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第09話 護衛依頼出発

  
 領主様の城に来るのはこれで二回目。
 前回は衛星に頼んで周りから見えないようにしてもらってたから、透明人間みたいなもんだろうし、誰も俺の事を知るはずは無い。

 そういえば、前に来たのも夜だったな。

 城門の兵士に護衛の依頼書と冒険者カードを見せ、城に来た要件を話すと、すぐに城門を通る事が出来た。
 話は伝わっていたのだろう。

 一人の兵士が案内してくれたが、クラマとマイアは人間の町自体が初体験だから、城の中でももうキョロキョロと忙しそうだ。
 偶に話しかけても「ほぅ」とか「はぁ」とか空返事をしてるから、耳には入って無いんだろうな。


 案内をされて通された部屋は領主様の執務室だった。

 部屋に入ると俺は挨拶をしたが、クラマもマイアも部屋をキョロキョロと珍しげに眺めて、挨拶もせずに部屋を動き回って物色をはじめた。
「これはなんじゃ?」
「これはこの方ですか? あまり似ていませんね」

 クラマは部屋にいる文官達が書いているペンや封蝋の道具に興味津々だ。
 マイアは領主の肖像画を見て似てないと言う。

 そりゃ肖像画だからね、本人よりも格好良く仕上げてあるよ。確かに髪はフサフサだし、目もパッチリで、脚色しすぎだと俺も思うけど、そこは黙っといてあげてよ。
 クラマはもうちょっと落ち着け! 確かにその文官のペンはこの世界じゃ珍しいと思う。冒険者ギルドでの記入の時にも「なんじゃそれは」と聞いてきたから、つけペンだと答えてた。
 文官の持ってるペンはつけペンでは無いようだ。何も付けずに書けるペンのようで、もしかしたら魔道具なのかもしれない。つけペンというよりボールペンに近いペンだった。


 しかし、二人とも行儀が悪過ぎるぞ!

「クラマ。マイア。ちょっとこっちへ来て落ち着こうか」
 静かな部屋だから大声を出さなくても十分に聞こえる。部屋には領主の他に、文官が一人と女性の秘書が一人いて領主のサポートをしている。
 そんな部屋で俺も大声を出したくない。
 マイアはすぐに戻ってくれたがクラマは戻って来ないので、俺が引っ張って連れ戻して、ようやく領主様の前に立てた。

 ただでさえ、こういう場所ってのは気疲れするんだから、もっと大人しくしててくれよ。

「どうもすみません。田舎者なので礼儀知らずでご迷惑お掛けします」
「ふむ、確かにそのようだな」
 まぁ、よい。と言って領主様は気にした様子も無い。
 結構、寛大なんだな。貴族ってもっと礼儀ばかり言う高飛車な人ばかりだと思ってたよ。

「お前は冒険者だったんだな。ずっと探しておったのだが、名前はエイージでは無かったのか? 娘たちはエイージと言っておったのだが」
「はい、僕はエイジと言います。どうも呼びにくいらしくて、エイージとかイージって呼ばれています」
「エイジのどこが言いにくいのじゃ。とても良い名じゃぞ」
「そうですエ・イジは良い名です」
 俺のちょっとした自虐に反論してくれるクラマとマイア。
 マイアはやっぱり言いにくそうだね。でも少しマシになってる? ずっと言い続けてるから言えるようになって来たのかな?

「エ…イージ…エ…、確かに言いにくいな。儂もエイージと呼んでもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「では、エイージ。改めて先日の件、礼を言う。ありがとう」
 領主様は深々と頭を下げた。事情を知らない秘書や文官は領主様が一介の冒険者に頭を下げた事に驚いていた。

 逆にクラマもマイアも当然とばかりに胸を張っている。
 お前達が偉そうにする必要は無いんだよ。どうせ何の事かも分かってないだろうに。

「それで、やはり礼をしたいのだ。聞いた所によるとお金には不自由していないらしいな。それなら報奨として何か望むものは無いか」
「別に、もうお礼は……あっ、一つあります」
「なんだ、言ってみてくれ」
「レッテ山の麓の土地を買ったのですが、もう少し広げたいと思ってまして。あの辺りの土地を買う事はできませんか?」
「むぅ、そういえば、あの辺りの土地を売ったようだな。あの偽物め、国王様からお預かりしている大事な土地を軽々しく売りおって、忌々しい限りだ。領地を切り売りしている領主はいると聞くが、当家では代々そのような不忠を働いた事などないものを…」
 領主様は眉間に皺を寄せ、怒りの表情を見せた。

