第09話 引っ越しの下準備
口だけは頑張るぞーとは言ったけど、この口だけ頑張るのが結構大変なんだ。
衛星って大まかなお願いだと、細かな所までやってくれない。だからできるだけ具体的にお願いをしないといけない。
今回のようなケースだと具体的なお願いをするために、色んな下準備もしないといけないから、結構大変なんだ。
例えば、広大な土地に結界を張って魔物が入って来ないようにしてくれ。って言ったら衛星ならしてくれるかもしれない。
でも、その広大な土地はどこに用意するのか。衛星達は#ここに__・・・__#と言えばやってくれるだろうけど、その#ここ__・・__#を用意するのは俺なんだよ。
衛星が人間相手に土地の売買契約までやってくれるとは思えないからね。
でも、やる気になった俺の行動は早かった。
まず、キッカ達三人には、孤児院を引っ越しさせる準備をさせるため、孤児院に行ってもらってシスター達への説明をしてもらう。料理も五十人前持たせた。
見えないところで衛星に作ってもらって、キッカの収納バッグに収めてもらった。
その間に、俺は手頃な土地を見つける為、冒険者ギルドに行く事にした。
商業ギルドが家の売買もしてるって言ってたけど、今は商業ギルドに行きたくないからね。
冒険者ギルドでは、もちろんいつも通り犬耳お姉さんのアイファの窓口へ。
夕方前の込み合う前の時間なので、待つことも無くアイファとはすぐに話ができた。
「今日も相談なんだけどいいかな」
「わ、私の休みの事? それなら明後日が休みだし、予定も無いからいいわよ。べ、別にイージの為に予定を断った訳じゃないからね」
これって俺のために予定を空けてくれたって事? 嬉しいんだけど、分かりにくいよね。
でも、今日は別の話なんだよね。
「うん、ありがとう。明後日だね、行きたい所があったら考えておいてね。それと、今日は他にも相談があるんだけどいいかな?」
「バ、行きたい所っていうのは男が考えるものじゃない。でも、イージはこの町に来た所だし、店は私が予約しておくわ」
バって多分バカって言いたいのかな。アイファと話すと聞きたいことが後回しになるんだよな。今は急いでるんだけど、別の窓口に行ったらアイファが怒るだろうし。
「それでね、アイファ。他にも相談があるんだけど、聞いてくれる?」
「……ん? なに? なんか言った?」
なんかトリップしてた? 聞いてないね。秘書のランレイさんに取り次いでもらった方が早いかもな。
「あの、秘書のランレイさんか、マスターに取り次いでもらうってできる?」
「なんで今ランレイさんの名前が先だったのよ。ランレイさんと何かあるの?」
「別に意味は無いよ。込み入った話だとマスターじゃなくランレイさんになると思ったから先に言っただけだよ」
「そ、そう。ならいいわ。取り次ぎね、呼んでくるからちょっと待ってなさい」
アイファは席を立ち、呼びに行ってくれた。
なにこの面倒くさいやり取りは。でも、俺を一番初めに認めてくれたのはアイファなんだよな。
もちろん今でも認めてくれてるみたいだし、少しぐらいは仕方がないかな。
アイファはすぐに秘書のランレイさんを連れてきてくれた。
土地購入の件での相談だと話すと、別室でと奥にある部屋に通された。
マスタールームは二階なので、こっちは商談などに使う部屋なのだろう。
別室に通され、土地売買について話をする事になった。
「率直に聞きたいんですが、町の外で買える土地ってあるんですか?」
土地の事だと言ってるし、テンプレ挨拶をする間柄でもないので、すぐに本題を聞いた。
「町の外? ちょっとビックリしました。町の中なら商業ギルド程では無いけど、冒険者ギルドでも抑えている土地はありますけど、町の外は……無い事もないけど、理由を聞いてもいいですか?」
当然町の中の物件探しだと思っていたようで、ランレイさんが驚いている。
「はい、孤児院がこの町で迫害を受けていまして、その影響で孤児院の子達が酷い状況に陥ってるんです。一時的に非難するにも町の中では同じ事でしょうから、一旦町の外に引越しさせようと思ってるんです」
