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第16話 行列待ちでの立ち話

 見回りの兵士が来た時には、100メートルぐらい列を進んでいた。時間としては三時間以上は経ってると思う。
 三時間で100メートル、ほとんど進んでない印象しかない。

 少し前に絡んできた大男達はまだ起きてない。起きてきたらまた絡まれるんじゃないかと思ってたから、その前に見回りの兵士に相談したいんだけど、見回りは中々やってこなかった。
 人手不足なのかもしれないけど、こんな所に魔物が現れたりしたらどうやって守るつもりなんだよ。戦争なんかしてないで、こういう事をちゃんとしろよな。

 だいたいこの行列も、負傷兵が多い事と一気に兵士が帰ってきたから起こってる渋滞なんだろ? なんで兵士を優先的に入門させるんだよ、先に一般人を町に入れろってんだよな。

 そんな不満を抱えていると見回りの兵士がやって来たので、一応報告だけはしておいた。
 俺達は何もしてないのに、急に倒れたとだけ言っておいた。周りにもギャラリーが多かったので俺のその主張は通り、態々邪魔にならないように道の端に寝かせた事も、俺に有利な証言を周囲の人達から引き出せた。

 周りからすると、俺に何かあって連れて行かれると、美人の二人が困ると思ったのかもしれないようだけどね。
 だって、俺に有利な証言をしてくれた人達は、「どうです?」みたいな視線をクラマかマイアに向けるんだもん。その後に、俺を哀れむような、そんな視線を向けてくるんだ。
 その視線の意味は分かるよ。「いいように使われてるんだなぁ」とか「美人に連れられてるけど、最後は捨てられるんだよなぁ」みたいな視線なんだ。
 かなりのダメージを食らってるよ。

 この人達は全員、俺の事を二人の従者か奴隷と勘違いしてるね。実際、思い当たる事はあるけどね。
 さっきも「エイジ、何か飲み物はありませんか?」ってマイアが言うと、「そろそろ飯が食いたいのじゃ」ってクラマが被せてくる。

 俺としては衛星にお願いするしか無いから、周りから見られないように街道からはずれて、少し森に入ってから衛星に頼んで作ってもらって、収納して持って帰ってくる。
 それをクラマとマイアに渡すんだけど、周囲の人から見れば、小間使いにしか見えないよな。
 全員で列から離れるわけには行かないから俺だけで行くんだけど、それが余計に従者っぽく見せてるみたい。

 そんな俺をずっと見ていた人がいたみたいで、何度目かの飲み物調達の時に声を掛けられた。
 何回も行かなくても何杯か用意してればいいと思うだろ? ポットに何杯分か入れておくとかさ。俺だってバカじゃない、それぐらい考えたさ。
 それが毎回、俺の予想外の物を注文しやがるんだ。熱い紅茶の後に冷たいジュースとか、その後に冷たいお茶とか、毎回別の物を言って来るんだ。
 絶対に態とだよ。これってイジメだよな。

 後で思ったんだけど、衛星って他の人には見えないんだから、小声で言えばクラマやマイアの前に直接出せたんだ。二人共、馬上にいるから周りからは見えないし。と反省したのは夜になってからだった。
 だって、こんな周りに沢山人がいる中で飲み食いするってシュチエーションが初めてだから、周りの目線ばかり気にしてて思いつかなかったんだよ。


 俺に声を掛けて来たのは、恰幅の良いちょっと髪の毛が寂しくなってきた感じのおっさんだった。恰幅が良いって言葉って便利だね、こんなちょいデブのおっさんにでも当てはまる言葉だからね。
 で、このハゲデブのおっさん、何もする事も無いし、ヒマだったんだろうね。

「黒髪のお兄さん、ちょっと聞いてもいいですかな?」
 これがハゲデブの第一声だった。

「なんでしょう」
「さっきから何をやってるのですか? 森の中に何度も行ってるようですが」
 正直に答える必要も無いので、適当に誤魔化すつもりで気軽に答えた。
「いえ、ヒマなので少し身体を動かしてるだけです」

「そうでしたか。しかし、さっきは災難でしたね。さっきは大男達が急に倒れてビックリしましたが、あなたと一緒にいる女性達が絡まれた時に倒れるとは、一体何があったのでしょうね」
 そっちが本題なのか、ハゲデブおっさんは俺の答えを軽く流して大男達が倒れた時に話を始めた。
 話す切っ掛けが欲しかっただけだったみたいだね。
 暇潰しのために声を掛けて来たのかも、俺も適当に話を合わせる事にした。

「そうですね、何だったんでしょうね」
「しかし、あなたは見かけによらず力持ちなんですね。あの大男を軽々と運んでましたよね。何かやっておられるのですか?」
 見かけによらずってのは余計だけど、ちょっと褒められたね。最近、褒められる事が無いから嬉しいな。あー、【星の家】が恋しい。

「いえ、何もやってないですよ。剣の腕も未熟ですし、魔法も使えませんしね」
「剣と魔法を例に出すって事は、あなたは冒険者ですね?」
 おっ、中々鋭いね。このハゲデブおやじ、只者じゃないかも。

