第10話 街道初日
南に向けて出発したが、夜の街道は真っ暗だ。
幸い、今日は月が出ていたので、まだ何とか街道が見える。だが、魔物が出たら対処できるほど明るくも無い。
御者台ではターニャが「今日は黄色い月だから明るいのニャ」って暢気な事を言っていたけどね。
黄色い月ってどういう事? 他の色もあるの? 気にして見てなかったな、違う色の月があるんなら気づいたと思うけど。
猫耳ターニャもそうだけど、犬耳アイファも買い取りの馬耳のポーリンも解体のおっさん熊のガドランダーも全員獣人だ。
獣人とは人間と魔獣のハーフとも、人間が魔素の影響で変化したとも、魔獣が人化したとも言われているが、どの話も決め手が無い。それ故、どの説も信じられている。
この話を知ったのは、クラマに聞いたのが切っ掛けだった。
クラマの人化の姿が狐の獣人に見えなくも無いので、「狐の獣人ってそんな感じ?」って聞いたら「狐の獣人など、下等なものと一緒にするでない。#彼奴__あやつ__#らは人間が魔物化したものではないか」と言うと、キッカがが反論。
「いいえ、獣人とは魔獣が人化したものです」と言い合いになり、マイアが「人間と魔獣のハーフです」と言い出し、三つ巴の言い合いとなっていた。
どの説も昔から伝えられて来た話みたいで、院長先生も「どれも正しくどれも誤りです」と言っていた。実際に正解がどれか分からないみたいだ。
答えが無いんなら仕方が無い、どれも真実だと思っておこう。とオレの心の中では解決している。ファンタジー世界だからね、俺的にはどれもアリだよ。
獣人は人間より身体能力が高いらしいからネコの獣人ターニャならこれぐらいの明るさでも十分見えているのかもな。でも、明かりは点けた方がいいよな。やっぱり昼よりは見難いし、穴でもあって馬車がこけたりしたら大変だもんな。
「クラマ、やっぱり明かりを点けた方がいいよな」
ターニャは明るいと言うが、俺には暗いし、明かりを欲しいと言う仲間が欲しくてクラマに聞いてみた。
俺とクラマとマイアは領主様の所でクラマが選んだ馬にそれぞれ乗っている。
猫耳ターニャは馬車の御者台。女剣士ケニーと領主の娘アイリスは馬車の中。
「しばし待て。先に#下僕__しもべ__#を呼んでからにせよ」
#下僕__しもべ__#って誰? こんな所に誰を呼ぶの?
んー、でも俺が従者みたいになって来たな。クラマは、押しかけ従者だったと思うんだよ。それならもっと主人である俺を立てるような話し方をしてくれてもいいと思うんだけどな。
ターニャと話でもしようかな。でも、俺の中の#蟠__わだかま__#りがまだ無くなった訳じゃないんだよな。
追いかけられた理由だけでも聞いてみようかなぁ。
「おっ、来たようじゃぞ」
ターニャに意識が行ってると、クラマがそんな事を言った。少しすると後ろから獣か何かが走って来る音が聞こえて来た。
馬の足音に聞こえなくも無いんだけど、馬にしては軽い足音だな。犬かな?
周りが暗いから何が近づいて来てるのか見えない。ずっと後ろに目を凝らしてみるが、何か影が近づいてくる事しか分からない。
クラマの言葉が無かったら猛ダッシュで逃げ出してる所だ。あ、今日は護衛だったね。
何かが来ているのは足音で分かってたけど、何が来たか分かったのは、すぐ目の前に来てからだった。
……デ、デカい。今乗ってる馬の倍ぐらいある馬が三頭来た。馬だったんだ。
「#此奴__こやつ__#らは#妾__わらわ__#の#下僕__しもべ__#の天馬じゃ。ペガサス、エポナ、ベエヤードじゃ。どの馬も速いのじゃぞ、しかも空を飛ぶ事もできるのじゃ。ほれエイジ、こんな駄馬からさっさと乗り換えぬか」
「て、天馬⁉」
「そうじゃ、#妾__わらわ__#の#下僕__しもべ__#じゃが、エイジはベエヤードに乗るとよかろう。羽は付いておらんがこの者は飛べるのじゃ、飛ぶと速いのじゃぞ」
別に飛びたく無いし、飛んだら護衛にならないじゃん! しかも天馬って、なんてものを呼ぶんだよ。
この流れは乗り換えないとダメなんだろうな。嫌なんだけど……だってクラマが凄く嬉しそうに言ってるんだもん。
ターニャに言って、馬車を止めてもらい待ってもらう事にした。だって、俺達が護衛なんだし、先に行かれて何かあっても困るからね。
馬具を付け替えようとしたら「そんなものいらぬわ。駄馬と一緒にするでない!」と怒られた。
でも、速いんだったら落ちたら死んじゃうよ?
