第十九話 ハットリさん、憤怒する
――翌日。
「来ねぇな……」
料理長の呟きに、芋の皮むきをしている手を止めて見上げる。
今日は先日予約のあった大口団体様の貸し切り日。昼前から夜半までの契約で、前金で全額払いされていたのだが……
「来ないですね」
すでに時間は三時過ぎ。勇者候補のパーティは街を出てデスワームの討伐へと乗り出していた頃、約束の客が来なくて私たちは呆然としていた。冷めてもおいしい料理をテーブルに並べて準備万端だが、肝心の客が来ない。他の料理人もどうしたものかと手を持て余している。
「済まねぇがハットリ、ちとお客様方を呼んで来ちゃくれねぇか?」
「分かりました、料理長」
料理長に乞われ、私は店を出て大通りを忍者歩いた。
お客様方は先日から街の大広場にキャンプを張っている団体さんだ。どこかの私兵らしく武装した集団だが、領主が許可をしている以上誰も文句は言わない。
その物々しさに普段は委縮する住人たちも、しかし強力な魔物デスワーム出現の話があってか、歓迎気味だ。
近隣で屋台を開き臨時収入を得られると歓迎する者もいるとは言え……
「うさん臭い連中だ……」
街の喧騒に飲ませるように、小さく呟く。
タイミングが良すぎる。
勇者候補のパーティが作戦を決行する、そのタイミングを狙っていたようで、首の裏がチリチリする。
大広場へと辿り着く。
テントは一般的に使われている素材の組み合わせで、特に上等でも安物でもないもの。武装している兵たちも、ごく普通の装備。仰々しさはあるが、それでも日常の範囲内で許容できるたぐい。一見すると自然なありさま。
しかしそこに、忍者は違和感をいだく。
「あまりにも自然すぎる」
その自然さは、まるで森の中に木を隠すかのようで、忍者的危機感が警告を発する。
「それに、装備の割に兵たちの練度が高すぎる」
まるで精鋭。それが普通の装備というカラで身を隠しているかのようだ。鉄靴を履きつつも石畳で足音がほとんどしないのはあまりにも不自然。忍者であるならば周囲に溶け込むべく行うその配慮がない。この者たちは、三流の暗部だと私はアタリを付けた。
警戒しつつ、しかしそれを全く出さない忍者フェイスでキャンプ地へと到着する。
ひとまずは善良な一市民を装って、おっかなびっくり話しかける。
「すっ、すいません、庶民食堂ルベラベリブルボスの者なのですが……」
「……」
睨まれたので、ヒッと悲鳴を上げてみる。果たして相手の反応は……
「フッ」
鼻で笑われた。
やはり違和感。
まるで今の反応は
私が演技しているのを見破ってのようだった。
彼らが私と無関係の任務でこの場にいるのだと、頭の片隅ではそう信じていた。
しかし、違った。
私を標的としている。今の身近なやり取りで察してしまった。
忍者は最大限の警戒をする。
なお、先の店の名前は出鱈目だ。平民が商う店にはそもそも店名がなく、どの通りのどんな店かでしか語られない。他の街では違うが、この街で店名を名乗るのを許されているのは貴族の店だけだ。庶民食堂と言いつつ店名を告げたことに違和感を覚えるかどうか。
さて、三流の暗部はどう答えるか、だが……
「ああ、庶民食堂ルベラベリブルボスの使いか。変わった店名だから覚えているぞ。こちらは少々立て込んでいてな」
「立て込んでいる……のですか?」
「ああ、そうだとも。ここでは何だ、中へ入れ。事情を説明する」
調査不足。やはり三流。
街に、人に溶け込み「草」とまで呼ばれていた忍者とは大きく隔たりのある、三流。
その三流が私に何の用事なのか。
私は一番大きな家一軒ほどもあるテントへと案内された。促されるままに中へと入る。
人は、いない。
「あの……?」
「ここは会議に使う場所だ。これから担当者を呼んでくるから待っていろ」
ドンとまるで殴るように私の背を押した兵は、それだけ言うと去っていった。
どうやらここで仕掛けて来るらしい。
このテントをグルリと囲むように人の気配がある。
逃がしはしない。
そんな気迫を感じるが、肩の力を入れすぎだ。気配がダダ洩れである。具体的には陽光により外に立つ兵の影がテントの布に映って、それが揺らめいている。それは身長、体重、どんな得物を持つのか、どう攻めるつもりなのかと、様々な情報を与えてくれる。
一方私は、日蔭側に立つ。そこの外に立つ者は一層いきり立っており、しかしそいつが最も腕の立つ兵なのだろうことは気配で分かった。この立ち位置は、ともすれば墓穴を掘ったと思わなくもない位置だが、それは私の狙い通りです。忍者の意地を見よ。
テントの中、むき出しの地面となっている所に印を刻んでおくのも忘れない。
さぁ、来られよ。
脅威か放置か、忍者が見定めてやろう。
待つ事数分。ようやく兵の準備がすべて整ったようだ。
要領が悪いっ。
私が来るのは計算通りだっただろうに、どうしてここまで時間をかけてしまったのか。お陰で私はこのテント内に新たに覚えた忍法で軽く要塞を作ってしまった。地中に眠らせてあるが、これを起動させればキャンプ地にいる雑兵なんど一ひねりだ。
肩透かしを食らいつつ、テントの入り口に人が立つ気配を感じて気を引き締め直す。
入口が開く。
私より年上らしき中年男性がたった一人で入ってきた。
こちらへの挨拶はない。いきなり入ってきたのは、自分たちが優位だと威圧する為だろう。私にとっては逆効果――小物にしか見えない――だが。
小物、兵士の恰好をした、しかし気配が明らかにアサシンめいた何者かが殺気を無理に抑え込んだ口調で話しかけてきた。
「ふん、貴様がハットリか?」
「は、はい……。私がハットリですが、あなた様は?」
「演技などするな、気色悪い!!」
半分は素なのだが……。いきなりの頭ごなしの決めつけに狼狽える。
「演技などと……。初対面の方にお会いするならこの程度、普通なのでは?」
「貴様が普通を語るな!!」
忍者は忍び、溶け込むもの。その実態は何よりも普通を愛する者。普通への狂信者と言ってもいい。
その忍者にそんなこと言ったら、戦争だろうが!!
