第16話 池の石像
キッカ達と別れた俺は、家から山沿いを南へ進んだ。
家の位置だが、東西は山を背に東へ一キロ程だが、南北は家を中心に約五キロずつ。大体十キロある。
南側の端には秘書のランレイさんが言ってた通り、高さ一メートル程度の小さな石碑があった。
これが四角にあるわけだ。今が山側だから、ここから町側に行った所にも同じ石碑があるのか。
今日は確認だから、一応見に行ってみようか。
次の角にも石碑があった。
ということは、さっきの石碑とこの石碑を繋いだ線より内側が俺の土地だって事だな。
通って来た感じを思い出すが、森というイメージしかない。
俺は衛星が道を作ってくれるから問題なく歩けるけど、道は必要だよな。
それと畑ね。何を作るつもりなんだろ。作るものによって畑の作り方も変わるから、さっき何を作るか聞いておけばよかったな。
でも、こういう時って、衛星頼りで行こうかな。
こいつらって話せないけど、結構物知りだったりするんだよね。
いつもはアバウトな質問だと物足りない結果だったりする事もあるんだけど、今みたいな時って、逆にアバウトなお願いの方がいいと思うんだよ。
「衛星達、ここに畑を作りたいんだ。範囲はさっきの石碑とこの石碑より内側ね。ここから家までの間の土地で畑を作って欲しいんだ。半分はパンが作りたいから小麦畑にして、残りの半分は自分達も食べられて、町で売ると儲かるような物がいいな。できる? あ、通路もいるからね」
『Sir, yes, sir』
『それと、畑は今迄みたいに魔物が入って来れないようにしてね。あと、害獣や害虫も入れないほうがいいな」
『Sir, yes, sir』
うっわ――――……
凄いねー。一気に木が無くなって行くよ。
そして耕して、何か撒いた? 種かな?
家を作るよりは細かい作業がないだろうけど、早過ぎない? そして種はどこから調達してきたの?
これでこっち側の畑作りは完了か。
キッカ達は今レベリングに行ってるんだよなぁ。羨ましいなぁ。
いつになったら俺のレベルが上がるんだろうね……
俺は畑作り、キッカ達は魔物退治。俺も冒険者のはずなんだけどなぁ。確かキッカより俺のランクの方が上だったような気もするんだけどなぁ。
愚痴を言ってても終わらないね。こっち側の畑は衛星のお陰で完了だな。次は家まで戻って今度は北側だ。
その前に院長先生に作りたい物を聞いてみよう。
「失礼します」
「はい、なんですか?」
「畑の件なんですけど、何か作りたい作物ってあるんですか?」
「芋です。ジャガイモを作りたかったのです」
「ジャガイモですか。今、南側は半分を小麦畑にしたんですが、残りの半分は……できてからのお楽しみなんです。だから北側にジャガイモを植えますね」
「え? もう畑ができたのですか? さっき話してた所ですよ?」
「えっとー、できたみたいですね。たぶん小麦はたくさん採れるでしょうから、今後パンのために小麦粉を買わなくて済むかもしれませんね。じゃあ、残りの北側はジャガイモにしますね」
「は、はぁ」
今の院長先生の感じは信じてないんだろうな。普通は信じられませんね。
次はジャガイモね、確かに主食としても食べられるから、重宝されるんだろうね。少しぐらいサツマイモもあった方がよくない? 俺はサツマイモ派なんだよね。
家から出てみると、子供達がまだ乗馬や御者の練習をしていた。
あっ、全部畑にしちゃうと練習する場所が無くなっちゃうね。
畑の中の通路を少し大きくしてもらって、そこで練習してもらおうか。
南側は折角もう畑を作ったんだし、北側だけでいいね。
南側と同じように北側でも先に石碑を確認。
あれ? こんな所に池があるんだ。
石碑の境界の少し外側に池を見つけた。
池か。衛星と出会ったのも池の前だったな。あの時は四体も魔物がいきなり出てきて人生終わったと思ったもんな。
どんな池か見てみようか。
パッリーン!
ん? 何の音?
