第十八話 ハットリさん、ヒントを得る
都合よく作戦が閃く訳もなく。
予定の期日はもう明日へと迫る中、彼女たちは有効策を見いだせずにいた。
そんな中で忍者はと言えば……
「明日の作戦決行日に団体客とはなぁ」
こんな感じです。
彼ら勇者候補のパーティを影ながら手助けしようと思っていた忍者です。しかしそれは出来ない。料理長に泣きつかれました。困った忍者です。
「こうなったら……、芽生えよ、我が力、我が才能!! 影分身のジュツ!!」
ニニンと力を込めるが、何も起こらない。ツルリと皮のむけた芋が一つできただけだった。芽も取ってあるよ。
作業をしながらの検討にそろそろ限界を感じる。普段であればある休憩時間もない。忍者は困りました。
明日が貸し切りだと聞いて、ならば今日の内に食べに来ようとする客で店内はごった返している。つまるところ、大変に忙しい。考えごとをしながらではとてもではないが、さばけない仕事量になってきている。
「ハットリ! すまんがこっち手伝ってくれ!」
「ハッ!」
料理長に呼ばれ芋の皮むきを中断して手伝いに入る。この国では魔道具と呼ばれる魔力で動く便利道具はあるが、かなりのお値段がする。その為にこのような大衆食堂では火力はもっぱら薪だ。その薪をくべるのに人員が不足している。
薪はただそれを窯に放り入れればいいものではない。火力を調整するためにささくれだたせたり、半分に割ったりで燃え方を調整しなければならない。これが中々に忙しいのだ。
そんな大忙しの厨房に悲鳴が響く。
「うわぁぁぁぁ!! 窯が壊れたぁぁぁぁ!!」
「なんだって!?」
「やばくねぇか、それ!?」
「マジでござるか!?」
「……ハットリ、済まねぇが向こう見て来てくれ」
悲鳴を上げた料理人の元へ行くように料理長に指示を受け、様子を見に行く。
窯は全部共通して、粘土とレンガを組み上げて作った耐火性のもの。
壊れた窯は他の窯とは形状が若干異なる。それはパンを焼く窯なのだ。ドーム状の火をくべる場所の上に本来であれば鍋やフライパンを置くスペースがあるが、この窯はそこを仕切った上で更に上にドームを被せた形状になっている。
いわゆるオーブンだ。
耐熱の皿に乗せた様々――パン、グラタン、パイなど――を調理する専用の窯。その窯の上部のドームの一部に穴が開いていた。
「ここのレンガが中に落っこちちまったんだ!! 助けてくれ、ハットリ!!」
「いやー、これは無理かと」
中に手を突っ込んで、落ち込んだレンガを拾ってハメ直せと? 無理でしょ、忍者的に。いや、普通の人間的に。
「素手じゃ無理だろ! 魔法だよ、魔法! 魔法でちゃちゃっと持ち上げて、ちゃちゃっとハメ直してくれ!!」
そうすればこの粘土ですき間を塞ぐから、と何故か練られた粘土が用意周到にもそこに置かれていた。
「いや、実はそろそろあぶねぇってんで用意はしてたんだ。だが、まだ数日持つかなって思って……」
ポリポリと頬をかく料理人。職務怠慢か、と呆れかけたが、ふと気づく。
真面目な彼らが怠慢など考えにくい。そうなると、彼らがそれを後回しにする理由があった?
……心当たりは一つ、お嬢様の件だ。毎朝毎朝騒動を持ってくる彼女に気を取られ、あるいは気を使い作業が出来なかったのだろう。これは間接的に忍者のせいだ。忍者が魅力的過ぎたのが窯が壊れた原因だった。
しかしそうは言っても……
「魔法は使えないでござるよ」
「うそだろ!? お前なんでもできそうなのに!? あとそのゴザルってなんだ?」
キャパオーバー寸前で思わず語尾がおかしくなっていた。深呼吸をして、事態の収拾を考える。
今は、勇者候補のパーティのことは後回しだ。頭から追い払う。
「なぁー頼むよ! ほら、ドトンのジツ? あれって土を操作できるんだろ? それでドドドっとやってくれないか?」
「土遁は穴を掘るのがメインだから」
「土魔法だって土掘ったり、盛り上げたり、強くしたりだ! きっとできる! 俺たちのハットリならきっとできる! だから頼む!!このままじゃ中の熱が逃げて焼けねぇし、あと普通に危ない」
興奮気味だったのに最後だけ真顔に戻る料理人。確かにその通りだとこちらも頷くが、しかし土遁と土魔法は違うものだ。
……いや。
どうして私はそれが違うものだと思っていた?
