにしてやってくれないかな。そうじゃないとまた誤解してしまうよ。
休憩に入ると、どの子も馬や馬車に乗って練習を始める。
子供にとっては遊びだろうから、これが休憩なんだろう。と思って見てたら、どの子も大人顔負けの腕前。五歳か六歳ぐらいだと思うような子でも馬車を上手に操る。
子供達の一日の予定は午前中に座学を少々、昼前から作業を始め、三時か四時頃には作業を終えて風呂に入る。もちろん途中で昼食は摂ってる。
院長先生の勧めで作業後の風呂にはマスターも一緒に入った。
風呂での事は子供達がこっそり教えてくれた。
マスターはまずはその浴場の広さに驚き、綺麗なお湯に驚いた。しかもずっとお湯が一定の温度なのにも驚き、シャンプーやリンスにも驚いた。
湯船が広いので気持ちよく入ってるが、あまりにも子供達がマスターを避けるので、湯船に浸かった状態で落ち込んでたので#逆上__のぼ__#せたそうだ。
それでも子供達は誰もマスターを助けない。なんとか自力で風呂から上がって今の状態になってるって事だ。
マスターは相当子供達に嫌われてしまったようだね。
もうこの食堂では、マスターが「イージ」って俺の名前を呼ぶだけで、子供達から睨まれてるからね。
小さい子なんか、俺の前で両手を広げて、マスターに「ダメ!」って言ってる子もいるぐらいだ。
どうやら子供達の目には、マスターが俺をいじめてるように映ってるんだろうね。
俺ってそんなに子供達に好かれてたんだ。これって結構、嬉しいんだけど。
でも、マスターにはショックなんだろうね、更に落ち込んでるよ。
夕食が終わると子供達は皿洗いをして一時間程遊んだ後に就寝だ。
食堂に残る者もいるし、自分の部屋に戻る者もいる。外に行く事は院長先生が許してくれないが、厩に行くのだけは大人同伴で許してくれる。
ここにいる大人は院長先生とミニーさんと俺達だけなんだけどね。
いつもなら夕食後はすぐに自分の家に戻るんだけど、今日はマスターもいるし少し残ってた。
キッカ達も夕食の途中に帰って来てたし、クラマもマイアも同じ頃に戻ってた。
それで大人だけで少しお酒を飲もうという事になったんだけど、お酒が少ししか無い。
院長先生がたまに嗜む程度に置いているだけだ。
仕方が無いので、家に取りに戻る振りをして、衛星に作ってもらった。
俺の知ってる酒類の中ではメジャーなビールと芋・麦焼酎とウイスキーとブランデー。
この世界では馴染みがないものみたいだけど、この世界の酒がどういうものか知らないから仕方が無い。
少しずつ皆に試飲してもらったら、好みがそれぞれ分かれた。
マスターはウイスキーのロック。ロックの飲み方も俺が教えたんだけど、マスターは非常に気に入ったみたいだ。
クラマはブランデーの濃い目の水割り。マイアは意外にも芋焼酎のお湯割り。院長先生は麦焼酎の水割りで、キッカ達三人はビールだった。
俺? 俺は飲まないよ。どれも少しずつ飲んでみたけど美味しく無かった。まだ未成年だしね、味見はしたけど酒類は辞めてミニーさんと一緒に#果実汁__ジュース__#にしたよ。
キッカ達も俺的には未成年なんだけど、この世界は別にいいみたいだから美味しいと思えるんなら飲めばいいよ。
お酒が入るとマスターにもっと何かツッコまれるかと思ったが、そんな事は無かった。
院長先生と凄く話が盛り上がって、二人で昔話を始めたので、皆でその話を聞いていたんだ。
実はマスターは孤児院出身なんて事はなく、結構いいとこのお坊ちゃんだった。
王都出身で、冒険者になってからこの町に流れ着いたという変わり者。普通は逆なんだって、このフィッツバーグの町みたいにダンジョンが近い町以外は、依頼も多い王都に住み着く冒険者が多いそうだ。住み着かないまでも、一度は王都を目指すのが定番なんだって。
マスターの場合は、フィッツバーグ領の管理するダンジョンに来た時に運命の出会いがあって、そのままこの地に留まる事になったそうなんだけど、その相手が孤児院出身の人だったんだって。
院長先生とも、その頃からの付き合いだそうだ。
院長先生もその頃は院長先生じゃなくて、ミニーさんみたいな立場で孤児院を手伝ってたそうだ。
その運命の女性だけど、今は王都にいるそうで、マスターは未だに独身だ。
何があったかは聞けなかった。またマスターがどんよりしたから、院長先生が気を使って話題を変えたから。
ホント打たれ弱いマスターだね。
今回、俺が関わる事になった孤児院の件では、裏で尽力はしてたそうだけど、大した事はできなかったみたい。マスターも謝ってたけど、領主様の命令だったみたいだし、院長先生も仕方が無かったのよって許してた。