 これはダメかもしれないな。

「それでエイージはもっと所有地を広げたいと言うのだな? ……むぅ、よかろう。エイージのために何かしたいと考えていたが、条件次第では出来ぬことも無い」
「え? 本当ですか?」
 ダメだと思ってたら意外な回答が来た。

「ああ、ただし条件を満たせばという事だ」
「条件ですか」
 どんな無理難題を突きつけられるんだろ。お手柔らかにお願いしますよ。

「まずは今回の依頼を無事に熟してもらう事だ。やはり何か手柄を立てぬ事には体裁が悪いからな。その上で売る事はできぬが、貸し与えてやろう。あの辺りに人が行く事はまず無いだろうし、儂も所有しているだけで、行った事は無いからな。実質、お前が使うだけとなるだろう。お前たちの中に爵位を持っている者がいれば話も変わるがな」
 
 貸してくれるだけだけど、実質他に欲しがる奴もいないので、俺の物と言っても過言ではないという事でいいかな?
 爵位ね、俺達には縁の無い話だね。こういうのって衛星に頼むとどうなるんだろう。でも、試して本当に爵位持ちなっても困るから試さないけどね。衛星だと本当にどうにかしそうで怖いし。

 領主様の条件も今回の依頼を熟すだけでいいと言うんなら無理は言われて無いし、有難い話だな。
 後は賃貸料だけど…。

「借りる場所と金額はどのぐらいになりますか?」
「ほぅ、もう依頼を達成した事になっているのか。確かにあの偽物どもを軽く一蹴する程の力があるのだ、この程度の依頼じゃ物足りんかもしれんな」
「いえ、そんなつもりで言ったわけではありません。あれからどうなりましたか?」
 別に聞く気は無かったんだけど、話しの流れというか、軽く熟すと思われた事を誤魔化そうと思って、あの後の事を聞いてしまった。

「……すまんな、それは言えん」
 領主様は秘書と文官を横目で見た後そう答えた。
 言いにくそうにしてるから、秘書や文官にも秘密だったのかも。
「どうしても知りたければ、依頼の時にでも聞けばいい」

 依頼の時に聞くってどういう事だろ。でも、別に聞きたくもないから別にいいや。
 聞いたら巻き込まれるかもしれないからね。さっき聞いてしまったのは失敗だったよ。

「土地の話は帰ってきてからにしよう。まずは、今回の依頼を達成させてほしい」
「わかりました」
「既に聞いていると思うが、今回の依頼は馬車の護衛だ。もう、中庭で準備を整えているだろう。お前らは厩から好きな馬を選んで乗って行くがいい。経費として見ているから依頼が終われば自分の愛馬にするといい」

 馬までくれるの? さすが領主様だね、太っ腹~。
 馬車の護衛だって聞いてたから、一緒に乗って行くもんだと思ってたけど違ったね。
 クラマもマイアも一緒だったから今日は町まで歩いてきたし、馬をくれるって言うんなら有難く頂こうかな。

 でも、誰の護衛とか何人護衛するとかまだ聞いてないんだけど。
 行き先も町の名前しか聞いてないし。
「あの、護衛の詳細は教えてもらえないのでしょうか。場所もハイグラッドの町としか聞いてませんし、何人護衛するかも聞いてないんですが」
「うむ、すべて中庭に行けばわかる」
 なんで言ってくれないの? なんでそんなにもったいつけるんだろ。

「それと、この時間に出発するという事をよく考えてくれ。町から出るまででいいから、できるだけ目立たぬように頼むぞ」
 それは俺も変だとは思ってたんだ。なんで夜に出発するのかってね。
「わかりました」
 目立たないようにか。ヤバくなったら、また衛星に頼もうかな。


 秘書に案内されて中庭まで来ると、見た事がある馬車があった。
 この馬車って二回見たよ。盗賊から助けた時と商業ギルドの前で追いかけられた時。三本の剣のエンブレムに黒塗りの馬車だし、間違いないよ。

「あっ! エイージなのニャ! やっと来たのニャ」
「なにっ! やっと来たか。エイージ殿、待ちかねたぞ」
「……」

 やっぱり盗賊から助けた三人が中庭にいた。そして俺を待っていたという事は、今回の護衛対象はこの三人なんだろう。三人というより、娘の護衛なんだろうな。なんで領主様も言ってくれなかったんだろ。追いかけるなって言ってたから気を使ってくれてたとか? どうせバレるのにね。

 大きな声で呼びかけて来た二人とは対照的に、娘のアイリスは俯いて照れているのか、軽く会釈する程度で声も掛けてくれなかった。

 どうせ、貴族様だから冒険者風情とは話をするなとか言われてるのかもね。

「どうも、今日は依頼ですので、よろしくお願いします。それで僕達の馬はどこにいるんでしょうか。領主様からは馬は自分で選んで行けって言われたんですが」
 町に入るまでは普通に話してたんだし、敬語は必要ないかな? でも、依頼主だしなぁ。

