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第06話 独占契約

 マスターと二人、徒歩で街道を進む。
 門から一キロ程の所から森に入るとトレントが迎えてくれた。

 ここに来るまでにトレントが道を守っているとは説明したけど、それでもトレントを見た時のマスターは戦闘体勢全開だった。
 なんとかマスターを説得して道に進入できた。その間もマスターは抜刀したまま、盾も構えたまま俺の後ろをついて来る。

 道を守るトレント達は、俺とマスターが道に入ると海が割れるシーンのようにザザーっと両サイドに別れていく。
 ずっと抜剣して警戒していたマスターだけど、前を無警戒に歩く俺を見て納剣し、盾だけは構えたまま俺の後に付いて来る。

 トレントは頭を下げる事は無いが、挨拶代わりなのか、横を通る時に小刻みに葉っぱを揺らす。
 その時に出る音でマスターがいちいち反応して身構える。

 俺は身軽だし、衛星効果で疲れないから1時間程度の道程なら歩いても全然疲れない。
 それに対してマスターは、重装備な上に荷物も多く、しかもずっと警戒してるから三十分で休憩する事になった。
 休憩時、トレントにはここから三十メートル以上離れるように言っておいた。
 そうじゃないとマスターが落ち着いて休めなかったみたいだから。

 休憩の時にマスターのリュックは俺が収納してあげる事にした。
 休憩の時にはドライアドのドーラが挨拶に来たが、ドーラが出てきた時にはマスターが驚いて二メートルは飛び上がったと思う。
 休憩という事もあって、ドライアドも遠ざけたし相当気を抜いてたんだろうね。ドーラの「お帰りなさいませ」という言葉だけで飛び上がったもんね。

 他の二人は北と南の畑を見てくれてるそうだ。
 マスターにはドーラの事を、この道を守ってくれてる三人のうちの一人だと紹介した。精霊というのは伏せておいた。
 凄く頼りになるんだと紹介する時に褒めたんだけど、ドーラが凄く照れていたのが印象的だったね。

 リュックを俺が収納した事で、装備だけになったマスターも身軽になり、それから三十分で【星の家】に到着した。
 もちろん魔物に出会う事は一度もなかった。
 俺には分かってたけど、マスターの準備は丸々無駄になったね。

 いつも通り、子供達が出迎えてくれる。子供達っていつもいるけど、勉強や仕事もしてるはずなんだけどなぁ。
 でも、今日はマスターがいるからか、警戒して遠巻きに見ている子が多いね。
 俺にはそうでもないけど、町に一緒に行った時の態度を見ても思ったけど、人見知りというよりは人間不信みたいな所が見受けられるから、マスターが一緒にいると近づいて来ないかもな。

 それなりの処遇を受けて来たし、すぐには治らないかもな。

 まずは院長先生に挨拶がしたいという事だったけど、その前にマスターがへとへとになってるからまずは食堂に案内した。
 町には近いけど、魔境と呼んでもおかしくないほど魔物の多い地域に立派な家。そこで無警戒に出迎えてくれる子供達に驚くマスターだったが、まずは落ち着いて話をしようと思ったから。

 食堂なら飲み物でも飲んで息を整えてから話せそうだしね。マスターが凄く疲弊してるようにも見えたんだ。
 そしたら、食堂を担当してくれているシスターのミニーさんが飲み物を出してくれた後、気を利かせて院長先生を呼びに行ってくれたようだった。
 ミニーさんから見てもマスターは相当疲れてるように見えたんだろうね。

「ようこそマスター。遠い所をよく来てくださいました」
 院長先生が食堂に入ってくるとマスターに声を掛けた。
 二人は顔見知りなのかな?

「ええ、久し振りです、院長先生。ここは危険な地域だとばかり思ってましたが、まだ一度も魔物に会ってません。いや、トレントには出会ったか……でも、これってどういう事ですか?」
 やっぱり二人は以前からの顔見知りのようだ。
 魔物に出会わなかった事が不思議でならないマスターが院長先生に尋ねた。

「それは私にも分かりません、イージのお陰だと思ってますけど。他にもクラマさんやマイアドーランセさんのお陰かもしれませんね」
 あれ? クラマの事はキッカから聞いてるかもしれないけど、マイアの事はキッカ達には口止めしたはずなんだけど。

 院長先生は分かってますよと言いたげに、俺の方を見て優しく微笑んでいる。
 マイアって初めの頃はオーラを纏ってたもんな。今は押さえてるようだけど、あの時のマイアを見れば誰だってタダ者じゃない事ぐらい分かったか。

「クラマにマイアドーランセか、最近入っていきなりBランクを認めた冒険者だったな。あれも『#煌星__きらぼし__#冒険団』だったか。今日のキッカ達といい、お前のとこはどうなってるんだ」
 どうなってると言われても、みんな頑張ったとしか言いようがないかな。

「クラマとマイアは出会った時から強かったので、俺とは関係ないですよ。キッカ達はクラマに鍛えてもらって、このレッテ山でも七合目まで行けるほど強くなったって言ってましたから、やっぱり俺とは関係ないですね」
「な、七合目? 私でも八合目までなんだぞ。それも昔、パーティを組んでた頃の話だ。キッカ達はそんなに強くなってたのか」
 マスターは腕を組んで顎に手を当て考え込む。そして、#徐__おもむろ__#に顔を上げると、今度は家の事を聞いてきた。

「こんな家、いつ建てたんだ。さっきの道もそうだ、滑らかな綺麗な道とトレントの群れ。道でも魔物に襲われなかったが、この家にも魔物は来ないのか?」
 んー、全部衛星のお陰なんだよね。衛星のお陰って言って、呪いって言われるのが凄く嫌なんで、それ以外の回答ってないのかな。