でも、命の危険もあったわけだし、もうちょっと何とかならなかったのかな。冒険者ギルドのギルドマスターという地位を使えば領主様の命令に組織として逆らう事になるわけだから、マスターも複雑な立ち位置だしな、個人の力だと出来る事も少ないしな。
今回は運良く俺と出会ったからよかったけど、出会わなかったら何人か餓死してた可能性もあるもんな。それを軽く許せる院長先生って懐が深いなぁ。
そう思って尊敬の眼差しで見てると院長先生が俺に優しく笑って話してくれた。
「今回私は、世の中の全ての人を恨みました。そんな私の姿を見て子供達に悪い影響が出る事もあったかもしれません。でも、日々弱っていく子供達の姿を毎日毎日見せられるのです。何とかしようと頑張っても何も出来ず、一日でも長く頑張ろうと切り詰め、誰かが助けてくれるのを毎日願ってました」
院長先生が話し始めると、今までの#和気藹々__わきあいあい__#って雰囲気が一気に暗くなった。
でも、その場にいる全員、院長先生に注目して話に聞き入った。あ、クラマとマイアはマイペースで飲んでたか。でも、静かに飲んでるみたいだから邪魔にはならないな。
「そんな願いが届く事なんか無いと分かってても、願わずにはいられませんでした。全ての事はやり尽くしましたから。そこに久し振りに帰ってきたキッカが食料を届けてくれて、イージを連れて来てくれました」
院長先生の視線を受け涙をいっぱい目に浮かべるキッカ。その隣では、こちらも今にも泣きそうな顔をしているケンに、声を出すのを我慢してボロボロに涙を流すヤスがいた。
「初めは人間不信になっている私を説得するキッカと言い争いにもなりました。でも、イージとキッカの説得でこちらに移って来ました。本当に夢のような、私達が望んでいた環境がここにはあったのです。イージ、ありがとうございます。キッカも、それにケンとヤスもありがとう」
もうキッカは涙を我慢できなかったみたいだ。口元を手で押さえ、ポロポロと涙が頬を伝う。
隣のケンも同じく泣いていた。そんな二人に収納バッグから衛星に作ってもらってたハンカチを出して二人に渡した。
後の二人はハンカチでは間に合いそうにない。
ヤスが号泣してるからタオルを出そうとしたら、もっと大音量の号泣が聞こえた。
マスターだ。
向かい合わせで座ってたのに、態々俺の方までやって来て、俺の肩をバンバン叩きながら大泣きしてるんだ。痛いっての。なんなんだよ、このおっさんは。
喧しいからタオルを口に突っ込んでやったよ。
ちょっと中断してしまったけど、院長先生はまだ言いたい事があったみたいで話を続けた。
「ここまでしてもらって、これ以上お願いするのは心苦しいのですが、イージに相談があるんです」
これって断れる雰囲気じゃないよね。別に聞く前から断る気はないけど改まって言われると身構えてしまうよ。
「はい、なんでしょう」
「この【星の家】の子達はイージに凄く懐いています。十歳以上の子達は尊敬さえしているんです。今では将来はイージのような冒険者になるんだと言ってる子ばかりです。今回のマスターとの契約の中にあった、冒険者登録には全員登録したいと言うでしょう。でも、今回救ってもらった件で今まで以上に人間不信に陥ってる事が、マスターが来てくれた事で分かりました。このままでは社会に出た時に一人ぼっちになってしまいそうで。イージ、何とかなりませんか?」
う~ん、俺には荷が重い相談だな。そんな精神的なケアって俺には無理だと思うよ。
でも、俺って子供達に尊敬されてたんだ。へへっ、こういうのって嬉しいから何とかしてあげたいけど、難しいよなぁ。
「大丈夫よ! イージならなんとかしてくれるって!」
え? なんでキッカがそんなに自信満々に言うわけ?
「そうなのじゃ、頼み事はエイジに任せればいいのじゃ」
おいクラマ! もうこれ以上面倒事を丸投げしないでくれ!
「そうですね、エイジなら大丈夫ですね」
だから、お前らのその自信の根拠はなんなんだよ! 俺にはまったく自信が無いんだけど。
「本当に!?」と喜ぶ院長先生にダメですって言えない俺。ノーと言えない日本人ってこういう事を言うのかな。
「いや、その」と口篭る俺の意見など聞かれぬまま、俺が何とかすると決まってしまった。
最後は「頼んだぞ!」と俺の肩をバーン! と叩くマスター。
だから痛いんだって!
もう断れる雰囲気ではないので、なんとかしようとは思うけど、何をすればいいかも分からないな。でも、俺って子供達から慕われてる訳なんだろ? だったら、ねぇ。頑張るしかないと思うんだよね。
明日、マスターと一緒に町に行って、何か無いか町を探索してみようかな。
フィッツバーグの町も、まだ行ってない所の方が多いし、何かあると信じよう。