クラマはペガサスに、マイアはエポナにそれぞれさっさと乗り換えてしまった。もちろん馬具は付けてない。
ベエヤードって天馬は通常の馬の倍ぐらいの大きさだけど、他の天馬より若干小さい。
これってやっぱり俺が主人って感じには見えないよな。二人が乗ってる天馬には収納してるから分かりづらいけど羽が付いてるみたいだし、白馬だから天馬って感じなのに、俺のベエヤードは黒馬なんだよね。黒い馬って違う呼び方をしたと思うけど、そんなの知らないし、白は芦毛だったよな。それでも#白馬__はくば__#って言うんだから#黒馬__くろうま__#でいいだろ。
俺は先日、経験値をクラマとマイアに譲ってもらったお陰でレベルが上がってるから身体能力も凄く上がっている。LV152だぜ、へへ。
だけど、やってる事は依然と変わらない。魔物とはやっぱり出会わない。
それでも身体能力が上がったという事は、これぐらい大きな馬でもヒョイと乗れちゃうのだ。ハッハー。
俺達が天馬に乗った事によって空馬になった三頭の馬は、クラマが馬車の後から付いて来るように命令していた。
そんなんでいいんだね、クラマって動物には命令できるんだね。この天馬にしてもそうだけど、クラマが命令する姿って王って感じがするよ。流石は元#主__ぬし__#だね。
俺? 俺の事はいいんだよ。
天馬への乗り換えも終わり、一行は再出発した。
この天馬、他の二頭は分からないけど、俺が乗ってるベエヤード。
凄っごく乗り心地がいいんだ。
ほとんど揺れないし、速度もあまり感じない。
超高級車に乗ってる感じ? 乗ったことは無いんだけど、よく聞くじゃん。高級リムジンなんかゆったりしてて揺れなくて、ワイングラスを置いても倒れないとか。
そう思わせるほど乗り心地がいいんだ。確かにこれなら馬具はいらないな。
二時間程、街道を進むとターニャが話し掛けて来た。
「エイージ、そろそろ寝る所を探すのニャ」
え? このまま夜通し走るんじゃないの? だから態々夜に出発したんじゃないの?
「まだ出発して二時間程だよ? もう寝るの?」
「当たり前なのニャ、夜は魔物も活発になるのニャ。そんな時間に走るのは危険なのニャ。だからさっさと寝る所を見つけるのニャ」
危険って……だったら何でそんな時間に出発したんだよ。領主様も何か意味あり気な口ぶりだったけど、その辺も彼女らに聞けって言ってたな。
今から寝るって言うんなら、その辺の事も野営の時にでも聞いてみようか。
野営って言われたけど、俺の野営と同じでいいのかな? 俺はいつも「この辺で寝るから寝る準備をお願い」って言うだけで、場所も適当に選んでるし準備もした事がない。
もちろん食事は衛星頼み。もちろん全ての後始末も見張りもだ。
今日は護衛の仕事だから見張りのフリぐらいはしないといけないんだろうな。
俺は一人先に走って場所の確認のフリをする。
ベエヤードの操縦は簡単。口で言うだけ。
先行して先を見てくると言って、ベエヤードに少し走ってもらうと、一瞬で一キロ以上前に出た。
ホント一瞬だったんだ、たぶん五秒も掛かってない。それなのに全然#G__荷重__#もかからなかった。
凄過ぎだ! 凄く気に入ったよ、このベエヤード。さすがは天馬だな。クラマがさっきの馬達の事を駄馬と言うのも頷けるよ。
ベエヤードに止まってもらって衛星にお願いする。
「この辺で野営をするから少し森に入ったところで場所を整えてくれる? あと、食事も六人前を用意して欲しいんだけど、できる? 料理はクロワッサンとビーフシチューでいいかな」
『Sir, yes, sir』
「あと、たぶんおかわりって言われそうな気がするから、別で十人前…いや二十人前を用意しててくれる?」
『Sir, yes, sir』
ホント何でも聞いてくれるから助かるよ。
クラマなんか三人前は食いそうだし、マイアもああ見えて二人前はいつも食べている。マイアは食べなくてもいいって初めに言われたけど、食堂でシスターのミニーが作ってくれた料理を食べてから必ず食べるようになった。
理由はもちろん美味しかったから。
素材も調味料も俺が調達してるからね。日本人に食べさせても美味しいって言えるレベルの料理だったし、この世界の人達からすると最高に美味しい料理になるんじゃないかな。
少し待つと後続がやって来た。
俺を見つけると俺の横で馬車が止まり、クラマとマイアも続いて止まった。
「ここなのかニャ?」
ターニャが俺に尋ねる。
「うん、この奥に用意してあるから、馬車は街道から少しはずれて止めてね。歩いて行ける所に用意したから、ここから歩いて行こう」
ターニャが馬車を街道脇に寄せると馬車からケニーとアイリスが降りてきた。ターニャは馬を馬車からはずしているので、それを待って全員で森の少し奥に入って行った。
その後から三頭の天馬と三頭の馬も付いてくる。
街道から十メートルほど入った所に衛星が六人掛けのテーブルと椅子を用意してくれていた。
テーブルの上には湯気の上がったビーフシチューにクロワッサンが添えられていた。
明かりも点けてくれている。いつもの魔物から見えない明かりだ。
いつも完璧だね。
「ニャー! これは何なのニャ! エイージが用意したのかニャ!」
馬の手綱を引いたままのターニャが騒ぐ。
「す、凄い……」
「……」
驚いて唖然とする女剣士ケニーと領主の娘アイリス。
クラマとマイアは平常運転。もう椅子に座って食べ始めようとしている。
「クラマ、マイア、まだだよ。皆と一緒にね」
この二人は基本自由すぎるから、いちいち言わないといけないみたいだ。クラマはそうじゃないかと思ってたけどマイアはもうちょっと人間の常識が分かってると思ってたけど、領主様の部屋での行動を見る限りダメみたいだね。
精霊だし、長く封印されてたし、仕方が無いか。
でも、これって俺が二人の世話係みたいになってない? 二人共、俺の従者なんだよね?