「孤児院をですか。それなら無理ですね。うちで持ってる物件は魔物がたくさんいて誰も手出しできない物件しかないですからね。冒険者ギルドなら魔物を倒す可能性もあるし、自分の所の物件にしておけば自発的にやるだろうという領主の陰謀ね」
「陰謀って…」
陰謀って、意外とランレイさんも口が悪いんだね。
「だってこのフィッツバーグ領の軍でも手出ししない土地なのよ? それを魔物が討伐できないからってこっちに丸投げして。その挙句に、あんな何にも役に立たない土地を白金貨五枚も支払わされて。あんな土地なんてお金を貰っても誰も欲しがらないわよ」
ランレイさんってエキサイトすると普通に話すんだね。いつも敬語で話してくれるからちょっと新鮮だね。
「それってどの辺にある土地なんですか? 遠いんですか?」
「それがそれ程遠くないから厄介なのよ。もっと遠ければ、それを理由に断るとか安くする事もできたと思うんだけど、そんなに遠くないのよね」
「どこですか?」
「え? イージは興味があるの? あなたならお金は持ってるし、うちとしては有難いけど、大丈夫?」
心配をしてくれるのは嬉しいけど、そういう場所なら丁度いいかもしれないな。
「場所は、この町から西へ真っ直ぐ行った所よ。この町に繋がる街道が南北に走ってるのは知ってるわよね? 街道の東側に町があるから、町から街道を跨いで、真っ直ぐ森の中を行くとレッテ山という山があるの。場所はそのレッテ山の麓よ。時間で言うと徒歩で一時間も掛からないぐらいだけど、森の中にも魔物がいるし、森の奥に行くほど魔物も強くなって来るし、Bランク冒険者でも辿り着くのに半日以上掛かるのよ。しかも、レッテ山には主がいると報告が入っているし、やっぱり辞めた方がいいんじゃない?」
俺の無双を試すには丁度いいんじゃない?
それにしても、ランレイさんって、さっきから敬語じゃなくなってきてるね。やっぱり個室で二人っきりだから? 俺の事も心配してくれてるみたいだし、もしかして俺に気があったりして。
「いえ、そこでお願いします。そこは購入できるんですよね?」
「ええ。普通、領地は王様からの預かり物だとして、領主から売りに出される事は無いんだけど、あの付近だけは別ね。もう所有者も冒険者ギルドに移ってるから大丈夫よ」
「では、俺が購入しますので、手続きをお願いします」
そう言って白金貨十枚を出した。
「私の話を聞いてた? 白金貨五枚で購入したのよ。それでも高いと思ってるのに、なんで白金貨十枚も出すの?」
「はい、この話は絶対に他言して欲しくないんです。その為の口止め料と考えてください。この話が広まると孤児院の子達の命の危険もあると判断したからです」
どっちかっていうと俺が無双する予定なので、その口止め料かな。
「口止め料って……それならケーキで十分よ。私さえ黙ってれば分からない案件よ。白金貨五枚とケーキで手を打ちましょ」
ランレイさん、あなた今、悪い顔になってますよ。
でも、それで黙っていてくれるならと、イチゴケーキを気前良くホールで出して、白金貨五枚をを収納バッグにしまった。
食べきれないようなら、何度かに分けましょうかと言ったが、心配無用と断られた。
ランレイさんは、この場で一気に食べきったよ。
見てるこっちが胸焼けしそうだ。
俺もケーキは好きだけど、女子は別の生き物に思えた瞬間だね。
でも、ランレイさんは満足そうな顔をしてるね。それだけ食ったら当分いらないだろうね。あと、口の周りのクリームを拭かないとアイファ達にバレちゃうよ? オデコにも付いてるって、どんだけ必死で食べたんだろね。
俺の持ってる地図に場所を印してもらい、孤児院に向かった。
事前にキッカから孤児院の場所は聞いていたので、迷うことなく孤児院に着いた。
孤児院に着くと、キッカの声が聞こえてきた。なにか怒ってるみたいだ。
声のする方に入って行く。声は掛けたが誰も出迎えは無いし、鍵も掛かってない。ボロボロすぎて泥棒なんか入らないだろうし、鍵も壊れてて掛ける事ができないように見えた。
