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第七話 ハットリさん、報復を誓う

 姫君の一撃により、キリングベアーの首は斬り飛ばされた。宙を舞い、己が死んだと分からぬままその首は二度三度と口を開いては閉じて、それから動かなくなった。
 胴体の方はと言えば、鋭利な切り口からドバドバと血の噴水を噴き上げている。それはまるで火山の噴火のようで、見る者に畏怖を与える。

「あの。あの熊ってまだ生きてたりしませんよね?」

 忍者的に死んだと思うのだけど、と付け加える。
 首を飛ばされたのにどうしてそんな事を尋ねたのか。それは私が現代日本人だからだ。
 ゲームをたしなんでいた身としては、心臓が二つ、脳が二つなどごく当たり前に出て来る発想だ。これは私だけの特別な想像ではないはず。

 騎士たちの反応は、ない。

 何故か。

「あ、あああ!? なんで姫様の一振りで熊が!? 熊の首が!?」
「飛んでった? うそだろ!?」
「我々でさえ傷つけるのが精いっぱいだったキリングベアーが……。さすがと申し上げるべきなのか、我々の不甲斐なさを笑うべきなのか……」
「俺学者じゃないけど、キリングベアーってもしかしてザコなのか? そして俺はそれ以下なのか!?」

 とても、混乱していた。
 まぁ、どの道いま熊に近寄ればもれなく血のシャワーでとんでもない事になる。しばらく待とう。
 その間に、今回何が起きたのかおさらいをするのも悪くない。
 姫様が「説明求ム!」みたいな顔でこっちを見ているからなぁ。

 ニニンと彼女の隣に降り立ち、まずは用済みとなった縄をお手から外す。手は、荒れていない。ほっと一息。

「な、にをそん、なに、冷静に!?」
「すべては計画通りですので」

 これが忍者です、と言えば、彼女は「忍者!? シノビじゃなくって?」と混乱している。

「同じものですが、言い回しとしてはシノビの方がより親近感の強い言い方です」
「そ、そうなの……。それで、これは一体どういう事なのか、説明して頂けるの? 我がシノビよ」

 もちろんです、と頷く。
 いや、実のところ作戦会議をしていた段階で説明はしていたのだが、どうやら頭に入っていなかったのだろう。作戦の詳細を知らずに命を預けてくれたその信頼に応えるべく、私は説明を始める。

「私が行ったのは、テコの原理を利用した滑車装置による力の倍増です」
「テコの原理?」
「例えば、このような棒と小石で物を持ち上げたり、ですね」

 小さな力を大きく変える。
 それがテコの原理だと教えれば、騎士の方々にはなじみがあった。

「ああ、岩をどかすのにそう言うやり方はしますね」
「切り株を引き抜くのにも使います」
「なるほど。確かに小さな力で物を動かすならそれだ」
「井戸の組み上げに使っている滑車は、そう言う意味だったのか」
「学者じゃないけど投石機に使われているのも、多分それだよな。そう思えば、納得だ」

 テコの原理は前の世界でも紀元前に発見された物理法則だ。中世以降の文明度を持つこの世界であれば知られていると思ったが、当たりだった。

「つまり、自然の摂理に基づき、ワイヤーで装置を組み立てただけなのです」

 倍を四倍に、それを八倍、十六倍と増やし、最終的に辿り着いたのが三十二倍だ。

「しかし、私の引っ張る力が三十二倍になって、あんな威力になりますか?」
「なりません。ヤツを倒したのは、正確にはアレですね」
「何か仕掛けを施していた大岩ですか?」
「ええ、その通りでございます」

 事前に使いやすそうな大岩に目星をつけ、真下に土遁で落とし穴を作り、フタ部分に縄をかけておく。引っ張るだけであっけなくフタが抜け落ち、大岩は落下する。そんな装置を忍者的に作ったのだと説明する。

「そうだったのね」
「何に使うのかと思っていたが、面白い事を思いつくものだ」
「魔法や職能と言えば、直接ぶつけるって発想だからな。自然にあるものを利用して罠を作るとは、まるでハンターだ!」

「いえ、忍者です」
「あ、はい。分かったので剣を突きつけながら睨まないで下さい」

 忍者の見立てでは大岩は一トン近くある。
 それが三十二倍されて首のワイヤーにかかるのだから、首チョンパも当然だ。

「事前に騎士の方々が首にキズを付けていたのも大きいですね。そこに食い込んでからの、ですからね」
「そうだったのですか……。私が怪力になったのではないのですね、ホッ」