…もう仲間って括りでいいか。それなら上も下も無いもんな。
食事では予想通りクラマ三人前、マイア二人前。ケニー五人前、アイリス一人前、ターニャ五人前だった。
ケニーもターニャも食うねぇ。ケニーは剣士だから何となく分かるけど、ターニャがそんなに食べるとは思わなかったよ。
ターニャは食べ過ぎたーって地面で大の字になってるし、ケニーも少し顔色が悪い。明らかに食べ過ぎだ。
でも、普通こういう料理ってどっちが用意するの? 依頼主が用意したりしない?
もう、俺が作ってしまったし今更だけど、その辺もハッキリさせておかないな。
まぁ、今回はいいよ。それより、デザートもいるだろうと、食後のケーキを食べるかと聞いたら、クラマもマイアも食べると言う。
あとの三人はケーキというのがどういうものかよく分からないようで、出して切り分けて渡してやるとおかわりを要求された。
今、食い過ぎーって唸ってたのはターニャだろ? 甘い物はやっぱり別腹なのか? ケニーも顔色が良くなってるし、女子ってどうなってんの?
これは、話を聞くのはもう少し後だな。
さて寝床は……と思っているとある事に気が付いた。
男って俺だけじゃん! これはハーレム? いや違う違う、ただの偶然だ。うちの二人は人間でも無いし。
向こうの三人だって依頼主だし。しかも一人は手を出すと犯罪者扱いされかねない領主の娘。
地位がじゃないよ、年齢がだよ。
「エイージさん!」
「は、は、はい?」
そんないやらしい事を考えてると、突然アイリスが大きな声で俺を呼んだ。
「ずっとお礼を言いたかったのです。恥ずかしくてずっと言えませんでしたが、今言わないと、もっと言えなくなりそうなので言います。盗賊から助けていただいてありがとうございました」
え? そこ? 今更?
ふと横に目をやると、ケニーもターニャもアイリスを見て涙ぐんでいる。
今のセリフのどこに感動したんだ? よく分からないけど、お礼に対する返事が先だな。
「いえ、もう忘れかけてましたけど、そういう事もありましたね。それより、そのあと門から消えたのはなぜなんですか?」
ちょっと嫌味だったかな? でも、追い掛けられた事もあるんだし、お礼はその場で言わないといけないだろ。あの時はアイリスからお礼は聞いてないし、結局言わずに消えてるしな。これぐらいいいだろ?
「…すみません」
消え入るような声でアイリスが謝る。目も少し涙が滲んで来てる様だ。
その様子を見てケニーとターニャが俺を睨む。
え? そんな箱入りなの? この程度の嫌味で泣くの? いやいやそんなんじゃ貴族をやってられないだろ。
クラマとマイアに救いの視線を向けると、クラマはもう寝ると言って席をはずし、マイアは森の散策に行ってまいります。と、やっぱり席をはずしてどこかに行ってしまった。
おい! こういう時こそ助けてくれよ!
残された俺と三人。
まだ二人して睨んでるよー。そんなに睨まれるまでの事は言ってないと思うよ。
俺、どうしたらいいの?
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長くなりすぎたので、一旦切りました。
更新間隔が長くなってしまって申し訳ありません。
クリスマスぐらいまでだと思うのですが、もう少し忙しい日々が続きます。
楽しみにしてくださってる方々、申し訳ありません。