「すいませーん、声は掛けたんですが、誰も返事が無いんで勝手に入って来ました。キッカの仲間です」
キッカの声がする部屋に入るとすぐに声をかけた。
「イージ!」
俺を見たキッカが驚いて名前を呼んだ。ケンとヤスはここにはいないようだ。
俺もキッカを見たが、先に院長先生かシスターか分からないけど、勝手にお邪魔してるので挨拶をした。
「はじめまして、イージと言います。キッカと同じパーティのメンバーです」
俺が挨拶すると、相手も会釈を返してくれた。
「キッカ、そんなに大きな声を出さなくてもいいんじゃない? 外まで声が響いてたよ」
「だって、イージ聞いてよ。院長先生が引っ越しに賛成してくれないんだよ。イージの事も信用できないって。私、悔しくてさ。今日の料理だってイージがくれたものなのに」
「それは仕方が無いと思うよ。俺達だって日が浅いし、そんな話をいきなりされても信用できないって」
普通は子供達の事も考えると信用できないよな。
奴隷屋も来たっていうから尚更だよ。
「だって、イージは私達の事も孤児院の事も考えてくれてるじゃないか! 昨日も今日もここの子達が食べられてるのはイージのお蔭じゃないか。私はイージが信用してもらえないのが悔しいんだよ」
「そうじゃないんですよ」
「院長先生……」
やっぱり院長先生だったのか。
キッカの言葉に院長先生が答えてくれた。
「キッカからの提案は本当に嬉しいのですよ。でもね、私達がここを出てどこへ行くと言うのです。食事もできない、住む所も無いとなればあの子達は、もう生きては行けません。せめて住む所だけでも……」
私が不甲斐ないばかりにと落ち込む院長先生。
そういう事なら話は早いぞ。
「院長先生。明日、俺が住む所も用意します。少し不便かもしれませんが、今の状態よりは子供達が明日の食事を心配する事も無く、暮らせる家を用意します。だから、引っ越しを考えてくれませんか?」
「そんな所がどこにあるというのです。どこに行っても何も売ってもらえないのです。もう悪魔に魂を売ってでも、子供達にお腹一杯食べさせてあげたいのです。せっかくキッカちゃんからお金を頂いたというのに……うぅぅ……」
告白してくれた院長先生は、すべて言い切らないうちに泣いてしまった。
そんな院長先生に一つの提案をした。
「明日の朝、迎えに来ます。一度、皆で見に行きましょう。気に入らなければ帰って来ればいいだけです。俺はキッカのパーティメンバーです。キッカ達には俺もお世話になってます。胡散臭い話かもしれませんが、俺は信じられなくても、キッカは信じてもらえませんか。どうやら、俺はキッカに信じてもらえてるみたいなんです。院長先生はキッカを信じてくれませんか」
俺の拙い説得でも院長先生には伝わったようで、返事をもらえた。
「ありがとうございます。キッカからも聞いていたので、信じたくはありました。でも、私の願いはずっと同じなのです。子供達が、まず餓える事無く、教育が受けられて、次の子供達に繋いでくれると思う事は、大それた事なのでしょうか。私は罪な人間なのでしょうか」
キッカからは言葉は無かった。号泣で話せなかっただけだけど。
俺もジーンと来るものはあった。
もちろん、心に響くものもあったし、偽善かもしれないけど助けてあげたいという気持ちは大きかった。
これでこの孤児院を助ける腹は決まった。
キッカとか院長先生は二の次だ。まずは子供達を何とかしよう。
分かってるよ、彼女らが今までこの孤児院をもり立てて来た事は。
でも、今回この院長先生の話で、より一層俺のやる気に火が点いたよ。
「その院長先生の願いは、俺が叶えてみせます。だから明日の朝までに引っ越しの用意をしていてください。俺は今から準備に出かけますが、明日の朝には戻ります。期待していてください」
自分にもプレッシャーをかけるように、院長先生にそう言葉を残して孤児院を後にした。
やる事は決まっている。
冒険者ギルドから購入した土地を快適に住めるようにするだけだ。
障害は多いだろうけど、衛星の力でできるはずだ。
俺は孤児院を出たその足で、レッテ山を目指し西に向かって町を出た。