「この家と畑周辺には魔物は出ませんよ。それより先に畑を見に行きませんか?」
 答えたくないので、今日の目的の畑を見に行く事を勧めた。
 マスターは、畑に行くと秘密が分かりますよって含みがあると思ってくれたみたいで、すぐに畑に行く事を賛成してくれた。俺を見る目が鋭くなって「ふむ」って言ってたからそうなんだと思う。

 そんなの無いけどね。
 それでも畑には一緒に行ってくれた。しつこく質問をされる事はなかった。

 まずは無難に麦とジャガイモの畑。
 それがどうも無難じゃ無かったみたいだ。麦畑を見たマスターの顔は、倉庫で薬草を大量に出した時みたいになってたから。
 俺もおかしいとは思ってたんだ、麦の稲穂が三メートルもあるのは。
 でも院長先生も子供達も何も言わないから、異世界の麦はこんなもんかと思ってたら、やっぱり異世界でも麦は一メートル程度の稲穂みたい。
 ジャガイモは見た目は合ってた。収穫周期が異常なだけだったので、これはバレずに済んだ。
 一週間で収穫ってありえないよね。

 次に薬草畑に連れて行った。
 蒼白草に月光草を見たマスターはまたまた驚きの表情を見せている。
 予想はしていただろうけど、思ってた以上の規模に驚きを隠せないようだった。
 しかも品質も抜群に良い。上級素材の薬草が、畑一面に栽培されている光景はマスターには到底納得できなるものではなかったみたいで、後で非常識すぎると散々文句を言われた。

 マスターがここまで納得できない理由として、今までの常識もあるけど、マスターには妖精が見えてない。
 何度、妖精が管理してくれてるから問題ないと説明しても信じてくれないんだ。
 俺の両肩や周りには、仲良くなった妖精達がたくさんいるのにマスターには見えてないから、俺がいくら妖精のお陰だと説明しても納得してくれない。

 【星の家】の院長先生や子供達には妖精は見えてるのに、なんでマスターには見えないんだろう。
 畑の作物の出荷作業は子供達と妖精でやってるんだから、確認はしてなかったけど子供達には見えてるはずだ。
 クラマやマイアは問題無いし、キッカ達にも妖精が見えないと聞いた事は無い。

 ちょうど畑を見回っていた精霊のサーフェとプーランがいたので聞いてみた。
「サーフェ? こっちの人が妖精が見えないって言うんだけど、なんでなの?」
 こっちの人とはマスターの事ね。

「そ、それは……」
 なんか言いにくそうだな。
「プーちゃん知ってるよー」
「プーランは知ってるって。じゃあ教えてよ」
「ご主人様、発音がおかしーよ。プーちゃんだからね」
 いえ、あなたの名前はプーランと付けました。でも、プーちゃんと呼んでやればいいか。

「じゃあ、プーちゃん。教えてくれる?」
「うん! このおじさんはね、妖精に嫌われてるの。だから妖精が姿を見えないようにしてるの」
 うん、元気よく言ってくれたね。とってもいい回答だけど、そういうのは本人がいる時は小さな声で話そうね。

「だって、このおじさん。ご主人様に文句ばっかり言ってるよね。プーちゃんもこのおじさん嫌いだもん」
 だからー、もう少し小さな声で……ほらぁ、マスターが地面に両手をついて落ち込んでしまったじゃないか。
 何か呪文のような呟きも聞こえて来るんだけど。「嫌いなのか…嫌われたのか…そんなに嫌いなのか…なんで嫌われたんだ…嫌いって…キライキライキライ……」って。

 マスターって打たれ弱かったんだね、ここまで落ち込むとは思わなかったよ。
 そんなデカい図体でそこまで落ち込まれてもキモイとしか思えないけどね。

 なんとかマスターを励まして立ち直らせたが、結構面倒くさい人だったんだね。
 まだダメージで足元のふらつきを見せるマスターを連れて【星の家】に戻った。

 今度は院長室に行き、応接セットに座り話し合いをした。
 マスターと院長先生が向かい合わせに座って、俺が横から見る位置に座った。
 話し合いはマスターが提案していく事を院長先生が了承する事で進んで行き、すぐに契約となった。
 どっちもトップの人間だから、思惑が合うと話が決まるのも早い。

 一、蒼白草と月光草は冒険者ギルドが独占して買い取りをする。
 二、蒼白草は一枚銀貨二十枚、月光草は一枚銀貨十枚。上限は定めないが月に最低五十枚ずつは納める事。
 三、【星の家】の十歳以上の子供を冒険者ギルドに登録をさせる事。何人でもいいが、最低三人は登録させてほしい。
 四、蒼白草と月光草の納品は、その登録をした冒険者の依頼達成とし、達成料は金貨一枚とする。但し、ランクアップの判断材料とはしない。
 五、この件はお互いが極秘とする事。

 金額設定についてはマスターを信用するしか無いんだけど、院長先生も満足してるようだし、いい契約内容なんじゃないかと思う。
 マスターは俺が預かっているリュックを出させると、中から契約書を取り出し、今決めた内容を書いていく。
 同じものを三枚作り、すべてにマスターと院長先生がサインをした。
 一枚はマスターが取り、一枚を院長先生が受け取った。最後の一枚は俺に渡された。
 見届け人だから持っておけという事だった。第三者の証人って事かな。

 契約も終わり、院長先生からの提案でマスターが一泊する事になった。
 院長先生としては、ここの暮らしぶりを見て欲しかったようだし、マスターも是非見ておきたかったみたいだ。
 両者の思惑が一致してマスターが【星の家】で一泊する事が決まった。

 今から院長先生が案内して回るみたいだけど、俺の家は見せないからね。
 別に秘密は無いけど、態々見せる事もないでしょ。

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