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第17話 依頼達成?

 ほとんど流れない入門の行列の中、商人のバーンズさんと話をしていたが、俺を呼ぶ声で話を中断された。

「エイージ! こんな所にいたのかニャ! 凄く探したのニャ!」
 御者のネコ耳ターニャだった。
 豪華な黒塗りの馬車の御者台から大きな声で俺を呼ぶ。

 周りで並んでいる人達も一斉に注目する。
 皆、暇だからね。何か変わった事があると見るよね。

 目立ちまくっている事なんてお構い無しに、豪華な馬車は俺達の横で止まった。

「エイージ、迎えに来たのニャ。すぐにフィッツバーグに帰る事になったから、エイージ達も付いてくるのニャ」
 え? 帰るのは明日じゃなかった? 目立ってるからもう少し声のトーンを落として話してほしいな。
 でも、よく見つけられたね。大きな馬が三頭も固まってれば見つけやすいか。

「帰るって……ターニャ、もう少し小さな声で詳しく教えてくれない?」
「もう町の中では誰でも知ってる事なのニャ。戦争が終わるから、早く帰って領主様に報告をしないといけないのニャ。だからさっさと行くのニャ」

「戦争が終わる? やはりそうでしたか。そちらの馬車の紋章はフィッツバーグ家の……イージさんはフィッツバーグ伯爵様の依頼を受けていたのですね。そちらの馬車にはお嬢様が乗ってらっしゃるんでしょうか。それなら急いで行ってください、招待状は送る事にしますので、今は急いだ方がいいでしょう」
 話を聞いていたバーンズさんからも急いで行った方がいいと言われた。

 ホント察しのいい人だな。でも、どこに招待状を送る気だろ?
 招待されても辞退しようと思ってたし、招待状が来ないならその方がいいよね。

 両方から急かされる事になったので、事情はよく分からなかったものの、まずはフィッツバーグに向けて出発する事にした。

 クラマとマイアも俺に続いて行列から離れ、バーンズさんにお別れをすると、ターニャが操る馬車と共に出発した。

 預けてた三頭の馬は馬車の後ろに繋がれていて、門から出る時に一緒に連れてきてくれたみたいだ。

 走りながらターニャからの説明を聞いた。

 隣国との戦争最前線での戦闘で、昨日両軍とも大ダメージを受けた事により、停戦協定が結ばれたそうだ。
 両軍とも相手側に余剰戦力があった場合、自軍の敗戦が濃厚と予想されるため、その対応は早かった。
 狐と狸の化かし合いも多少なりともあったが、どちらも現状での停戦を望んでいたので、停戦協定はあっさりと結ばれた。

 両軍の作戦本部から伝者を出し合い、最終的には両軍の将軍により口頭での約束ではあるが、一年間の期限付きでの休戦が約束された。
 これでこの後、王家からどのような指示があっても両国間で一年間は戦争は再開されない。

 そうなると、常駐兵としては多過ぎる兵士達には、各領地への帰還命令が下される事となる。
 一般兵や徴集兵はそれぞれの領地へ帰る事となるのだが、アイリスの兄のアンソニーはフィッツバーグ領へ帰るのか王都へ帰るのかの選択をする事になる。

 ここハイグラッドの町から見て王都へは北西、フィッツバーグはほぼ北。
 フィッツバーグに立ち寄って王都に向かうにはかなり遠回りになる。
 しかし、今回アンソニーはフィッツバーグに向かう事になっていた。父親である領主から、戦争が落ち着いたら領地へ戻るようにアイリスの伝言で伝えられていたからだ。
 今回の停戦は期限付きとはいえ一年もあるのだ。理由としては十分だろう。
 フィッツバーグ領からの3000名の兵士と王都からの護衛の100名を加え、フィッツバーグ領へ戻る用意をしていた。

 アイリスは、このタイムリーなタイミングに大好きな兄と一緒に帰れると喜んでいたが、先に戻って領主である父親に報告をする役を頼まれたので、俺を探していたようだ。

 俺としてはアイリスの護衛なんだから、いつ戻る事になっても反対する理由はない。やる事と言っても一緒に街道を走って、朝昼晩と食事を用意するだけだし。
 この食事の用意ってのも、未だに俺がやるのはおかしいと思ってるんだけどね。

 ただ、説明の中にあったアイリスの兄ちゃんのアンソニー様の件で、フィッツバーグ領に戻るのが普通だと思ってたから、選択肢に王都へ戻るというのが入っているのが意外だった。


 その件は食事の時にアイリスが話してくれた。
 あの夜の件から、アイリスが話しかけてくれるようになったんだ。俺としては、あんな話になって恥ずかしいだろうから話しかけないようにしていたんだけど、俺の予想に反して向こうから積極的に話してくれるようになったんだ。初めはケニーやターニャの後ろに隠れがちだったのに、何か吹っ切れたのかもしれないね。

 アイリスの説明とは、領主の役割についてだった。
 領主には国の貴族でも伯爵以上の爵位を持つ者がなる事ができる。基本的には代々続いている者で受け継がれていく世襲制だが、領主が問題を起こして取り潰されるケースや、新たに領土となった領地には新興の領主が国から派遣される。

 あくまでも国から貸してもらっているだけで、領地というのは領主の所有物では無い。というのがこの国の考え方のようだ。
 その為、毎年税収は国に納めなければならないし、領地を売る事も許されない。
 しかし、どんな世界にも逃げ道や裏道はある。
 子爵や男爵という領主になれない爵位の者に領地を貸し与えるのだ。