とは口に出して言いません。思っていても忍者我慢です。元々、この世界の普通に疎い忍者なので、多少違うのは致し方なしでは? と思うのですが、まだ我慢です。
ブチギレそうになりながらも、男から話を引き出す。
「それで、私に一体何のごようで――」
「黙れ! 国を乱す大罪人が!!」
「一体どこが……」
「貴様! 先日の一件、忘れたとは言わさんぞ!!」
名前が割れている以上、例の領主を追いやった件だろうとアタリはついた。しかしあれはむしろ国を正す側なのでは。忍者はそう考えます。
首を傾げた私に、小物は激昂。
「貴様の所為で我らが無能扱いだ!! 我らが上司も無能の烙印を押され、肩身の狭い思いをなさっている!!」
例の領主の初回の調査のメンバーの中に、この暗部の何人かがいたのかと納得。そしてこいつらの上司は宰相殿だろう。
領地を出る際に我が主に忠告を受けたのが、このような形で現れるとは。
その逆恨みは情けないのでは? とは言わない。忍者が彼らの仕事を横から奪い、挽回するすべを失わせたようなものなのだ。私に非がないわけではない。
それに……
「事前の調査があったからこそ、二度目で発見できたと私は考えます。調査を行った先人には敬意を表します」
相手がより狡猾だっただけで調査は適切だった。私はそう考えた。
だが、そう思わない者が少なくないのも分かる。
無能、能無し、厄介者。
敵対する連中にそうなじられたのだろう。
「こちらにも事情があったとは言え、横槍を入れた無粋は謝罪します。すいませんでした」
悔しい気持ちは分からなくもないが、それが日陰者の宿命。
それを理解しての言葉であったが、やはり彼らは三流だった。私やメイド長、裏ボスのように影に徹することが出来ない。私の言葉を否定し、思考を止めて駄々っ子のように振る舞うだけだった。
「黙れ黙れ!」
激昂した小物はがなり立てる。私をどうにか屈服させたいのだろうが、謝っても、敬意を示しても許してくれない相手に私はどうすべきなのだろうか。忍者は私になにも教えてくれない。
お互いにどん詰まりの状況で、相手は何を思い出したのか。
ゲス顔で、こう宣った。
「ふん、全部貴様の所為だ。我々が貶められているのも、勇者候補のガキどもが全滅するのも、な」
なんだと?
「どう言うことですか?」
「顔色が変わったな! そうだ、もっともっと追い込まれろ! あのガキどもはデスワームの討伐に向かったそうだが、そろそろか? 死んでいるかもしれんなぁ」
「何をした!?」
国を守る。
そんな意志の元で動いている。最低限その思いが伝わってきたからこそ三流の彼ら相手に譲渡の道を、和睦の道を模索していた忍者だが、今の言葉は聞き捨てならない。お嬢様たちに一体何をしたのか。
そんな思いを胸に小物を睨めば、怯みつつも自分の優位が揺るがないと勘違いし、小物が言う。
「なにも」
は?
「なにもしてない。それが、我々の判断だ」
どういう、ことだ?
「奴らに売ったものは、ただの玉。音爆弾だと勘違いしたガキどもが勝手に勘違いし、買っていった。それだけだ」
我々ならあんなものすぐに気づく。
「それに我らも後でデスワームの討伐に向かうと、共に戦うと聞いて安堵していたな。いや、残念だが我らには貴様を屠る任務があり、この場を動けない。何もできなくて、実に、実に残念だよ。フッ」
そう鼻で笑った。
その言葉を聞き
ブチン。
私の中で、なにかが千切れた。
そしてキャンプ地はまるで火山が噴火したように、地面が大爆発した。