第八話 ハットリさん、過去を振り返る
裏ボスとメイド長、二人への報復の機会はすぐさま訪れた。
二人が風邪をひいたのだ。
「ふっへっへっへ! さぁこの薬を飲むんだ!」
「にがーーーい!!」
「苦すぎるぅ!?」
朝にメイド長、夕に裏ボスへと届けた薬は無事に二人を回復させた。
忍者の丸薬は「良薬は口に苦し」を体現したとても苦いお薬だ。その分、効果はてきめんだ。朝に飲んだメイド長は夕方には全快。裏ボスも翌朝には復帰したそうだ。
その日の夜、メイド長にお礼を言われがてら、薬について尋ねられた。
「とんでもない効能の薬ですね。何か、副作用はあるのですか?」
「きちんと処方した場合は副作用が出ない」
メイド長が淹れてくれたお茶を飲みながら、そう語る。
現在、私の部屋で二人きりだ。普段であればここに裏ボスもいるのだが、今日はいない。ちょっとドキドキする。
何せこのメイド長。
物理的な力ではこの忍者を上回るのだから。
捕まったが最後、報復の報復をされかねないっ。
「一体何を警戒しているのですか……。恩人にそんな事はしませんよ」
「私は忘れないぞ。姫君を命を賭して守ったのにカラいの飲ませたの……」
「あれはおふざけみたいなものでしょ!?」
忍者的にあれはアウトだ。
それはそう、前の世界の記憶に遡る。
まだ他の忍者仲間が現役だった頃の話だ。
「親方も一緒にやりませんか?」
「何をですかね」
「ロシアン忍者饅頭!」
なんと冒涜的なネーミングなのだろうか。
ロシアン忍者で饅頭? 饅頭とは隠語だろう。生首的な……。
「忍者饅頭のロシアンルーレット版ですよ」
「そうか、知ってた」
「ウソですよね!?」
忍者的には本当だとも。
ロシアンルーレットとは、元はマフィアの拷問的なもので、しかも創作だったはず。
「いや、そんな固く考えないで下さいよ。これは単に、当たりの入っている饅頭ってだけです」
「知ってた」
「いやいや、そんな見栄を張らなくても!?」
だから知ってた。忍者的に。ロシアン忍者、知ってたよ?
「ふう、だったらおひとつどうですか? 運試しですよ」
「親方が試しを行うのか?」
「へー、珍しいわね。親方がお遊びに参加するなんて」
どうやら堅物と思われていたようだ。心外である。忍者はいつでも遊び心を持っているのだから。私、ゲームとか好きだし?
「まぁ、どうしてもというのであれば一つもらおうか」
「ささ、どうぞどうぞ」
興味がないと言えばうそになる。この手の遊戯は参加した事がない。何故なら私は、意外に思うだろうが、負けず嫌いなのだ。オンライン対戦でもかなりムキになる。あんな情けない姿を部下には見せられない、そんな忍者的気持ちを察して欲しい。
饅頭を上から、横から、斜めからと吟味する。
「見事にどれも同じに見えるな」
「バレたら意味ないですからね! 力作ですよ!」
顔を近づけるが、匂いまで同じだ。外れは唐辛子入りなのだろうが、どれも唐辛子の匂いが立ち込めている。
五感をフル活用した忍者識別でも分からないほどの力作に、思わずうなる。
「芸術的な仕込みだ……、素晴らしい」
「感心してないでおひとつどうぞ」
「ああ、そうだな。それでは運試しと言うことで一つ頂こう」
取りやすい位置にある一つを取り、眺め、それから口に含む。
一口大のその饅頭。皮は厚めでふっくらと、そしてほのかに甘い。遊戯に用いるにしては上等な饅頭だ。
それを一気に咀嚼する。
これは当たり、いや外れだと思った。
旨い。
中身はあんこだった。それも手作りだ。缶詰のあの甘ったるく、ペーストめいたナニカではない、本格的な粒あん。小豆の旨さを残し、甘みもあっさりとして、噛めば噛むほどにじみ出てくるのは、口内を刺激しすぎる辛み。まるで口の中に剣山でも差し込まれたような口当たりがこの饅頭に深みを与えている。
って、うおおおおおお!?
飲み込みたくても辛すぎて痛すぎて、ムリ!