 子爵や男爵も領地を持つ事は許されている。ただし、国から与えられるのではなく、領主から分け与えられている。言い方は悪いが、領主は国から借りている土地を子爵や男爵に又貸しする事で、税収の負担を押し付けているのだ。

 貴族にはプライドが高く見栄を張るものが多い。
 子爵や男爵にとって領地を持つ事は最大のステータスで、周りの貴族に対しても大きな顔ができる。だから領地を持たない子爵や男爵は領主に対してお金を支払ってでも、領地持ちになりたがる者が多いのだ。

 ただ、中には経営の下手な領主もいる。そういう領主は国への納税ができず、爵位の剥奪の恐れもある。そこへ多額の金貨の山を積み上げられれば、ホイホイと領地を切り売りしてしまうのだそうだ。
 名目上は貸し与えるとなっているが、領地の価値の何倍もの金貨をもらっている事もあり、領主が口出しする事もできないので、実質売ったと言っても過言じゃない。
 他にも浪費が激し過ぎる領主も同様に、貸し与えるという名目の切り売りする場合もあるという。


 俺には難し過ぎて途中から頭に入ってこなかったけど、俺なりの解釈をすると、こんな感じだろう。
 アイリスって思ってた以上に賢い#娘__こ__#だったんだな。キチンと領主の勉強もしてるんだな。

 だったら領主様は【星の家】周辺の土地に関してはどうするつもりなんだろう。
 切り売りに関しては凄く怒ってたのを覚えてるけど、俺に爵位でも与えるつもりなんだろうか。
 それは遠慮したいんだけどなぁ。

 帰りの道中は盗賊も間者も出なかった。
 ターニャの話では、盗賊はこれから激減するだろうと言っていた。

 理由としては、今までは脱走兵達が家にも帰れず盗賊に成り下がる者も多かったけど、戦争が休戦となり、このどさくさに紛れて家に帰るんじゃないかという事だ。
 確かに家があるんなら盗賊なんて辞めて帰りたいよな。戦争って色んな所に影響してたんだな。

「ところで、ターニャ? 馬を連れてきてくれたのは有難いんだけど、報奨はどうなったの? 戦争が終わったんなら間者の分は出なかったかもしれないけど、盗賊の分だけでも出たんじゃない?」
「その件なら帰ってからのお楽しみなのニャ。それと間者の分も盗賊として通ってるから問題ないのニャ。あいつらは奴隷としてもう売られたかもしれないのニャ」
「お楽しみって……」
 護衛依頼中だから報奨金は依頼主の物だとか? 何か表彰されて終わりって事は無いだろうな。

 その後の帰りの道のりも順調で、急いで帰りたいというアイリスの要望通り、六日で帰り着いた。
 馬に余裕があったからね、二頭立てにして休憩毎に馬を交代させたから、行きの行程より早く帰って来れたよ。
 馬車はちょっと改造したけど、最後に元に戻せばいいだろ。

 フィッツバーグの領主の城まで送り届けると、俺達は冒険者ギルドに達成報告に寄った。
 別れ際に、ご招待の連絡をするので必ず来るようにと念を押された。俺としても土地問題があるし、来ない訳にはいかないな。


「あっ、イージ! 帰ってきたのね、おかえり」
 俺の番になり、俺の顔を見るなり受付嬢の犬耳アイファが『おかえり』と言ってくれた。
 気恥ずかしいけど結構嬉しいもんだね。

「う、うん。ただいま」
「それで、順調に終わった?」
「うん、問題なしだよ。予定より早かったぐらいだ」
 依頼完了時にサインをしてもらった依頼書を出した。

「イージ、何よこれ。これじゃまだ完了にならないわよ」
「え?」
 アイファは俺が渡した依頼書を見せて、サインを指差している。サインの後ろには何かマークが書いてあった。

 それは俺も確認したよ。何か意味があったのか?
 俺が首を傾げていると、ため息混じりにアイファが説明してくれた。

「はぁ、ホントに知らないのね。このサインの後ろのマークは追加依頼って意味で、追加依頼も完了させて全て完了って事なの。これからも依頼はあるんだから覚えておきなさいよ」
 追加依頼? そんなに言われて無いんだけど。そんなのがあるんなら、別れる前に教えてくれよな。

「追加依頼って、何をするの?」
「そんなの私が知るわけないじゃない。何か言われて無いの?」
「いや、別に……なにも」
 うん、言われて無いよな。

「別れ際に何か大事な事を言われたりしてない?」
「大事な事は言われてないけど、招待するから来るようにと念を押されたね」
 それぐらいしか言われて無いよな? これって依頼失敗にはならないよな?

「それね。その招待に応じてやっと依頼達成よ」
「え?」
 招待が依頼? そんな依頼もあるの?

「そこで次の依頼の話か何かあるんじゃない? もし次の依頼の話だったら断っても今回の依頼は達成だから、そこは安心していいわよ」
 よかったー、依頼失敗じゃないんだ。ホッとしたよ。

「それっていつ行けばいいのかな?」
「また連絡が入ると思うわ。だから毎日顔を見せるのよ。わかった?」
「う、うん…」
 帰って問題無ければいいんだけどね。半月も留守にしたからね。

「帰って様子を見てからだね。なるべく来るようにはするよ」
「なるべくじゃないの、絶対なの。依頼失敗にするわよ!」
 えー、それは横暴だよ。でも、言えないな。

「わ、わかりました」

 満足気に頷くアイファと別れて、久し振りの【星の家】に戻るのだった。

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