「エイージ殿、そんな水臭い話し方は不要だ。前のように話してくれればよい。それと馬だったな、馬はそこの厩から選んでくれ。そのままエイージ殿の持ち馬になると聞いている。良い馬を選んでくれ」
 話し方はいいんだね、それは助かるよ。馬もこちらで良い馬を選んでいいんだ、ホント太っ腹だよ。
 でも、馬って鑑定で分かるの? 馬の目利きなんてできないんだけど。

「エイジ、馬は#妾__わらわ__#が選ぶぞえ」
 え? クラマは馬の目利きができるの?
「う、うん、いいけど、クラマは分かるの?」
「誰に向かって言っておる。#妾__わらわ__#は山の#主__ぬし__#だったのじゃ、それぐらい分からんでなんとする。美味そうな奴が強い奴じゃ」

 色んな意味で声が大きいよ。誰も信じないかもしれないけど、山の#主__ぬし__#って秘密だからね。乗馬を美味そうって言ったら……ほらぁ、三人共引いてるじゃないかぁ。


 厩に入ったクラマはすぐに馬を連れて出てきた。
「駄馬ばかりだが仕方あるまい。町から出たら#妾__わらわ__#の#下僕__しもべ__#共を呼んでやるゆえ、しばしこの馬で我慢するのじゃ」

 三頭の馬を引き連れ厩から出て来るクラマは格好良かった。
 手綱も引いてないのに三頭の馬がクラマに付いて来る様は、見ていて格好良かった。
 それは領主の娘達も同様で、馬を引き連れて厩から出てきたクラマに見とれていた。
 ずっと見とれているわけにもいかないので、クラマとマイアを紹介する事にしよう。

「えーと、今、馬を連れて出てきたのが、今回の護衛で一緒に行くクラマです。それでこっちの女性がマイアドーランセ。そしてもう知ってると思うけど、僕がエイジです」
 クラマに見とれている時に話しかけたもんだから、声をかけたときはハッとこっちを見たけど、その後は注目して聞いてくれた。
 最後の俺の名前を言った後は「そんなの知ってるのニャ~」「改めて言わなくても分かってるぞ」「……はい」と三者三様の返事をしてくれた。

 お返しに向こうも女剣士のケニーが代表して紹介してくれた。
 領主の娘アイリス、ネコ耳の御者ターニャ、女剣士ケニー。今回の護衛依頼はこの三人を護衛する事、特に領主の娘アイリスを護衛する事が目的の依頼だと説明してくれた。

 俺は三人を知ってたけど、クラマとマイアはキチンと聞いて会釈をしていた。
 こういう挨拶はできるんだね、ちょっと安心したよ。
 元々できると思ってたから、領主様の部屋で自由過ぎる行動にはビックリしたからね。


 お互いに紹介も終わったし、誰を護衛するかも分かった。後は目的地と日程を知りたいけど、いつまでも長々とここにいたくないな。なんか貴族の城だし、居心地が悪いんだよ。なんか意地の悪い貴族が出てきて平民風情がって言われそうな気がするじゃん。
 まだ言われて無いから、言われないうちに退散したいんだよ。
 分かってるだろ? 俺は小心者のビビリなんだよ。

 馬に馬具を付けるとさっさと出発する事になった。
「あっ、目立たないように行けって言われたけど、目立たない道ってあるの?」
 領主様の言葉を思い出し、御者のターニャに聞いてみた。

「そんなの無いのニャ。一気に突っ切るのニャ!」
 いや、ダメだって。余計に目立っちゃうよ。

「わかった。じゃあ、俺が何とかするから普通に走ってよ」
「何とかってどうするのニャ?」
「んー、説明するのが難しいんだけど、大丈夫だから普通に走ってよ。じゃないと逆に危ないから」
 この時間だと人通りも少ないから大丈夫じゃないかな?

《衛星、俺達が城門を出たら町の門まで周りから見えないようにしれくれる? 通行人がいたら、ぶつからないように頼むよ》

『Sir, yes, sir』

 いつものように返事が来たね。

「それは何なのニャ? 魔法なのかニャ?」
「ま、そんなようなもんだよ。頼むから普通に走ってよ」
「わかったのニャ」

 俺達は城門を出ると、町の門までノンストップでトラブルも無く辿り着いた。

 出門の手続きはすぐに済み、俺達は南に向け街道を走り出した。

しおり