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第二十話 ハットリさん、合流する

 走った。
 忍者は走った。

 忍者走りだ。

「間に合ってくれよっ」

 キャンプ地を大爆発させたもの、それは忍者フォートレスだ。地面に魔力を乗せた印様を描き、土遁の規模と威力を拡大したもの。
 根本的に忍術や忍法というものは、忍者が工作活動を行う上での補助だ。敵を殺す、葬ると言った方向には強くない。

「出来たのは土壁めいた要塞を作って、三流連中を地中に埋め、アタマ畑を作るだけだった」

 しかもそれで魔力がスッカラカンだ。
 魔力とはテレキネシス能力の素で使うとなんとなく薄くなってくるのが自分で分かる。自分の事だもの、薄くなってるのは忍者でも分かる。使っても翌日には満杯になるが、回復させるにはそれなりの時間がかかる。

 つまり、一日あたりの魔力は有限。そして私の懸念はまさにそこにあった。

「お嬢様、短気を起こさないでくれよ……」



 昨日の話に遡る。
 勇者候補のパーティはよい作戦が浮かばずに荒れていた。そこに忍者は登場した。

「私にいい考えがあります」

 彼らは二つ返事で飛びついた。
 忍者立案の作戦である、抜かりはなかった。立案だけは。

「三時から夕方、夜行性のデスワームにとっての早朝に戦いを仕掛けましょう」

 音に敏感なデスワームの近くで爆音を響かせる。驚いて飛び起きたデスワームを誘導し、岩盤地帯の上へと引きずりあげる。地上でもかなり強いデスワームだが、火力一辺倒パーティの敵ではない。
 問題は爆音を出す方法だったが……

「私の爆炎で引きずり出すわ!!」

 そう言っていた彼女を宥め、どうにか爆弾を手に入れるように説得した。
 それから私は別れ、仕事の合間に現れた彼ら彼女らが

「いい爆弾を見つけました!」

 と食堂で物騒な事を言ったが、まぁ良しとした。忙しかったし。



「今思えば、私はあの時に横着して爆弾の確認をしなかった」

 彼らの問題だからと、それ以上首を突っ込むのをやめたのだ。

 未来ある若者たちが今、誰かの悪意の所為で命の危機にさらされている。
 これで彼ら彼女らが全滅したら、私は私を許せるのか。

 許せる訳がなかった。
 なぜならば……

「私が、忍者だから!」

 忍者は世の為人の為に働いてきた。
 忍者、それは次代へとつなぐ架け橋、それは言いすぎかもしれないが、とにかくそんな気持ちで任務に当たってきた忍者です。こんな結末は断じて許容できない。

「無事でいてくれ、お嬢様!!」

 私は走る、森の中を。
 地上を走り、木の枝を足場に飛び、途中で材料を集めていく。
 忍法の新たな可能性。
 それは土を自在に操るだけではない。

「土遁……薬剤調合!!」

 調合も得意なのが忍者です。化学ですから。
 私の知る忍者丸薬は魔法があり、魔法薬/ポーションがあるこの世界の住人でも驚くべき効果を発揮し、多量のスタミナを回復した。一日一個。用法容量は守って正しくお使いください。二個目を食べるとだいたい死にます。
 そんな忍者調合だが、それは何も食べる薬に留まらない。爆薬の製作も可能だ。そして私は今、それを調合している。

「便利なものだ、異世界忍法と言うものはっ!」

 魔力が乏しい中、なんとかひねり出して忍法を使う。

 爆弾だ。
 忍者は今、爆弾を作っている。

「焙烙玉/ほうろくだま、たった二つか」

 一種の手りゅう弾の原型とも言える焙烙玉は、織田信長が天下を収めた安土桃山時代より一つ前の、戦国時代末期に使用された兵器だ。
 織田信長も

「あれヤベェよ」

 と急ぎ対策を講じたほどの代物。

 古くはその頃より忍者の間で伝わってきたその爆弾は、四百年以上もの歴史がある。当然私が作った現代焙烙玉は当時よりもはるかに改良されており、規制の厳しい現代日本で現地調達された素材であっても一軒家を吹き飛ばせるほどの威力を持つ。

「しかしそんなものは現代日本では何の役にも立たなかった」

 爆弾で民家を吹き飛ばせ、なんて任務はない。それはただのテロです。忍者ではない。
 そんな事情から忍者的に使えない技術だと不評だったその知識が今、役に立つ。忍者は喜んだ。
 だが

「それもこれも、間に合えばの話だが……」

 そう呟いた瞬間、とてつもない光量が忍者アイを襲った。
 咄嗟に木の陰に隠れ、なんとか忍者アイの無事を確認。

 続き、轟音。
 まるで大砲を何発も放ったかのようなそれだ。自衛隊の演習を見に行った時でさえここまでは感じなかった。

 つまり……

「遅かった、のか?」

 あれは間違いなく火属性の攻撃魔法の余波だ。それが数度ともなれば、おびき出し用ではなく、完全に仕留める用。
 状況が分からない。
 悪い予感だけが忍者ブレインを駆けまわる。