「そうですが……あなたは……」
「おっと、これは失礼しました。どうも商売柄つい深読みしてしまう癖が付いてしまって。私はこの町で商売をしているバーンズと言います。あなたは冒険者だという事ですが、この町の人ですか? 余計な詮索をするつもりは無かったのですが、あまり見ない装備を着けておられますので、気になりましてね」
 本当に鋭いね、俺の装備なんて今まで誰にも気にされなかったのに。

「バーンズさんですか、僕はエイジと言います。イージと皆からは呼ばれています。この町は昨日初めて来たんですが、この装備って珍しく見えますか?」

「エ……」
 バーンズさんは少し練習したがすぐに諦めた。

「……イージさんですね。あなたはやっぱりこの町の方では無かったのですね。普通の革装備のように見えてますが、防御力は高そうですからね。…あなたのような弱そうな人が持てるようなものだとも思えませんから……いや、そうじゃないか、弱いから防御力の高いものを持つのか…でも、弱かったら稼げないから高い装備は買えないし、金を持ってそうにも見えないし……」

 おい、本人を目の前にして弱そうとか言うな! 途中からは小さな声だったけど聞こえてるから。心の声だったのかもしれないけど、全部漏れてるからね。

「ところでイージさんの冒険者ランクをお聞ききしても構いませんか?」
「それぐらいならいいですよ。今はDランクですが、今回の護衛依頼が無事に終わればCランクになれるかもしれません。詳しい事は言えませんが、今は護衛依頼中なんです」
 秘書のランレイさんからは、道中の成績によってはツーランクアップもあるとは言われたけど、衛星のお陰で事件なんて起こってないしね。盗賊や変な間者は捕まえたけど、依頼主に危険があったかと言われると、実感として沸かないだろうから『特に何も無かった』と言われる可能性もある。
 『楽な旅だ』ってケニーもターニャも言ってたからね、ツーランクアップは期待しないでおこう。

「ほぉ、その歳でDランクとは大したものです。しかもCランク目前とは。人は見た目では分からないものですね」
 全然褒め言葉になって無いからね。弱そうなのにって言いたいんだろ! 俺ってそんなに弱そうに見えるのかね。

「いえ、偶々運が良かっただけですよ」
「そうでしょうそうでしょう」
 バーンズさんは深く頷いている。

 今のは謙遜しただけなんだよ? そこは「そんな事はないでしょう、あなたの実力なんでしょう」ぐらいの事を言ってくれてもいいんじゃない?

「では、その抱えているものも依頼なんですか?」
 やっぱり気になるよね。寝てる時以外は卵を抱えてるからね。こんな抱っこ紐をしてたら普通は気になるよね。

「これは依頼では無いです。僕の趣味というか浪漫というか、そんな感じのものです。実は卵なんですが、今は寝る時以外は抱えて暖めているんです」
「大きな卵のようですね、それがあなたの浪漫なんですか?」
 大きいと言ってもダチョウの卵よりは小さいと思うよ。高さが十センチちょっとだから大きいとは思うけど。

「そうですね。卵がというより、卵を見つけるまでがって感じでしたけど、折角だから孵してみようかと思ってるんです」
「そうやって抱えてると孵るんですか?」
「え? 間違ってますか?」
「ええ、それは魔物の卵ではないんですか? 魔物の卵は暖めても孵らないですから、その卵も温めても孵らないでしょうね」

 魔物の卵ってそういうものだったんだ。だったらこの卵もそうなの? でも、まだ魔物の卵だって決まった訳じゃないんだから、暖めてるのが無駄になったと決まった訳じゃないよな。

「バーンズさんは魔物の卵に詳しいんですね」
「いえ、それこそ偶々です。商売柄、色んな物に携わって来ました。特に魔物の素材や食材を多く扱って来ましたので、その中に卵もあっただけです。魔物の卵が暖めても孵らないっていうのは、我々の中では常識なんですよ。輸送中に孵ってしまった事なんて聞いた事がありませんからね」

 ふーん、勉強になるね。じゃあ、どうやったら孵るんだろ。
「じゃあ、魔物の卵ってどうやって孵化するんですか?」
「はっきりと解明された訳ではありませんが、一番信用度が高いものとしては、魔素が関係していると言われていますね。濃い魔素を浴び続けると孵化すると言われていますね。これも、誰も試した訳ではありませんので眉唾もんですがね」

 へー、このバーンズさんって物知りだなぁ。濃い魔素ってどこにあるんだろ。
「魔素って漂ってる魔力の事でよかったですよね?」
 俺の知ってるチート小説だと確かそうだったと思うんだ。空気のように漂う魔力を魔素と言い、魔力の塊の石みたいになってるものが魔石だったと思う。

「ええ、合ってますよ。まさか、魔素の濃い所へ行こうと思ってるんでは無いでしょうね。Dランク程度では敵わない魔物が#犇__ひし__#めく場所の事ですよ? 命を捨てに行くようなものです、辞めておいた方がいいでしょうね」
 空気中の魔素濃度が濃くなればなるほど、強い魔物が棲息するのは俺の知ってるチート小説知識と一緒だな。