土遁が職能/スキルだからか?
頭がピリピリする。私は一体いつから思い込んでいたのだろうか。ここは前の世界とは違う、異世界なのだ。八歳の少女に求婚されるような異質な世界なのだ。思い込みは捨てるべきだろう。いや、捨てたとしても八歳の少女と婚約はナシなんだが。
以前、メイド長に聞いたことがある。
「魔法はイメージ」
魔力とは、一種のテレキネシス能力。念動力とも呼ばれるソレは、文字通り念じて動く力だ。
つまり、もしかして念じ方の違いがあるだけではないだろうか。私にとって最適な念じ方が忍法だと、ただそれだけなのかもしれない。
「試して、みます」
印を組む。
印を組む、とはインド発祥の神霊への交信手段だと昔に聞いた覚えがある。つまりこれは神への祈り。忍者神への祈祷。その結果がより強いイメージを作り出し、私の忍法が自在となる。
手を、指を複雑な形にする。呼吸を整え、
「土遁、上昇腕のジュツ!!」
粘土にジュツを施した。
するとどうか。イメージの通り粘土がまるで生き物のようにニュルンと這い出て窯の中へと侵入。見た目は完全に粘土色のスライムだ。その粘土スライムが落ち込んだレンガを持ち上げ、ニョニョニョーと伸びてピタリと穴にレンガをハメる。そしてレンガをハメる為に支柱代わりとなっていた粘土は吸い寄せられるようにレンガの元へ行き、すき間を塞ぐように広がり、乾燥した。
過程はイメージ通りだった。しかし私は腕をイメージしたのに、出来上がったのはスライムだった。解せぬ。
「おお、すげぇ!! はめ込むどころか一瞬で修理したのか!! しかも粘土がもう固まってる!! いける、いけるぞ!!」
大喜びの料理人の横で四つん這いになるのは、忍者です。
修理はイメージ通りにいきました。しかし同時に崩れたのです。忍者のイメージが。
「は、はは……」
遁とは、身を隠して逃げると言う意味だ。火遁にせよ土遁にせよ、それは忍者が逃げる為に使うもの。それなのにこのジュツはそれが一切関係ない。まさにファンタジー忍者のファンタジー忍法だ。思い描いていた異世界忍者とは違う、これは望んでいたものとは違うのだ。
あと、想像してたのと違った。もっと格好良く粘土が腕となってガッシリとレンガをはめ込むと思っていた。まさか作れたのがスライムとは、忍者ショックです。
「忍者、忍者とは一体……」
と、忍者がナイーブ忍者している所で、料理人に抱き着かれた。汗臭い。
「助かった! 助かったよ、ハットリ!!」
「え、ええ……。いや、元々私が原因みたいなものですので」
拘束からスルリと抜ける。忍者脱出。
「あのお嬢様が来ていたから、修理が出来なかったのですよね?」
「何を言っているんだ、そんな事はない」
目を逸らさなければいい話ダナーだったんだが。しかしその思いやりは嬉しいものだ。力になれて良かった。
窯が無事に復活したからか、厨房の空気が少しなごんでいた。
料理長が気合いを改めるべく声を張り上げる。
「さぁお前ら、もうひと踏ん張りだ!!」
「おう!」
「へい!」
「ハッ!!」
忍者には無限の可能性が眠っていた。
それが分かったのは収穫だった。
そして……
「これが出来るなら、もしかすると……」
今までの常識、知識に囚われない新たな忍法の会得。
デスワームの件、どうにかなるかもしれない。