 それを心配していたのか。

「大丈夫ですよ。きちんとした理論、理屈に基づいたものですからね。誰でもできます。そして、誰でも出来るからこそ、ほかならぬ姫君にお願いをしたのです」
「そうだったのね。でも、それなら私がする必要はなかったわよね?」

 何を仰る。
 主君を立てるのも忍者の役目。

「我らが姫君が、キリングベアーの首を一撃で刎ねたのだ! 盛大にお祝いせねばなぁ!!」
「ちょっとぉぉぉぉぉ!? 私、そんな武勇は望んでいないのだけれどもぉ!?」

 という訳です。
 なお、ワイヤーを直前に仕込んだのは木々に木遁を用いて強度を上げる為だ。さすがに細いワイヤ―に三十二トンの荷重が加われば、それを支えている木々が簡単にへし折れてしまうから。
 ポカポカと私を叩く姫君の頭を撫でながら、ぼやく。

「もっと、精進せねばなりませんなぁ」
「これ以上、余計な事をしないで!!」

 何を仰いますやら。姫君の武勇伝は今まさに始まった所ですぞ!



 結局、武功については騎士団に明け渡す事となった。

「解せぬ」
「いや、理解しなさいよ。癒しの天使とまで呼ばれている姫様の細腕で熊の首を刎ね飛ばしたなんて、悪い噂にしかならないわ」

 ところ変わってここは闇のフィクサーこと裏ボスのアジト。その一角で私とメイド長、そして裏ボスの三人は酒を飲み交わしていた。

「以前、話に合った滑車を用いた必殺のワイヤー殺し。上手く行ったのに」
「大物殺しの手としては、装置が大掛かり過ぎる。しかし、一考の余地ありと領主殿は判断されたのだろう? 十分ではないか」
「ええ、その通りです。旦那様はいたく気に入って、砦に一つ、似たような装置を常設するのだと張り切っておいでです」

 組み立て途中だった投石器を流用した新たな近接武器。足が遅く、しかし頑強な相手に対する有効打の一つとして製作される運びとなったのだ。
 姫君を危険にさらした詫びとして、徹夜で設計図を引いた……。

「結果として、また一つ領地に益するものが産まれたのだ。それは喜ばしい」

 裏ボスは優雅にワインを口に含み、舌で味わうように転がしている。
 それを堪能した後で、こちらをにらむ。

「しかし、至宝たる姫様を危険にさらした罪は重い」

 ドン、と取り出したのは切れ味の良さそうなナイフ。それを机に突き立てて、宣う。

「指一つで勘弁してやろう」

 さすがは裏ボス、伊達に裏ボスをしていない。
 そんな裏ボスに対して、こちらは忍者だ。
 忍者は屈しない。

「え? 断るけど?」

 グビリと酒をあおる。
 実際、彼は本気でそんな事を言っている訳ではなのだから、真面目に返答する必要はない。
 きっといつものようにナイフを仕舞うだろうと思えば、やはり仕舞った。言ってみたかっただけのようだ。
 そう思ったのは、甘かった。

「そうか、なら他の方法で詫びを入れさせる」

 何をするつもりかと観察していると、のどが突然焼けたように熱くなってくる。
 体の異変に思わずのどを掻きむしる。

「熱い、痛い! なんだこれ!?」
「フッ。貴様の飲んでいる酒にあらかじめ唐辛子を漬け込んでおいた」

 お前……ッ!

「なんて……ことを……。ガクッ」

 忍者的にダメージが大きいぞ、これはっ。

「ほら、バカな事をしていないでこれを飲みなさい」
「かたじけない」

 メイド長のやさしさに触れて、ほろりと涙が零れ落ちる。決して辛さの為に落ちた涙ではない。忍者は屈しない。
 受け取った器の中身を一気にあおる。無色透明の液体がするりと喉を通り

 先ほどの倍以上の辛みが襲い掛かってくる。

「は、図ったな!!」
「愚かな人。姫様に害なす輩は成敗ですよ」

 不可抗力だった。
 そう訴えるも、その晩の二人からの攻勢は私にトラウマを植え付けるに十分な、嫌がらせだった。

 オノレ、今に見ていろよ。
 唇を晴らし、喉を焼き、胃を荒らしながら私は報復を決意したのだった。

「忍者特製苦すぎる丸薬、いつか食わせてやるからな!!」

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