 場所が特殊で魔素が溜まる場合と、強い魔物がいて、その魔物が魔素を垂れ流す事によって魔素が溜まる場合があったと思う。
 どっちにしても、強い魔物がいるって事か。

 んー、困った。強い魔物がいる所に態々行きたくはない。でも、卵のためにはそういう場所に行かないといけないかもしれない。
 でも、そういう場所なら魔物の初討伐も有り得たりしない? クラマもマイアも付いてきてくれるだろうし、衛星の隙を潜り抜けてきた魔物と出会ったりしないかな。

「因みに、その場所ってどこに……いえ、知っておきたいだけで、行くわけでは無いですよ。知っておかないと、間違って依頼を受けたりするかもしれませんし」
 バーンズさんの呆れた視線に気づき慌てて弁解した。

「そうですね、行く行かないは別として、知っておいて損は無いでしょう。この辺りでは、少し遠くなりますが『レッテ山』が魔素が濃い場所として有名ですね」
 レッテ山!? クラマが#主__ぬし__#をやってた山じゃん! 麓には【星の家】があるよ。

「頂上に向かうほど魔素が濃くなるようで、それにつれて魔物のレベルも上がるようです。山頂には#主__ぬし__#がいるという噂ですが、誰も見た事がありませんので、これも眉唾な話ですね」
 その#主__ぬし__#はあなたの後ろにいるクラマさんの事だと思いますよ。

「いい情報をありがとうございます。勉強になります」
「いえいえ、私もいい暇潰しになりましたし、情報料はいりませんよ」
 え? また? 確かにいい情報だったから情報料と言われても仕方が無いかもしれないけど、お金を取るつもりだったんだ。この世界はホント油断ならないなぁ。

「その代わりと言ってはなんですが、どうでしょう、ここで知り合ったのも何かの縁。町に入ったら食事でもご一緒したいと思うのですが、如何でしょうか?」
 そう来たか。これは断れない流れだよな。でも、俺の#臆病な心__ビビリセンサー__#が断れと言ってるんだよ。このバーンズって人、商人だからかもしれないんだけど、凄く裏がありそうなんだよな。

「お誘いは嬉しいんですが、予定が詰まってるんで無理そうですね」
 折角のお誘いだけど、ビビリセンサーを信じる事にして、やんわりと断った。

「予定があるのですか、それは残念ですね。その予定とは何か聞いても?」
「はぁ、詳しい内容は言えないんですが、護衛依頼なんです」
「護衛依頼中と言ってましたね。今は帰りのための待ち時間というわけですか。ふーむ、その護衛依頼が終わったら、うちを尋ねてくれませんか? 冒険者だったら冒険者ギルドでバーンズという名前を聞けば家を教えてくれるはずです。後で招待状を渡すので是非うちに来てくれませんか」
「はぁ…」
 察しのいい人なんだけど、強引な人だなぁ。

「なんでそこまでして誘ってくれるんですか?」
「商人の勘と言いますか、あなたからは儲かる匂いが感じられるのです。もちろんただの勘ですが、私も長年商人をやっております。ただの勘とは言いましたが、私の勘は中々侮れないものですよ」
 それだけで家にまで招待する? そういう事もあるのかもしれないけど、これはやっぱり断った方が良さそうだな。

「活動拠点が遠いので次はいつ来れるかも分かりませんし、はっきりとお約束できません」
 すみません、と頭を下げた。しかしバーンズさんは諦めずにグイグイくる。

「拠点が遠いという事ですが、この町を拠点にしては如何ですか? ここの戦争ももう終わるでしょう。そうなれば冒険者が必要になってくるのですが、戦争の影響で今は冒険者不足なのです。冒険者としては稼ぎ時だと思いますよ」
「戦争が終わるんですか?」
「それはそうでしょう、兵士にこれだけの損害が出たのです。死者は少なそうですが、前線で使える兵士がいないのです。この国としては停戦調停に持ち込むしか無いでしょうね」

 へー、戦争が終わるんだ。バーンズさんにはそんな事まで分かるのか。
「でも、怪我なら魔法や回復薬なんかで治るんじゃないんですか?」
「元々回復薬不足な上にこの人数。とてもじゃないが回復系の魔法使いだけでは無理でしょうね」
 そういえば薬草も不足してたんだよな。だから冒険者ギルドであれだけ出しても引き取ってもらえたし、まだ持ってこいって言われてるから、畑で作った薬草も買い取ってもらえるんだよな。

 まだもう少し話したいなと思ってたのに、俺を呼ぶ声でバーンズさんとの話が中断された。
 このバーンズさんは色んな情報を持ってるから話してるとこの世界の勉強になるよな。でも、胡散臭い事には違いないんだ。できれば招待を受けずに、このままここで聞けるだけ聞いておきたかったんだけど、邪魔が入ってしまった。

 黒塗りの豪華な馬車から俺を呼ぶ声が聞こえたのだ。

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