「親方の顔が真っ赤だ!」
「おいそれ、まさか親方は一発目で当たりを引いたのか!?」
「さすがは親方、俺たちの為に犠牲に……」
「親方が死んだ! この人でなし!!」
皆が好き勝手言う。
いかん、このままでは運のない男として皆に見限られてしまうかもしれない。
そう危惧し、気合いと根性と忍者スピリッツで異物を飲み込む。
異物の辛さは食道を荒らし、胃を破壊する。しかしそれを平然と、そう、平然と飲み下した私は言う。
「ふう、どうやら外れだったみたいだな」
「あんなに汗だくになって、そんな訳ないだろ!?」
「唇が真っ赤に腫れて、おいたわしい」
「辛さの所為で頭がバカになったんじゃないのか!?」
「うわぁ……親方、小刻みに震えてるよ……」
毒に対する耐性は高くとも、辛さに対する耐性は鍛えていない。現代忍者だもの。
しかしそれを悟られまいと平然とし、それから次の饅頭に手を伸ばす。
「あっ!?」
「中々うまい饅頭だ。もう一つもらうぞ」
平気でしたから、と表情を繕っての二つ目。
饅頭を掴んだ右手を左手が阻止しようとするが、私の自我意識が勝った。止めようとする左手を振り払い、右手で口の中へと饅頭をダイブイン。
そして私は死んだ。
「おい、これ全部当たりじゃねーか!?」
「あ、ああ。実はこれから普通の饅頭の中に忍ばせる予定だったんだ……」
「ああ、お土産用の……って、じゃぁ親方はどれ選んでも当たりを引くハメになったのか」
「そんな呑気に言ってる場合かよ! この中にお医者様はおられませんか!?」
「忍者です」
「私も忍者です」
「奇遇だな、俺も忍者だ」
「忍者の里なんだから、忍者しかいないだろ!!」
「そうだった、てへっ」
「お、お前ら……ガクッ」
「親方ーーーー!!」
メイド長によりかつての記憶を揺さぶられていた私は、現代へと意識を戻して静かに息を吐く。
「ふう」
「突然遠い眼をして、どうしたの?」
「ああ、いや。かつての仲間たちとの日々を思い出して、な」
「そう、つらかったのね」
つらくはない、たぶん。ただただ辛かった。そんな記憶だ。
「忍者は辛いのが苦手なのね」
「私だけだと思うが……」
さすがに忍者全体にそんなイメージ持たれたくないので、私個人が苦手なのだと告げる。
メイド長は、呆れていた。
「苦手なものがあるなら言いなさいと言っていたでしょう?」
「別に、極端なものでなければ辛くても食べられるのだ」
「言っておくけど、この領地は冬になればかなり寒くなって、ああいった辛みの強い料理が今後出て来るわよ」
「!?」
……我が主には申し訳ないと思うが、どうやら私は冬になる前にこの領地から出ていかなければならないようだ。
「事前に知れて良かったわ。あなたのだけ辛みの少ないようにするから」
「気遣いは結構」
「ほんと、ガンコなのね」
そのセリフは、忍者軍団解散の時に部下の一人に言われたセリフだ。心に来る。
しかし私は忍者。耐え忍ぶ者。
それはそれとして、先ほどの冬までに逃げる案は冗談ではあるが、半分は本気だ。
最近私はこの世界に興味を抱いている。
裏の世界を知るメイド長、そしてそれ以上の闇を知る裏ボスとの会話を重ねるにつれ、この世界、いやもっと狭くこの国の闇を多く知った。
例えば隣の領地の領主は、ロクでなしだ。
その領地は交通の要となっている。ただそれだけで流通が捗り、利益が多い。慢心し、ふんぞり返り、税で贅沢三昧。可愛い娘がいたら財力と権力で脅して妾にする。国の上層さえ手を焼いている巨悪らしい。
忍者的使命感がうずく。
調査したい、摘発したい、そんな私にメイド長は言う。
「でも、明確な証拠は見つかっていないのよ」
「あなた方が知っているのに?」
「私や裏ボスは、お金の流れや聞き取りからそうだと推測しているだけよ。物的な証拠はないの。以前、国の調査団が調査を行ったそうだけど、不正の証拠は出てこなかったそうよ」
相手もたいした悪知恵が働くのだろう。
調べた箇所を聞くに、国の調査団とやらも無能ではないように思う。調べるべき所、怪しい所は全部手を付けたようだ。
だが……。
「あなたなら、証拠を見つけ出せるのでしょうね」
「どうして、そう思う?」
「顔に出ているわね。自分ならもっとうまくやれるって」
ポーカーフェイスならぬ忍者フェイスだったのに、私の心情を読まれてしまった。いや、こと仕事に関しては私は完璧だ。それを見破れるはずがないとメイド長を見れば、彼女は苦笑していた。
「あなたの人となりを知っていれば、想像つくわよ」
「そうだったか」
少し照れた。