周りを見渡すが何も見当たらないな。空耳か? 何か割れるような音だったけど。
ま、何かあっても衛星が守ってくれるだろ。
俺は周りに注意しながら池の畔に立った。
ふっわ~。綺麗な池だなー。衛星と初めて出会った池の水も綺麗だったけど、こっちの池は更に上を行くよ。
風景も森の中の静かな空間って感じで見てるだけで落ち着くよ。
ん? んん? あれは何? 池の真ん中で誰かが座ってる?
そう見えるだけで、木かな? あれが魔物だったら衛星が動いてるはずだし、見逃してるんならチャンスなんだろうけど、まさか衛星が見逃すはずも無いよね。
んー、動かないね。やっぱり木なのかなぁ。人間に見えなくもないんだけど、人間とは違うようだし全く動かないし。衛星は無警戒だし……確かめてみたいなぁ。
池だし、ボート? 筏? 小船? 衛星に何か作ってもらって行ってみる?
「衛星、あひるの足漕ぎボート二人乗り用で後ろにも二人乗れるスペースがあって、楽に漕げるけど早く走れるやつを作って」
『Sir, yes, sir』
ま、すぐだよね。【星の家】でも一時間で作っちまうんだ、こんなあひるボートなんて十分も掛からなかったよ。
あひるボートに乗り込み池の中央の気になるものの所に来てみると、
「石像?」
綺麗な女性の石像だった。それが池の中央に上半身だけが出ていたので、水面に座ってるように見えたみたいだ。
もしかしてRPGにありがちな女神像とか? まさかの邪心像? こんな森の中で? まさかね~。
水面下はどうなってるんだろ。像の足は底に届いてるの? この池ってそんな浅くないよね。
んー、下がどうなってるか見たい! なんで、こんな所に石像があるのかも知りたいじゃないか。
池に飛び込むのは嫌だし、衛星に石像を持ち上げてもらう?
女性の石像に近寄って触ってみる。
びくともしないね。まったく動く気配がしないよ。
いつ作ったのか分からないけど、全然朽ちてる様子も無いし、綺麗だよな。苔すら付いてないね。
透明度の高い池だけど、石像が真っ直ぐ立ってるって事が分かるだけで、その下がどうなってるか見えないね。足まで見えるのに……浮いてるのか? でも、まったく動かせなかったけど。
う―――! 凄っごく確かめてみたくなってきたー。
いいよね? こんな事でも衛星にお願いしてもいいよね?
「衛星! この石像の足元がどうなってるか見たい!」
『Sir, yes, sir』
ズズーッ!
へ?
水位が下がった? うん、間違いない、水が減ったよ。無茶するね、衛星も。
池の水を収納したとか? どこかに飛ばしたとか? うん分かりません。
女性の石像の足元あたりまで水位が下がっていた。
確認すると、ガラスのような透明な台座の上に女性の石像が立っていた。
ガラスじゃなく、クリスタルの台座だろうね。それで足元が見えなかったんだ。
でも、これってやっぱり女神像なんじゃ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
うおっ! 地震か!?
急に地鳴りがして#水面__みなも__#が激しく揺れだした。
あひるボートも激しく揺れる。どこかに掴ってないと落ちそうだ。
あれ? 女性の像が動いてる?
ようやく地鳴りが止んだが、水面はまだ波が立っている。
揺れるあひるボートから女性の石像を見てると、石の色だった石像に、色が付きだす。
服は水色になり、手足は女性の白い肌の色になって行く。髪は青く、唇は赤くなっている。
それは神秘的な光景だった。光を放ちながら色付いて行く様は、ただの石像に命が吹き込まれていくようだった。
「あなたは……」
石像だった女性が目を開き、俺を見て呟いた。
目も青く、本当に女神様かと思わせる程、美しい女性だった。
「あなたは誰?」
ぼーっと呆けて見ている俺に、再び女性が尋ねて来た。
うーん、何て答えよう。というか、この状況が飲み込めない。なんで石像が人間になってるの? 俺、何かしたっけ?