「片腕の男性が囮になったのか、あるいはお嬢様が魔力を枯渇させる勢いで魔法を放ったのか……」

 そのどちらであっても、忍者的バッドエンドだ。望まない結末である。
 絶望するにはまだ早い。
 しかし、続き追撃の音が響かない所にイヤな予感が止まらない。

 忍者は駆ける。飛ぶ。

 未来ある若者の手助けになればと、そう願いながら。



 現在地は樹上である。
 万が一デスワームが近辺にいた時に、足元から食いつかれないように用心しての事だった。
 それにしても……

「普通に戦っている?」

 目的地と定めていた大広場。真下の岩盤が学校のグラウンド四個分ほどもあるその荒れ地に、五人の人影、そしてデスワーム。
 ウネリウネリとうごめく体、ミミズよりも蛇に近い体表は先に確認した時とは違う装い。デスワームはミミズのクセに衣装直しをするヤツらしい。

 一方、相対する人影は例の勇者候補のパーティにプラスワン、片腕の剣士である。デスワームの口から吐き出された人の頭ほどある岩の砲弾を片腕の剣士は一薙ぎで切り払う。大半の防御を片腕の剣士に頼り、それでもさばけない分は小さな火魔法で迎撃している。

「彼らのパーティはバランスがよかったんだな」

 盾役がいて多少楽になっているとは言え、岩の砲弾なら魔法使いが撃ち落とせる。つまり三人の火魔法使いは攻防一体だった。攻撃一辺倒だと評した自分を恥じる。

「勇者候補に選ばれるだけの事はあるか」

 修羅場もそれなりに経験しているのだろう。あのグロテスクなデスワームを前に動揺していない。女性が三人、しかしなかなかどうして肝っ玉が据わっている。
 このまま見守るだけでいいか、なんて思った。
 それが甘いとすぐに知る。

「そっち、お願い!!」
「分かりましたわ!」
「そおれ! ああ、もう!! 固いなぁ!!」

 魔法を使う彼女らが、大技を用いない。小さな魔法を使い、迎撃し、けん制する。
 聖剣を持つ彼に至っては足を引っ張らないように右往左往するのみだ。立ち回りや足運び、武器の持ち方から彼の力量が低いとは思えない。ではどうしてこんな千日手のような行動を繰り返しているのか。忍者は訝しむ。

 分からない。手をこまねいていては彼女らの魔力が尽きかねない。忍者は飛んだ。
 そして現れる。デスワームの頭の真上に。
 ギョッとした表情の五人に軽く手を上げて挨拶し、頭の上に乗られて怒り口を上に向けたデスワームにプレゼント。

「行きがけの駄賃だ、取っておけ」

 ポポイっと焙烙玉を二つ、その口にお見舞いしてやる。忍者は離脱。
 シュタッとお嬢様の隣に着地しデスワームを見れば、口から煙を吹きのたうち回っていた。間に合わせの焙烙玉で威力に不満が残る出来だったが、多少は時間が稼げたようだ。

「状況の確認をしたい。どうしてトドメを刺さない?」

 私の登場に、唖然とした顔でこちらを見返してくる五人。呆然とする彼ら彼女らにデスワームを指し示す。時間がない、簡潔に、ヨロ。そんな感じです。
 最初に我に返って説明をしようとしてくれたのは、聖剣使いの彼だった。

「あ、えーと、その、ハットリ、さん?」
「ハットリです」
「えっと、その……」

 しかし要領を得ない。
 いきなりヤツとの最初の遭遇から話し始める。途中で森に入る話まで遡った。悠長すぎて忍者忍耐も限界忍者です。状況分かってんのかと。一応、昨日買った爆弾は本物で正しく機能したのだけは分かったが。
 しかし一向に本題であるこの状況に移らない。
 するとキレた。私ではなく、お嬢様が。

「ちょっとあなた、黙ってなさい!!」
「は、はい!」

 お嬢様に背中を叩かれたリーダー、大人しく引き下がる。尻に敷かれているようだ。
 コホン、と一つ咳払い。お嬢様は小さく微笑んだ。

「ハットリ、よく来てくれたわ。そして状況は最悪よ」

 最悪と言う割に笑顔なのはどうなのか。疑問はあるが、今は目の前のデスワームの退治が先決。火力自慢の彼女らが目の前にいるデスワームをどうして仕留めないのか。
 その疑問は……、彼女の一言で氷解する。

「あいつ、固いのよ」
「ミミズなのに?」
「ええ、そうよ。前情報では体組織はただのミミズ、熱すればいいって話だったの」

 私の情報とも一致する。それだけに今回は彼女らだけで事足りると判断したのだが……

 しかしどうやら私はこの世界を少しばかり甘く見ていたようだった。


 人間が魔法や職能を扱うように

「砂を固めた鎧のせいで、火魔法が通じないの」

 魔物だって魔法を使う。

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