「私の封印を解いたのはあなたですか?」
封印? この人、封印されてたの? こんな所で? なんで?
まったく考えが纏まらない。封印されると石像にされるの?
「他に誰も見えないようですね。では、あなたが私の封印を解いてくれたのですね」
いえ、俺は何もしてませんよ。
「す、すみません。俺には何の事だか……」
「私は水と樹と風を司る森の精霊マイアドーランセ。あなたは人ですか?」
森の精霊? 森の精霊って何? 人間じゃないの?
「は、はい…俺は人間です。エイジと言います」
「エ…エイ……エ…イージ…エ…」
そんなに言いにくいか!
「イージでいいです……」
「はい。ではイージ、人間のあなたが私の封印を解いてくれたのですね? ありがとうございました」
「封印を解くって何ですか? 封印の解き方なんて俺は知らないですが」
「この池の水を減らしてくれたのではないのですか? 私はこの池の水に掛けられた呪いにより、封印されていました。池の周りにも結界を張ってあったと思いますが」
結界? 何の障害もなく、ここまで来れましたけど。もしかしたら衛星か? 衛星のお陰だろうね。
「このクリスタルにも結界が施してあり、私はここから動けないようにされていましたが、今はどちらの結界も解けているようです。あなたが解いてくれたのではないのですか?」
「えーと…思い当たる事はありますね」
俺の行く先々の結界を解いているのは衛星で間違いないだろうね。
池に近づく時に池の周りの結界を解いて、石像に触る時にクリスタルの結界を解いたんだろうな。
さっきの割れたような音は結界が壊れる音だったのかもね。クリスタルの方は水の中だから音がしなかったのかな? それとも結界を壊したのではなく解いたとか、壊れても音のしない結界だったとか。
俺の知識だけでは分からないな。
「やはりそうだったのですね。感謝します、イージ。そちらに移ってもいいでしょうか」
そうだね、足場はそのクリスタルの上だけみたいだから、隣に乗ってもらおう。
「はい、どうぞ乗ってください」
あひるボートを寄せて、隣に乗ってもらった。
「変わったボートですのね。でも、乗り心地はいいですね」
「あのー、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「石にされてたんですよね?」
「はい、石にされ封印されていました」
「どうやって石にされたんですか?」
「この池の水には石化の呪いが掛けてあります。そして石化した私に誰も触れられぬようにクリスタルで結界を張り、この池に近づけぬように池の周りにも結界を張っていたようです」
その封印を衛星が解いちゃったんだ。今更ながら凄いね衛星は。
でも、池に飛び込まなくて良かったねー。危うく石化してたかもしれないよな。
「それで、これからどうするんですか? 帰る家はあるんですか?」
「……ありません」
「ありませんって?」
「はい、私が封印されたのは、人間と関わりすぎたため、聖霊女王様の怒りに触れたからです。イージが封印を解いてくれたとはいえ、帰る事は許されぬでしょう」
そんな事で封印されるの? 聖霊女王って怖ぇ~な。
「じゃあ、しばらくはうちにいるといいよ。部屋はまだ余ってるから、マイアドーランセさんが落ち着くまでいればいいよ」
「ありがとうございます。私の事はマイアと呼んでくだされば結構です」
ニッコリと微笑み言ってくれた。
……綺麗だ。
たぶん、俺は今、真っ赤な顔をしてるんだろな。凄っげー綺麗なんだもん、仕方が無いだろ。
ジャガイモの畑作りは後にして、マイアさんを連れて【星の家】に帰る事にした。
来る事は無いだろうけど、子供達が池に近づくと危ないから、池の水の石化の呪いだけは衛星にお願いして解呪してもらった。もちろん日本語でお願いしたよ。
マイアさんは凄く驚いてたけど、俺じゃなくて衛星がやったんだからね。
でも、聖霊って人間と同じ部屋でいいのかな?
マイアさんは森の精霊だろ? 部屋がジャングルみたいになってしまうとかならないよね?
いつまでいるか知らないけど、キッカやクラマと仲良くやってくれたらいいな。
孤児院の子達ともね。